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洗練OUTPUT

還元練習

どこへ行っても写真を撮る人は機械のメモリーにしか頼れない自分を作ってしまっているんだろう。そう、この前美術館に行ったときに観たあの睡蓮が湖面に映る描写が素敵だった、なんて言える人は写真よがりの記憶なんかではないのだ。写真で撮ったものを何度も見返して、それしか思い出にならないなんて寂しさもへったくれもあるかいな。

美術館と言えば今日は山種美術館へ連れていってもらった。今回は「ゆかいな若冲  めでたい大観―HAPPYな日本美術―」という展示で、時季も適当なもので息をのまずには観てられない絵画たちに腕を後ろに組むしかなかった。私は若冲という人も知らず吉祥という意味も知らず、なんて知識不足なのだろうと恥を知ったが、それでもハッピーにさせてくれた竹や鶴や富士に頭は上がらない。
基本、濃淡だけで表現される吉祥らは凛としていてその自信には萎縮してしまいそうになり、そんな私を嘲笑う七福神もいた。輪郭がないときもあるさ、なんてわびさびが胸を張る。そして、見れば見るほど距離は離れていくのはまるで初めて見た工場の煙のようにどこか懐かしい。
そんな画廊の終末にいた手長猿を観て「モネみたい」と呟いたサラリーマンのおじさまは写真メモリー種族ということだけ、私でも知っていた。