ある冬の日の光 -16ページ目

ある冬の日の光

今まで自分の日記じみた事を書くツールは何度かやってきたけど、結果的にリアルの知り合いが見ているものは
自分をよく見せようとする気持ちが働いてしまって、自分のダメな所はさらけ出せない。
ここでは、素性を隠す替わりに本当に心の内を書いていってみたいと思う。

その日から9日間が経った。

不思議な時間が過ぎている。

 

自分の49年7か月の人生で、ずっと「あった」ものが、

なくなって9日間。

 

同僚の後輩曰く「自分の両親は健在だけど、それがもうすぐ起こるのか、と思った」。

基本的に元気で健在は羨ましいが、「それ」がまだな状態とも言える。

正直、どっちがいいのか、とさえ考えてしまう。

今、オレが悲しい気持ちを乗り越えればいいだけで、父はもう病気に苦しんだり死に怯えたりはしなくて済んでいる。

それは、ホッともする。家族も、「いつ来るか、いつ来るか」という怯えがある。

 

昨夏に聞いてから、まだ元気に過ごしていた秋から年末あたりに、もう一度戻れば良かったかな・・・とも思う。ただ、その時は3月にそれが起こるとは知らないわけで、「いつまでもこれが続く」ような期待感もあった。

もしタイムマシーンで秋に戻れたらまた会いに戻るが、そこで何を話すのかな。手を取って泣きながら思い出話をするのかな。

 

もし「あと10年」命が伸びたら、本人はやったぁ、と喜ぶだろうし、こっちも「当分安心だ」とホっとするけど、10年経ったらまた同じ事か。。。

 

もう、人の命の70年から100年という時間が、短すぎる。

父は81歳だったが、ほぼ平均寿命でもある。

俺も、今10代の若者も、同じことだ。

いつか同じことになる。

 

 

ただ、スマホのメールをちょっと遡れば、父の書いた文面が見れる。

これを書いた一つの人格、意思が、もうない。

そう思うと、とても寂しいと思うのだ。