- 前ページ
- 次ページ
私の想い人は,聡明で容姿端麗。黒髪が美しくよくサラサラと風になびく人で,それでいて冷たい口調で言いたいことをズバズバと言う。しかし,その実,真の優しさを持ち合わせている。
…惹かれてしまうのは仕様のないこと。
でも強いて言うなれば,この恋はマジョリティというよりはマイノリティだ。
Welcome to my world!!
綾部喜八郎は木に登りボーっと夕日を眺めていた。
「喜八郎。…やっぱりここか。」
名前を呼ばれた綾部は,木の下を見下ろすと,キレイな黒髪を風になびかせた委員会の先輩:立花仙蔵を見つけた。
「お前のせいで,文次郎や留三郎に文句を言われた。」
いつもの調子で,冷たく言い放つ立花に,綾部は木から飛び降りて顔を覗き込みながら言った。
「で?なぐさめて欲しいんですか?」
立花は短くアホ、と返してきた。その後はいつもの穴を掘るな、という注意が続き,綾部はハイハイといつもながらに聞き流していた。しかし,今回はいつもとは違う言葉が続いた。
「2日に1つを一週間,つまりは8日で4つ以下だったら,何でも言うことをきいてやろう。」
綾部は最初,耳を疑った。あの立花仙蔵がこんな自己犠牲心むき出しの言葉を言うなんて、と。
だけれど,据え膳喰わぬは男の恥。
自然に口元が緩んだ。
「………何でも?」
「…何でもだ。」
それから少し,立花は後悔したような表情をした。
だけれど,今更なしに出来るほどジェントルマンではいられない。
―だって余裕なんて見せたら,あなたはどこかへ行ってしまうでしょう…?
+ + +
「綾部喜八郎君,体調悪い?穴が1個もあいてないけど…。」
斉藤タカ丸が休み時間教室でおとなしくしている綾部を見かけて声を掛けた。
「?元気ですよ?」
「穴掘るの飽きたの?」
「……今はそれより楽しいことが待ってるんです。」
「そう。まぁ,落ちなくて済んでこれでもいいけどね。ハハ。」
「ちゃんと,印残してますよ?」
「ハハハ。さてと,食堂行こう食堂。」
+ + +
結局,一週間で0個。新記録。
綾部は自分でも感心していた。
―これで少しは,私の本気に気付いてください…。
付き合っていても好きなのは自分だけなのではと思ってしまう。もっとおおげさに好きだと叫びたい。だけどできないマイノリティ。
「一週間で0個ですよ。どれだけ言うこと聞いてくれます?」
「4個以下は全部一緒だ。」
その後,綾部は何やかんやでごまかそうとする立花の髪を掴んだ。
―なんてキレイな髪…。
振り向かせそして強引に口付けた。そしてその後二度目の口付けを催促した。
応える立花が綾部の唇に噛みついた。立花の口の中に綾部の血の味が広がる。
立花の中に存在する自分の一部。
自分の唇に残る立花の付けた傷跡。
そんな些細なことがこんなにも胸をときめかせるなんて。
「この調子で穴を作るのをひかえて…」
「それはムリでーす。」
「なっ。」
― 穴が私の世界だから
あなたが完全に私の世界に堕ちてくるまでは…
さぁ,早く早く こちらへどうぞ。
堕ちておいで。私の穴に。
そしてようこそ 私の世界へ。
抱きしめてしまいそうさ そんな風に君が笑うから
「かわいくねぇよな。越前。先輩を先輩だと思ってねぇぜ、絶対。」
荒井がベンチに腰掛けながら、近くにいる仲間にボヤく。周りは同意するように笑った。
「まぁ、テニス上手いのは事実だしな。」
そう言って桃城は一応のフォローを入れた。そこに本人、越前リョーマが現れた。
「・・・お疲れッス。」
帽子を取りながらそう言うと、越前は着替えを始めた。荒井達はすぐに部室を後にし、桃城も用があるらしく一人で帰っていった。
「・・・越前。」
一人残った俺は、越前に声を掛けた。越前は着替えながら顔を俺に向けた。
「何スか?」
「・・・部の者と仲良くな。」
「また、何か言われてたんスか?俺。・・・ま、気にしないけどね。」
「・・・少しはみんなとなじむ努力をしろ。」
「あんたに言われるとは・・・。ある意味ショックだね。」
「・・・怒らせるとわかっていてどうしてあんな発言をする?」
「思ったことを言っただけ。」
怒らせるとわかっていても口にする。
それでいて君は特別に生き方を変えたりはしない
後悔や反省の日々はだからこそ君らしくもある
「まぁ・・・言ってもわかんない人には言わないけどね。」
「自分でわかっていても人に指摘されると腹が立つということもあるだろう。言葉には気を付けろ。それでなくともお前は反感を買いやすいからな。」
「へーい。気をつけまーす。」
越前は軽く返事をして、着替えを終えた。
「明日から気をつけるッス。」
「明日になればきっと変われるから」
不安なんかない もう大丈夫さ
「でも、いざとなったら部長助けに来てくれるんでしょ。」
そう言って不意をついて越前は笑う。
「俺のために、必死こいて。」
抱きしめてしまいそうさ
そんな風に君が笑うから
ひとりにはしないさ 絶対に君を離したくはない
「・・・さぁ・・・な。いざとなったら見捨てるかも知れんぞ。」
「いや、あんたは俺を見捨てないね。・・・自分の肩のことお構いなしに俺に試合申し込んでくるくらいなんだから、相当のお人好しだよ。」
そう言ってダメ押しと言わんばかりに笑った。
「・・・そういえばあの猫、元気か。」
「カルピン?まぁ、元気だよ。どうしたの急に。」
「・・・お前が初めて泣いたときのこと、思い出した。あの猫がいないっていうだけであんなに弱くなるとはな。」
「・・・忘れてよ。早く。」
「いや、一生忘れられん。」
抱きしめてしまいそうさ
そんな風に涙見せるから
何が起きたって 絶対に君を守ってあげるよ
「さぁ・・・帰るが、一緒に帰るか?」
「当たり前じゃん。あんた待ってたんだから。」
「・・・ならば帰るぞ。」
「ういッス。」
二人一緒に部室を後にする。
・・・あぁ、
抱きしめてしまいそうさ