よく晴れた日曜日は正午を回り、私は友人Aとイタリアンを食べに行った。
―私はパスタセットでパスタはジェノベーゼにしようかな。Aは決まった?
―カルボナーラにする。ミーは。
今どきミーって言われると戸惑ってしまうのは私だけではないでしょう。そして違和感が波のように押し寄せてきたせいで、カルボナーラは右から左へ流れていってしまい、この人はパスタを啜る人種かもと揣摩臆測。もし言うのであればアイだろう、友人A。どっぷりと浸透しきった誤りを訂正するには腰が上がらない。
他愛もないことに目を向けてしまうのは試験期間中の悪い癖だ。ということでもうひとつ。
ふと口ずさんだ、ねこふんじゃった。あのうたでは何が起きたのか。あんな軽快なリズムで伝えている言葉たちに隠された罪の重さは何グラムなのかしら。
調べてみるとねこふんじゃったのうたは二番まで歌詞があった。一番はふんじゃったねこにひっかかれ、自分が踏んだにもかかわらず、悪いねこ爪を切れ、と言っている。二番はふんじゃったねこがお空へとんじゃった、と言っている。
おそろしいと言われるこのストーリーに、~じゃったという自責後悔の文脈を図られる余地はねこの額ほどもないようで。
他国ではねこがいぬだったりピエロだったり、箸だったりするらしい。バラエティ豊かな面々からうかつでした!の一言は私の腰なんかよりずっとずっと重い。
Che bella cosa e' na jurnata 'e sole.