告知
今日はなかなかHevyな1日でした。
なので
ちょっとブログの中身も重くなってしまいますが
最後までおつきあい下されば幸いです。
今日はある患者さんの家族に
その患者さんが胆管ガンで
しかも
かなり進行しており
手術を含めて効果的な治療はなく
生命予後も大変厳しいことを伝えなければならなかったのです。
このような重大な内容の話なので
研修医である私は指導医の横でただ座っていただけなのですが
やはりご家族の心情を思うとなかなかにツライ時間でした。
結果的にご家族の結論は
「本人には告知をしないで欲しい」
というものでした。
ご家族からすれば
本人へ残酷な事実を伝えるのは忍びないという思いやりからの選択なのだと思います。
・・・
こういった類の告知に関しては多くの面からとてもデリケートな問題を抱えています。
例えば法的に見たとき,
それが適切かどうかは別として
論理的には,
本人に告知しないことは,自分の行動を自分で決定する「自己決定権」の剥奪行為とも言えます。
この考えは
ある程度考慮するに値するのではないかと思いますし,
個人的には,どのような内容であれ本人へ告知した方がよいと考えています。
なぜならば
結局,確実に体調は悪くなっていくわけで,
そんな中で本当のことを知らされなければ
医療者に対する不信はもちろん,本来なら支え合う間柄であるはずの家族に対しても不信が芽生えてしまい
孤立感を抱えたまま最後を迎えかねないケースが多いからです。
これはとても悲しいことではないでしょうか?
また
本人が事実を知っていれば
そこから生まれる苦しみに寄り添って支えることもできますが
本人が事実を知らないとなると
それが大きな障害となって支えることが難しくなってしまいます。
なぜなら
そのような状態における苦しみの主体は
「いっこうによくなるどころか,悪くなっていくばかりの私の体はどうなっているのか?真実はどうなのか?」
というものになることが多く,
真実を伝えないことそれ自体,
本人と距離をとってしまう所作となってしまうからです。
もちろん
一言で「告知」といっても,
タイミング,言葉使い,場所,告知する人などなど,
その人の今後を左右する重大な一瞬を形作る要素は様々で
或いはひょっとすると
今まで書いてきたことと矛盾するかもしれませんが
人によっては
はっきりとした言葉によらない方法による告知もあり得るかもしれません。
何よりも
真実を伝えることが単純な死刑宣告であってはならないし
たとえ生命予後が悪かったとしても
残された時間が生きる喜びに満ちるようなものでなければなりません。
しかしやはりいずれにせよ
告知は
それはそれは本人にとって重いことであることに変わりはなく
結局の所
ひとりひとりが常日頃から自分の死に関して思いを巡らし
かつ
それを家族で話し合うというのが大切なのだと思います。
逆説的ですが
それが自分はもちろん周囲の人たちの生命の愛おしさをはぐくむのだとも思います。
・・・
告知に関して大変参考になる本があるので紹介します。
医療者はもちろん,むしろそうでない方々にもお勧めの1冊です。
真実を伝える~コミュニケーション技術と精神的援助の指針~
(診断と治療社)
学会発表
いつもこのブログを読んでくださっているみなさん,ありがとうございます。
もともとは
シーズンにもかかわらずなかなか雪山に行けない
ウサ
を,はらすべく
モーグル関連のホームページをあちらこちらとさまよっているうちに
pulmonary先生のブログ にたどり着いたのがきっかけでした。
「おお,同業者にもモーグル好きがおるんやな~」と嬉しくなって
お便りを出そうと思ったところ,アメブロへの入会が必要とのことで
んじゃま,入会ついでに自分もいっちょ書いてみっか,みたいな・・・
そんな感じでブログを書き始めた訳です。
が
意に反して
けっこう読んで頂いている人がいらっしゃって
かつ
コメントまで頂いたりなんかして
嬉しく思っています。
感謝
です。
コメントで頂いた質問などにかんしては
同じ記事のコメントとして返答するように心がけますので宜しくお願いします。
さて
タイトルの学会発表ですが。
来月開催される某学会に
無謀にも
症例発表することが決まっておりまして
というか
いつのまにやら指導医の先生が
「来月の○○学会の地方会で,tyson先生の名前で症例発表の演題申し込んでおいたからね~」
と
寝耳にミミズ
もとい
寝耳に水の話がありまして(まあ寝耳にミミズでも飛び起きること間違いなしでしょうが)
現在
発表のベースとなるいくつかの論文と格闘しているわけです。
ん・
んん・・
んんん・・・
ぴーーーーーー!
