先日、放送された「上を向いて歩こう」には
いたく感動させられましたが
この視聴率が9.4%という微妙な数字で
いささか複雑な気持ちです。
裏番組の金八先生がほぼ20%で
大河ドラマもあったとはいえ
15%位はいっているかと思っていました。
更にその2日前に放送された
テレビ東京の「懐かしの昭和メロディ」の10.4%より下というのは
視聴率が作品の質とは関係ないとはいえ
世間的にはこの程度の関心なのかなぁ
というのが正直なところです。

彼らが出ていたらあと2~3%は上がっていただろう
ドリカムには「何度でも」を歌ってもらいたくて
見終わった後、歌詞を改めて読み直したんですが
これが今の状況にぴったりなことに
気づかされました。


「何度でも」

こみ上げてくる涙を何回拭いたら
伝えたい言葉は届くだろう?
誰かや何かに怒っても出口はないなら

何度でも何度でも何度でも立ち上がり呼ぶよ
きみの名前声が涸れるまで
悔しくて苦しくてがんばっても
どうしようもない時もきみを思い出すよ
10000回だめでへとへとになっても
10001回目は何か変わるかもしれない

口にする度本当に伝えたい言葉は
ぽろぽろとこぼれて逃げていく
悲しみに支配させてただ潰されるのなら

何度でも何度でも何度でも立ち上がり呼ぶよ
きみの名前声が涸れるまで
落ち込んでやる気ももう底ついて
がんばれない時もきみを思い出すよ
10000回だめでかっこ悪くても
10001回目は何か変わるかもしれない

前を向いてしがみついて
胸掻きむしってあきらめないで叫べ!

何度でも何度でも何度でも立ち上がり呼ぶよ
きみの名前声が涸れるまで
悔しくて苦しくてがんばっても
どうしようもない時もきみの歌を思い出すよ

この先も躓いて傷ついて傷つけて
終わりのないやり場のない怒りさえ
もどかしく抱きながら
どうしてわからないんだ?伝わらないんだ?
喘ぎ嘆きながら自分と戦ってみるよ
10000回だめで望みなくなっても
10001回目は来る
きみを呼ぶ声力にしていくよ何度も
明日がその10001回目かもしれない…



もうこの曲を復興ソングとして
各局で流してもらいたい位です。
吉田さん自体が大切な人を亡くしているから
余計に説得力があるし
被災者の方の心にも響くと思うんですよね。
今年のドリカムワンダーランドは絶対行きたいなぁ。

それとミスチルライブの本格的な再開が今週末からはじまるみたいで
大阪城ホールと和歌山公演が合同で、
大阪ドームが会場になったのはかなりのウルトラCです。
普通は同じ会場で延期が当たり前だけど
これだけ日程を詰めてくるということは
この後、夏場にスタジアムライブあると考えても
あながち間違いじゃないなぁと
秘かに期待しています。

でもアリーナからドームって
スクリーンなどのセットの大きさとか
上手くいくものなのかなぁ。
コミュの書き込みで
ドームじゃなくてそのままの会場が良かったってあったけど、
その気持ちは分かります、
ドームだと結構大雑把になっちゃうし。
とはいっても仙台公演の人に比べれば見れるだけでも幸せってもんで、
振り替えするっていってもいつの日になるか分からないし
チケットだって無くなっちゃった人、いるだろうし。
ライブに行けないやるせなさだけは
自分でも理解できます。

今回のような大災害があると
やっぱり貯金はしておかないといけないなぁと思う人と
お金を貯めていてもしょうがないなぁと思う人に
はっきり二分されるような気がします。
基本的に前者はマイナス思考な人で
後者はプラス思考な人が多いと思います。

いくら貯めていたっていきなり何が起こるか分からないんだから
使える内に使ったほうがいい、
という意見は納得できます。
それまで買いたいものを我慢して貯めていても
次の日まで生きれる保証なんてないし
無きゃないで何とかなるものだったりします。

逆に、災害にあって住むところもなくしたときに
頼りになるのは現金だったりします。
不動産や株などの資産はすぐにお金にすることはできないし
現金があればとりあえずホテルにも泊まれるし
当座の食事なども買うことができます。
(売っているところがあればの話ですけど)

