絵師の思い <続き> | T.Y.プラスターのブログ

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<12月15日の続きです>

入口で手渡されたのは「白象杉戸絵」の絵葉書でした。






白い顔料を使い、大胆な刷毛で描かれた杉戸の白象は
遠くからでもすぐに分かりました。
400年近く前のものとは思えないほどの白さ。
吸い寄せられるように、白象の前へと歩いていきました。


ある一部分に目を凝らすと、象の体の線は
杉の木肌になっていることが分かりました。
カーブした線に抜かれた木肌が、白象の重量感・動きを表しています。



薄暗い松の間の門外不出 「松の襖絵」 

日本絵画史上最大の狩野派が描く松が 益荒男ぶり だとしたら、
宗達が描いたこの松は 手弱女ぶり と番組で言ったのは
日本美術史に詳しい先生でした。
そして「松がダンスをしているようだ」 とも言われていました。

大小の分度器使い、重ねて描いたようにも見える松の葉。
目を細めると松葉が浮き出て見えたのには驚きです。
横へ横へと伸び、長押や柱に切り取られた松は
描かれてない部分までも想像を掻き立てる優美な松です。



江戸時代に他を寄せ付けないほどの立場にあったという養源院。
その理由はこの松の間にあります。


 もともとは、豊臣秀吉の側室 淀殿(茶々)
 父(浅井長政)の供養に建てた養源院。
 その後落雷により焼失。
 徳川に嫁いだ茶々の妹 崇源院(お江)が養源院を再建します。

 徳川2代目将軍秀忠の夫人であったお江は、
 伏見の戦いで亡くなった将士の弔いとして
 伏見城の遺構を用いて養源院を再建したそうです。
 それ以来、徳川家の菩提所となり、
 歴代のお位牌を祀っているのです。


薄暗い松の間で 崇源院(お江) のお位牌を見せて頂きました。
そこには 菊(皇室)・葵(徳川)・桐(豊臣)の3つの紋が刻まれています。
お江の子(和子)が天皇家に嫁いでいるので、菊の紋が付いているとのこと。
3つの紋が刻まれているのは、唯一だと説明がありました。

豊臣家に建てられ、徳川家の菩提所となった養源院。
伏見城の遺構を用いて再建する際、最期に自刃した将士の
血で染まった床板を「血天井」として天井に使いました。
徳川348名の血で染まったその天井も見せて頂きました。


養源院に訪れた人が唐獅子の杉戸を開けると
真正面の遠くから見ても解る白像が、
頭を垂れて挨拶し、帰るとき振り返ると、
また頭を垂れて挨拶をしてくれているという.。

これは、宗達の思い?
又、お江の意図するものだったのでしょうか?

宗達の絵は、その時代や弔いのお寺で
どのように映っていたのでしょうか?
それは知る由もありません。

しかし生命感あふれる画風が、400年たった今も息づき、
こうして私たちに注目されていることは
間違いない事でした。





参道のもみじのトンネルはきっと宗達もくぐったであろうトンネル。
帰りはゆっくりと歩いてみました。





プラちゃん雅印

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