っと
現在頭でやかんにお湯が沸かせる状態。
こういのを
身の程知らず
と言うんでしょう。
・・・
あんまおもしろくないネタなので
我が家の犬の写真でも一つ。
うちの犬が幼少のころのベストショット!です。
親ばかですが
これは可愛い!
のではないかと
思うのですがいかがでしょう?
さて
読むべき論文はまだありますが
腹がへったので
続きは家に帰って読むとします。
夕飯はなんじゃろな?
エコーと内視鏡
夕回診も終わって,ほっと一息です。
昨日,今日と午前中は内視鏡室にこもっていました。
うちの病院は,お腹と甲状腺のエコー検査も内視鏡室にて行います。
エコー検査とは,お腹にぬるぬるしたゼリーみたいなのを塗って
そこにプローブと呼ばれる
うーんそうですな
平べったいマウスみたいなもん!?
をあてるヤツです。
エコー検査はそのほか,心臓の動きをみたり,婦人科ではお腹の赤ちゃんをみたりするのにも登場します。
このエコーってのはなかなかに優れもので,
①放射線被曝の心配がない(つまり,妊婦さんなんかでも安心♪)
②侵襲が少ない(つまり針で刺したりしないので痛くない)
③ベッドサイドでお手軽に検査出来る(身動きとれない患者さんに対しても行える)
④お手軽に出来る割に情報量が多い
⑤お手軽に出来るってことは,救急室で大活躍
なんですね。
なので,研修医が覚えるべき手技のトップと言っても過言でない検査です。
反面,
①皮下脂肪が厚いひとなんかだと,画像が不鮮明
②上手/下手がモロに出る(つまり,下手な人がやると,疾患を見逃してしまう可能性が高くなる)
というデメリットもあるので,油断は出来ないのですが。
あと,内視鏡。
いわゆる「胃カメラ」っつうやつですな。
初めて胃カメラが登場したときは
ファイバースコープの根っこにふつうの一眼レフのカメラがついていて
正に「胃カメラ」だったそうですが
今はデジタル画像を機械で処理するので
ファイバーを飲み込んでいる患者さんもリアルタイムに自分の胃袋をテレビでみられます。
今日は医大から後輩の学生が3人ほど実習でやってきました。
いいとこ見せようなんて力こぶを入れると
たいがい失敗することになっている世の中ですが
今日は特に問題なくエコーも内視鏡も検査をこなしていくことが出来ました(ほっ)
午後も「胃瘻造設」を2件行いました。
胃瘻というのは
腸管の機能は正常なんだけれども
脳梗塞やなんかのせいでものを上手く飲み込むことが出来ない人のために
簡単に言えばおへそとみぞおちの間ぐらいのとこに穴をあけて
口/食道を経由せずに,胃に直接流動食を流し込めるようにチューブを埋め込むものです。
一見乱暴な話のようですが,点滴では栄養という面で限界がありますし
やはり腸から消化/吸収したほうが全身状態も格段によくなるものです。
また,脳梗塞とかでものが上手く飲み込めないと,
「誤嚥性肺炎」
というやつにかかりやすく,
しかもこの誤嚥性肺炎というのはやっかいで
高齢の方では命を落としてしまうこともしばしばの重篤な病気なんです。
なので,
(もちろん必要な人にとってはですが)胃瘻はお勧めの方法です。
こちらの方も(以前から何例かやらせてもらっていたので)
スムーズに
さらっと
うまくいって
「おお,tyson先輩ってスゲェっすね!」
と
ちょっぴり鼻を高くすることが出来ました。
しかし
昨夜はこっそり勉強をして
イメージトレーニングをばっちりやって
しかも緊張で夜あまり眠れなかったことは
当然
内緒です。