自分は貯めておきたい派なので
より一層、貯めなければいけないなぁと感じることが多いですけど
一方で、お金なんて儚いものだなぁ
と思うことも増えました。
風が吹けば一瞬で消えてしまうようなイメージでしょうか、
実際はそんなことはないんですけど
苦労して貯めた先に見えるものは
希望よりも悟りの方が強い気もします。

今、副収入で1億円、手に入れたとして
仕事を辞めて、生きていくことは十分可能です。
もっか嫌なことの90%以上は仕事にまつわることですから
それが無くなれば、嫌なことがほとんどなくなるわけです。
が、実際それで生活していったら
それはそれで生きるモチベーションみたいなものは持続するのか
どうも良く分かりません。
嫌なことがなくなる=幸せになる、ということならば
間違いなく幸せになれますが
そう簡単にいくものでしょうか。
案外上手くいくような気もするし
うつになりそうな気もするし、難しいところです。

貯まるといえば、震災があった頃から
体重がいやに増えてきました。
こういうことがあると危険を察知して
脂肪を蓄えようとするものなのでしょうか。
食べる量は特に増えていないし
間食もそんなにしないのに何か変です。
それともストレスで知らぬ間に
食べてしまっているのか。

今までそんなに増えたことがなかったので
女性が体重計のメモリを気にする気持ちが
よく分かるようになりました。
あの数字のインパクトってすごくありますね。
また体重が増えると身体自体は健康になっているようで
疲れにくいし、病気もしなくなるので
こっちの方が正常なのか、という気もしないではありません。

でも今まで履けていたズボンが
ボタンを締めるときにすごくきついので
それは本当に困ります。
あと献血するときに毎回
体重が変わっていないか聞かれるので
そこで本当の体重を言おうかどうか
相当悩みます。
昨日は宿直だったので今日録画したのを見ました。
被災地にいる方がこの番組を見れていたのか
もし見ていたらどう感じるのかは
当人でないから分かりません。
結局、安全圏から応援されても・・・
って感じる人も絶対いないわけはないでしょう。
(この番組自体、電気代の無駄だ、っていう意見は
被災地の方は計画停電のことはとりあえず関係ないし
他の県、東京都の問題だから本質的ではありません)

それはそれとして置いておいて
出演していたアーティストが歌う前に
メッセージを贈っていましたが
その中で好感がもてたのは
布施明とスガシカオの両名でした。

布施明は「心配ないと言っても心配でしょう、
大丈夫って言っても大丈夫じゃないのは分かっています」
と語っていて、
これは被災者の方の心情をよく汲み取った内容だと感じます。
「大丈夫」や「頑張れ」で助かるのなら
そんな簡単なことはありません、
たぶん今はこの不安な気持ちをどうか分かってもらいたい、
そんな風に思っている人が結構いらっしゃるんじゃないでしょうか。

今日「PON」に精神科医の名越氏が出演していましたが
こういうときにこそ、
心の専門家が現地に赴いて、話を聞いてあげることが必要だと思うんです、
こんなバラエティ番組に出て
通り一遍のことを語られたって
何も救われません。

スガシカオは
「また笑顔でライブをやろう、必ずライブやろう」
というメッセージで
被災地にいるスガシカオのファンは
これを聞いて間違いなく
生きる希望を抱くことができたと思う。
もう少し復興が進んだ暁には
被災地に住んでいるファンクラブの人だけを集めて
無料ライブを開いてもらいたい、
それがアーティストの人ができる一番の
支援になると思います。

そしてユーミンの
「強くなれば、明るくなれるし、やさしくなれる
日本は変わろうとしている 変わることを恐れない強さ」
特筆するようなファンでは全然ないけど
さすがに一時代を築いた人だと
はじめて思いました。

「ライフイズビューティフル」という映画があって
親子3人がユダヤ人ということで強制収容所に送られてしまって
子供を不安がらせないように
これはゲームで、泣いたり、ママに会いたがったりしたら減点。
いい子にしていれば点数がもらえて、
勝ったら、本物の戦車に乗っておうちに帰れる、という嘘をついて
自分も恐怖を感じているはずなのに
子供の前で明るく振舞っていて
これは本当の強さだと思うんですね。
自分なんかは今回もそうだけど
すぐにその場の雰囲気に呑まれて
悲観的になってしまうから弱い人間だと反省します。

