「いただきます」
副題は、人生が変わる「守衛室の師匠」の教え
喜多川泰 2025年 ディスカバー21
19歳の青年が「楽して金儲けができる仕事は無いか」と思って警備会社に就職。ブラックに手を出さなかったのはえらい。
配属された職場は大学の守衛室。そこの先輩たちの過去に驚くというあらすじだが、まず新人の歓迎会が全員休みの日曜日だとか。恥ずかしながら老生、定年後の生活の足しに守衛さんをやっているが、日曜日全休の守衛室というのを聞いたことが無い。
コンビニで待っていれば歓迎会に連れて行ってもらえるとか。そこに小っさい爺さんがスカGで迎えに来て、手動ギヤを巧みに操って海辺に向かう。その見事な運転に19歳は驚愕。まあ、私だってミッション車の運転なら体が覚えているのでどうってことないが、高価なノスタルジック・スポーツカーなんて勿体ないし、しんどい。
港で待つクルーザーに乗って、沖でサカナを釣ってから船上で宴会なんてのも現実から浮いている。クルーザーを操る先輩は引退した漁師だ。クルーザーは借り物で、こんな歳になると、必要なものを貸してくれるツテを誰でも持っているんだって。そうかな。
スカ爺は英語ペラペラだとか。そして元空自の一左だったという先輩も現れる。素晴らしい顔ぶれだが、英語ペラペラの人なんて、現実の守衛室にはまず居ない。外人を見れば隠れてしまう人たちばかり。元自衛隊員も来るが、左官どころか、どうにもアカンのですぐにお引き取りだ。それでなくとも奇人、変人、下手をすれば狂人も居たりして、そんなのが恥かし気も無く師匠みたいな言動をする。しかも老人ばかりなので、難聴、白内障、高血圧、腰痛、糖尿などなど病院の待合室のようでもある。もちろん病院勤務も希望すれば有ります。老人ホームでもいいかな。
大学の守衛室? 弊社にも有りますが、数人チームによる勤務だ。孤独を愛する老生は一人勤務がやっぱりいいです。
しかし楽して稼ごうだって。若い人だと給料は少しましかもしれないが、年寄りは年金もらってるだろうで最低賃金。契約先の社員さんは我々など小学校の用務員ぐらいにしか思っておらず、自分でやれよな仕事を押し付けてくる。炎天下に草引きとか水遣りとか、そんなの契約には無いでしょう。タバコを吸わない人間に灰皿の掃除なんて、何の罰ゲームだよ、非常識な。土日には契約先への苦情電話が。相手は居丈高に罵詈雑言だが、「おいコラ、お前らの文句まで聞くような給料もらっとらんわい。こっちは年金もらってるからいつ首になっても構わんのだ。文句があったらここまで来い」人間のカスのような警備員だと思ってナメんなよ。
愚痴はこれくらいにしときますか。
色々有りますが、おおむね土日祝日の勤務は退屈過ぎて若い人たちには無理。若い人にはもっと相応しい仕事があるのでね、とりあえず車の免許取ったら。
ところで「いただきます」とは何か。実は壮大な宇宙論、生命論のお話でした。誰の体でも宇宙から寄せ集めた物質で出来上がっている。それらの物質はビッグバン以来、あらゆる物や命を形作り、そして分解されてはまた形作られ、ついには我々の体となり、これから頂く食べ物にもなっているのである。ですから、「いただきます」と唱えて食事をして、それらを血肉にして再び・・・守衛室を出汁にして、喜多川氏はそこらへんが書きたかったのだ。綺麗事と言えばお終いだが、ここまで正論を語られると清々しい。
結末では主人公、勉強しなおして大学に行くことに。この、取り敢えずの学歴崇拝が昭和人間にはガッカリでした。
「明日、あたらしい歌をうたう」
角田光代 2026年 水鈴社
これは「いただきます」に似た青春成長物語なのだが、彼らの生き方に力を与えるのは音楽だ。それはともかく、物語の発端となる出来事がシビアである。
混雑した電車内で「痴漢だ」の声が上がる。丁度駅に入った電車のドアが開き、人々が我勝ちに降り始めるが、「痴漢が逃げるぞ」の声に動きが早まり、痴漢と思しき男が駆けていく。こやつがホームから転げ落ちそうに。それを主人公の父親となる男性が助けようと手を伸ばしたものの、助けた弾みで線路に転落。そこへ電車が。痴漢は逃げ去り、亡くなった男性が痴漢にされてしまう。
老生も若い頃には電車通勤をしていたが、この走る密室で得体の知れぬ他人たちと一緒に居ることが非常に怖かった。幸い身軽なうちにマイカー通勤が出来る職場に転職。しかし大多数の人々にとっては、リスクを感じながらも逃げ出すことは想像外なのであろうと同情する。
痴漢にされた男性の妻は、夫の無実を信じ、身重の体で駅に立って目撃者を捜し続ける。ついには無実を証明できるのであるが、失われた命は帰らない。
電車なんて痴漢騒ぎは日常だし、ちょっと雨が降れば運休するし、稀にはテロも有る。しかし車を走らせても凍結や冠水で立往生する。人生なんか一寸先は闇でいつどんな災難に見舞われるか分からない。結局は涙も涸れ果てて、歌って笑うしかない。人類は歌いながらここまで生き延びてきたということか。







