世界ヘビー級Championジーンタニーは1935年に来日した。神戸に夫婦で来ていてボクシング記者が訪ねても3分限定でコメントするばかりかボクシングの話はしたくないような人だったそうだ。大阪に移動して記者が訪ねても3分どこか数秒ボクシングの話をするだけ「ボクシングと結婚は両立しない」と答えジーンタニー。12歳で肉屋で働き、その後は船会社、第一次世界大戦派兵と苦労人のタニー。今の時代は既婚してボクシングをしているChampionは沢山いるがあの時代はノーだったようだ。そしてその次の来日は1956年。


その時の写真。ボクサーというより経営者の顔つき、巨額の資産家と結婚したジーンタニーはいくつもの事業をしていた。日本の記者が日本のボクシング事情を話す「近年フィリピンボクサーが来日時にはファイトマネー最低でも50万は持っていく。お客さんを集めるために強いフィリピン人はどうしても呼びたいから仕方ないこと、、」と話すとタニーはしかめっ面をしていという、この当時の50万はいくらだろう?この頃、海外ではキッズボクシングから初めて、大人になり日本に試合をしに来ている、逆に日本は青年になりボクシングをはじめてる人が多かったから外国人ボクサーにはテクニックが追い付かなかった。これは20年前の日本まで続いていたように思える、近年日本ではキッズからボクシングをやっていて外国人にも負けなくなってきた。ジーンタニーのようにボクシングを語りたくない元世界Championは、けっこういる。沼田義明会長は、こちらから聞かないと全くボクシングの話はしない。ボクシングの話を一番してるのは間違いなくボクシングファンだ、と思った今日この頃。最後にロングカウント14秒