『壬生義士伝(みぶぎしでん)』
浅田次郎(2000年4月・文芸春秋刊・上下各1524円)
作品は、明治維新から半世紀を経た、初の平民宰相(盛岡出身)原敬が誕生した頃に、主人公の南部藩士・吉村貫一郎を知る人たちを訪ね、貫一郎を知る人たちの回想の間に貫一郎の独白が南部方言ではさまれるという構成で進んでいきます。
上下巻と長いことと、最初に南部言葉がとっつきにくい。
分からない言葉で話が進むので、なれないうちは読みにくく、内容を理解するのも時間がかかる。
が、下巻を読む頃には、南部弁もすらすらと読み進められるようになり、読み終わる頃には、すっかり南部言葉が頭に残り、「・・・でがんす」「・・・とおもわねが」「・・・ござんす」と発する言葉にでてしまうようになった。
ブログにもつい使うほどになってしまった。壬生義士伝の影響なのだ許してくだんせ。
この作品の中で、特記すべきは、「おもさげながんす」 (下巻p51) おもさげねがんすとかんちがいすることもあるようだが、ながんすがただしいようだ。
これは、「申し訳ありません」という意味と「ありがとうございます」という意味を持つ言葉だそう。
そうそう、方言というのは、「おもさげながんす」のようにその一言で、二言も三言もいろいろな意味を、表現する。たくさんの意味を一言で表すことが出来て便利なのだ。
無理に標準語に当てはめると、言葉としての意味しか持たないけど、その言葉の一言には、意味だけでなく相手を思いやる温かい心が込められているとか言葉で表現できないものがあるのだ。
方言は、訛ってるとバカにされるが、一言でいろんな意味をもたせ、気持ちがこもるということではなんと素晴らしい手段であるか改めて感じてしまった。
新撰組が活躍する幕末はあまり興味がないこともあり、この物語の主人公である吉村貫一郎、新撰組で活躍した浪士であるがその存在は知らなかった。
南部藩を脱藩後、新撰組に入隊し斉藤一と互角、いや、それ以上の剣の腕前だったそうな。
この時代武芸に秀でている人は、学問はからっきしということなのだが、この吉村貫一郎は文武両道というすごいひとであった。
新撰組というと、近藤勇、土方歳三、沖田総司、永倉新八と誰もが知っている有名な人の話しか知らないが、この作品は、無名の人物に光を当て違う角度の新撰組がみられておもしろい。
吉村貫一郎は、新撰組で、卓越した剣の腕前とそのひととなりで斎藤一と並んで恐れられる地位をつかんでいくが、「守銭奴」金の亡者とさげすまれる。が、それは、国に残した家族にすべてのお金を送るため。幸せにしたいその気持ちしかなかったのだ。
下巻では、足軽の身分の貫一郎と幼馴染である組頭の大野次郎右衛門、次郎衛との深い友情が語られる。
大野次郎右衛門は、冷血な人であると思われているがそうではない。 次郎衛が、脱藩した貫一郎の息子である嘉一郎に責めを負わせないために千秋にいう言葉にも垣間見られる。
「千秋、もし万が一、藩校にて嘉一郎が責めを受くるようなことがあれば、お前は、身を以って嘉一郎ば守れ。 嘉一郎が腹ば切るというのならお前もともに腹ば切れ。
ええな、決して友の難儀をば、指くわえて見ておるではねえぞ。
父も貫一のためだれば、いつでも命ば捨て申す。
お前も嘉一郎のために命ばかけ申せ。
これは、組頭と組付足軽のことではねえぞ。竹馬の友だれば当然のことじゃ」 (下巻p117)
更に、その友情は、貫一郎の長男、吉村嘉一郎と次郎衛の長男、大野千秋にも再現される。
身分の差より、人間としての繋がりの情に触れることになる。
妹のみつを千秋に託し、嘉一郎が蝦夷へたつ日、千秋が峠まで見送り、今生の別れとなる水盃を交わす場面で、
「お前の水盃など、わしはうけられねえ。みながみな、命惜しさに降参ばしたのになしてお前ばかりが死ぬのじゃ。 お前十六のきょうまで、ええことなぞひとっつもながったろうが。そんたなお前が、なにゆえ死なねばならぬのじゃ」
「ちあき、ちあき」
と幼い頃の呼び名で嘉一郎がふりしぼるように声をかける。
その時の千秋、嘉一郎それぞれの気持ちになるとあふれる涙を抑えきれない。
「千秋。わしは虫けらごとき小身者(こもの)だどもお前のことが大好きじゃった。
お前は、父が脱藩したとき、藩校の庭の老松の根方でわしをかぼうてくれた。愛染院の辛夷の下で、百姓のなりばしたわしのために泣いて呉(け)だ。
泣き虫は今もかわらねな。
さ、そんたなお前と水盃交わさねば、わしは死んでも死にきれね。飲んで呉ろ」 (下巻p135)
貫一郎の子らのその後の人生の活躍が語られると親の愛は子に脈々と受け継がれていくのだと、希望が持てるラストに読後は、爽快な気分になれた。
この物語を一言で伝えるならば
『愛』
にほかならない。
人間の愛ほど人を動かせるものはない。
浅田次郎の作品は、自然に泣ける。ぐんぐん引きつける文章力を持っている素晴らしい作家だ。
ところで、新田次郎の息子が、藤原正彦「国家の品格」というのをご存知だろうか。 藤原正彦さんも爽快な文章を書く好きな作家(!?)であります。
やはり、遺伝子は受け継がれると妙に納得してしまいました。