「事件」については、周知のこととして省く。
「加害者」学生が自ら会見を望み、信ずるところを真摯に明かした。
本人の弁にもあったように、指導者の指示というより命令があったとはいえ、悪辣な反則行為に及んだことは決して恕されない。
しかしながら、本人が別離を断言した競技人生のみならず、実人生においても不利益を被る虞があることを承知の上で顔と実名を晒してまで会見に臨んだことに対しては、評価を与えなければならない。
私が懸念するのは、後者についてだ。
確かに、逃げ隠れしてしまっている日大アメフト部前監督は批判されて当然だ。
なれど、「加害者」選手を『水戸黄門』や『暴れん坊将軍』の如く英雄視したり、逆に「前監督」を悪代官や悪徳商人のように扱う、といった分かりやすい対極的構図に本件を閉じ込めるべきではない。
当事者並びに当該関係者及び学生スポーツ界ひいては―拡げすぎかも知れないが―日本社会における上下関係の在り方を問い、問題の原因と責任の所在を明らかにする努力を怠れば、本件と近似した事態は何度も起こりうる。
『水戸黄門』や『暴れん坊将軍』がいくら退治しても、毎週悪人が登場してくるように…。