さおだけ屋はなぜ潰れないのか?
山田真哉 著 光文社新書
何の本かと思っていたら、この本は「会計学」会計のことについてやさしく書いてある本であった。
ここから私が何を学ぶかというと・・・・
節約は、絶対値で考えるということ。
個人の副業は、連結経営、つなげて考えるということ。
本当の人脈の築き方。
数字のセンスは、物事をキチンと数字で考えることが出来ること。
タイトルにもなっているさおだけ屋。
さおだけ屋の正体は、「副業」であった。
「たーけーやーさおだけー」
誰もが一度は耳にしたことがあるメロディ。しかし、子どもの頃から一度もさおだけ屋からさおだけを買ったこともないし、かっている人を見たことも、買ったという話も聞いたこともない。
そもそも、さおだけ屋はちゃんと利益を出し、商売として成り立っているんだろうかという疑問が湧いてくる。
さおだけは商品としては需要が低い。一度買ってしまえば買う必要はない。また、買うにしてもホームセンターあたりに車で買いに行くのが普通だろう。さおだけ屋から買うメリットもない。
常識から考えるとニーズもなければメリットもないような商売はまず成り立たない。では、なぜさおだけ屋が潰れずに今も元気に流していられるのだろうか?
商売を商売として成立させるためには「売り上げを増やす」か「費用を減らす」方法しかない。
ということは、
①さおだけ屋は、実は売り上げが高い。
②さおだけ屋は、実は仕入れの費用が低い。
という仮説が立てられることになる。
①の仮説に対する結論は、「単価を上げてあくどい商売をしていた。」
②の仮説に対する結論は、「さおだけ屋は副業」であって、商店街の金物屋がお客さまに配送するついでに「
さおだけ屋は、商売の基本中の基本をよくおさえているからこれだけ長い期間にわたって全国的に地味ながらも継続できているのだ。
そして、さおだけ屋から話が展開していく。
主婦が利益を上げようと考える時、収入をふやすより、支出を抑えることのほうがすぐにできることだ。
支出を抑えるというとまず節約を考える。食費を節約するため、特売をチェックしたり、光熱費のムダを省く。そう、ケチになるのだ。
チラシをチェックし、10円でも安い卵を買い、水道、電気代が節約できるエコな家電を買う。でも、たまには金額を考えず豪華に外食くらいする。
こういう私のような人がかなり危険であるという。
「節約は絶対値で考える」「ちりが積もっても山にはならない」
どういうことかというと
①1000円のモノを500円で買う
②101万円のモノを100万円で買う
どちらが得をしているか。
1000円のモノを500円で買うと50%引きだ。得した気分になる。
対して、101万円のモノを100万円で買った場合、値引きの割合は1%弱で101万円も100万円も対して変わらない気がするが。さおだけ屋」を営業している。本業のものを流用するので人件費、諸経費はほとんどゼロで売れた分はそのままそっくり儲けになる商売であった。
でも、よーく考えると500円トクするより、1万円もトクしているほうが明らかにトクではないか!
パーセンテージで考えるから「50パーセント割引」お得感ににだまされるのだ。
節約した気になっているだけで、会計を見ていないのである。
いろいろと応用できる話ばかりだ。
数字のセンスとは、別の観点から物事が見られるか。例えば「無料」という言葉や表現にまどわされることなく計算できるかということだ。それも数字に強い必要はなく、足引き算、掛割算の頭で大丈夫な話。
「50人に一人無料!」といわれると、無料に当たるかどうかという観点でしか物事を考えられない。50人に一人無料ということは、100人にふたりが無料となる。パーセンテージに直すと2%が無料。広告主からみると、2パーセントの割引で、
「50人に一人無料」と「2%割引」
は同じようなことをいっているのだ。今時2%の割引くらいじゃたいしたアピールにもならないし、消費者も喜ばない。「50人に一人無料」と言い換えるだけでものすごくお得であると勘違いしてしまうのだった。
数字には説得力があり、大して根拠がなくても数字を示すと主張を受け入れてもらいやすくなる話。
「高いお菓子を買っちゃダメ」というより「お菓子は、100円まで」というほうが、小さな子どもでも分かりやすい。
「計算ドリル、もっとやりなさい」というよりも「計算ドリルを20分だけやってみよう」といった方がやる気になるなぁ。
この本、難を言うなら、プロローグの項目は飛ばして読んだほうがよい。
この項目がないほうがこの本は素直に読み物として楽しめるのではないかと思う。