早いもので3月も半ば。終業式を間近に控える、小学2年生の長女なんか毎日のように大荷物を抱え下校してきます。寂しい様な新たな季節を迎えるに当たり心弾むような時期ですね。
そんな出会いや別れのシーズン、実は私たち一家も少し旅立ちます
この場をお借りしてご報告させていただきたいと思います。
私とかみさんがどうして子どもたちを連れて旅立ちを決意したのかを少し長くなるかもしれませんがここに経緯を踏まえ、またこれから先のわたくしたちの希望もあわせて綴らせていただきます。
発端は極論3.11です。ご存知の通り東日本大震災による福島第一原発の放射性物質問題です。3月12日15時36分に1号機が水素爆発、その2日後に3号機も水素爆発、そのあと4号機も立て続けに爆発を起こし放射性物質を拡散。それにも関わらず情報開示を怠り、多大な被害をこうむった地域住民。情報隠ぺいとも言われてもおかしくない程の情報伝達の醜態をさらけ出し、事後報告によって踊らされる我が日本国民。そもそもどれくらいの放射性物質がどの程度人体に影響を及ぼすのか(専門家ですら両極端な意見を発している)、様々な情報が交錯する中、かみさんは子どもたちに対しての申し訳なさと、いかに安全に生活できるかというところで葛藤していました。そしてそれが引き金となり、いかなることに対しても神経質にならざるを得ない状態でした。はじめのうちは僕も「考えすぎ」「悲観的になるな」となだめていたものでした。しかし自分なりに書物やネット等で放射性物質に関して情報収集していくにつれ、かみさんの言うこともあながち間違いではないってこともわかり、自分の体を痛めて産んだ子どもたちのことを第一に考えての発言と思うと、とてもいたたまれなくなり自分の考えを改めるようになっていきました。もちろん、電気を何不自由なく使用してきた私たちすべての日本人にも責任は課せられるとも思います。だからこそ今、このずさんな管理体制におかれた原発というものを今一度深く考え直さなければいけない時期だという見解に結び付くわけです。そのことを踏まえてみんなで問いたださなければいけない問題であるのに、経済界が滅びるだとか、電気料金が上がるだとか、代替え案は何だ?とかミクロ的発言で終始している。もっとマクロ的に物事を考える必要性があるって時にテレビや週刊誌といったマスコミは常に政治・経済の角度でしか報道しない。人それぞれ価値観は多様ではあると思いますから、それが良い・悪いというのではなく偏った報道の仕方に憤りを感じるわけであります。世論では原発再稼働反対多数にも関わらず選挙になると再稼働が認識されてしまうこの実情。民主主義の限界にも感じ取られるのも否定できないでしょう。ではいったいなぜこのような矛盾が生じるのかを考えたとき、一つのことが思い浮かぶのです。
あまり堅苦しいこと長々と綴っていくと皆さんも疲れるでしょうから今回はこの辺で続きは月曜日・・・