https://daebak.tokyo/2023/04/23/kpop-4th-gen-survey-2/

ご存知でしょうか。

先月9日に亡くなっていたことを先程知りました。

私の好きな『ガルシアの首』(サム・ペッキンパー監督)という映画でヒロインを演じたひとです。もう一人の主演で主人公役のウォーレン・オーツは既に故人となっています。

私はこの映画でしか知らなかったのですが、もともとは音楽家(歌手)で、後に映画製作も手掛けた多才なひとだったようです。

ご冥福をお祈りします。

若くして亡くなってしまった。残念である。

経歴等をわざわざ記す必要はない。

まずはご冥福をお祈りする次第である。

思い出、といっても故人と縁があったわけではない。

学生次第、渋谷駅前で見かけたことがあるのだ。

しかも、彼女と待ち合わせ中の彼に。

私も、友人とさらに別の友人を待っていたのだと思う…細かいことは忘れてしまった。


雨が降っていた。

午後6時頃か。夏だったが、雨天であったから闇に包まれていたように記憶している。

夏と記憶しているのは、彼が半袖(ポロシャツ)を着ていたから。

友人が気付いた。

「アイツ古賀じゃねぇか?…」

傘で顔はよく見えない。しかし、中背だが胸板の厚さや腕の太さは、只者ではないと一見して察することができた。

「え?柔道の?」私が返すと、友人は頷きながら、近付いて確認しろよ、とばかりに顎を古賀氏のいる方向にしゃくる。

その通りにして傘の下から顔を覗き込もうとすると、さとられたのか、傘を持つ手を下げて顔を隠してしまった。いまから考えればそれだけで随分失礼なことをしたものだ。

目鼻は見えないがシャープな顎のラインや述べた通りの体型から、私も古賀氏であることを確信した。

そして、私はさらに恥ずべき行為に出てしまう。

「古賀だ!」と大声を挙げたのである。

大笑いする友人。

だが、雨音で声が通らなかったのか、渋谷をたむろする世代には柔道家など関心がないのか、私と友人の二人以外に誰からも注目されることはなかった。

そして当の古賀氏といえば、私の声にやや身を硬くするも、立ち去る気配はない。

彼もまた人待ちであるのは間違いない。

しばらくして、小走りの女性が彼の傍に寄った。

聞き取れないが、遅れたことを詫びている様子だった。

柔道家と同じか、高くはないがヒールのある靴を履いていたので、やや優るくらいの、女性としては上背があった。

彼女の方は急ぎ足で無防備であったので、はっきりと顔が看て取れた。

可愛らしいひとで、いわゆる美男美女の二人でお似合いの空気を漂わせていた。

なにやら自分の下衆な行為が恥ずかしくなった私は、別の友人の来る気配もなく、雨足が強くなってきたこともあり、友人とその晩はそこで解散することにし、それぞれの路線の改札へと向かう。

古賀氏と彼女は、まだ移動せず、傘の中で話し込んでいた。


月日は流れて、私はNHK制作の引退後に放送されたドキュメンタリー番組を視ていた。

怪我や減量に苦しみ思うようにならなくなっていた選手としての晩年を、自身と関係者の証言を交えて追うものだった。

そして、そこに彼女も登場したのだ。 

間違いない。

古賀氏との間に子も授かり、すっかり母親の、大人の面持となっていたが、たしかにあの夜の女性だった。

ああ、あのひととそのまま一緒になったのか。

そこには、あの夜の可憐なひとではなく、引退直前の夫と辛苦を分かち合おうとする最大の理解者が映し出されていた。


短い生涯は惜しい。

しかし、オリンピックでは金メダルを獲得し、妻となったあの女性と、やはりセンスを受け継いだ柔道選手の息子に恵まれた古賀稔彦氏の人生は、充足したものであったのではないか。

そうでなければ早世の悔しさしか残らないではないか。


古賀稔彦さん、あのときは大変失礼いたしました。

いずれお目にかかったときは、あらためてお詫び申し上げます。

安らかにお眠りください。