語弊があるかもしれませんが
今回の地震が、日本の変わる契機になってしまったのかと思います。
石原都知事の「天罰」っていう言葉自体は良くなかったけど
本質で言いたかったことはそんなに間違っていないと思っていて
日本は何か変な方向に進んでいっていた雰囲気は
かなり感じていました。
長い時間を掛けて
異常なことが正常だと思い込まされていた
そんな感覚でしょうか。
電気エネルギーへの依存、人と人とのコミュニケーション、
氾濫している情報、など
見直すきっかけになるのでしょうか。

aikoと一青さんは
歌前のメッセージがシンプルでよかったと思います。
aikoは何を歌うか気になってましたが「キラキラ」でした。
最初は歌詞が今回のメッセージに合っているのかなぁと
思いましたが
大切な人を信じて待っている、という内容なので
そういうことかと腑に落ちました。
途中で「その前にこの世が無くなっちゃってたら」という所では
aikoが手を振って、そんなことない、
みたいなジェスチャー取っていたのが印象的でした。

「ハナミズキ」はまぁこの場で歌うのには
一番適しているというか
「果てない波がちゃんと止まりますように」って
ぴったり符合しちゃっているし
歌っていて涙をこらえていたのは
自分より辛い人たちがいるのに
私が泣いちゃいけない、って思っていたと勝手に想像していました。

それと現実問題として
アーティストはそこそこ売れていないと
いくら強い思いを持っていても
それが多くの人には伝わらないと思いました。
去年ハイチのチャリティーライブに行って
キャンドルジュンも言ってましたけど
出演してほしいと声を掛けても
有名な人は事務所からNGが出てしまうって。

今回の番組は
名前を聞けばほとんどの人が知っている人が出ていたし
だからスポンサーもついて放送網も広がり
より多くの人に伝えられると
実力云々よりそれが大きいです。
会社でもそうですが、そこそこ実績を残さないと
いくらそれが本質をついたするどい意見でも
誰も耳を傾けてくれません。

最後にできればドリカムといきものがかりには
出てほしかったかなぁ。
ドリカムは「何度でも」
いきものがかりは「ありがとう」
この2曲があったらかなりいいと思ったんですけどね。
現在は除外されている東京23区(一部は今も実施されている)内も
夏場になれば、計画停電の対象になることは間違いなく
今からその対策を立てなければなりません。
たしか家のマンションは水道直結で
上階に上げるのにポンプを使っているはずで
それが正しければ4階位なら
水圧は落ちるけど断水にはならないはずですが
3~4時間、水が出なくてもそんなに困りません。

一番問題になりそうなのが
夜の照明で、乾電池では電圧が低いので
そうそう照度は期待できません。
明かりさえ確保できれば
本を読んで過ごすことができるので
逆に読書に集中できるチャンスですが
もう少し流通が落ち着いたら
いい照明器具を探しに行こうと思っています。

本の他にはウォークマンは充電しておけば
数時間はもつのでこれを聴くのもいいかもしれません。
音楽だけでなく過去のポッドキャストも相当あるので
これを聞いていても退屈しなそうです。
もう少し前向きなものとしては
筋トレでもしようかと思っています。
腕立てと腹筋と背筋で体幹を鍛えて
しっかりした身体を取り戻すことができるかもしれません。

一般家庭はともかく、
商売をしている人は停電したら休業する他なく
それはすなわち収入が入ってこないことにつながります。
よく行く温泉も計画停電がないときでも
休憩所が休止していて
それじゃ行ってもしょうがないかと他の温泉に行きました。
それに休みの日でも、いきなり停まったら嫌だから
電車で出かけることが少なくなったし
何より何かを買おうという意欲が湧いてきません。

もちろん今は節電一色で
でも普段大量に電力を消費している人に限って
節電、節電言っているような気がして
それはそれで不快なものです。
待機電力が無駄だからと使わない電気機器の電源コードを
コンセントから外したって言ってましたが
エアコンを切った方がそれの何倍も
省エネになるんですけど・・・
あと冷蔵庫に温度調節を「強」から「中」にして下さい、
って何かの注意書きに書いてあったけど
元々「弱」にしてあったし
そんなの今更言うことかと。

個人的な意見としては、
公式なお願いとして、夏場はエアコンを使わないで下さい、って
言ってしまってもいいと思う。
窓の開かないオフィスビルやお店はしょうがないとしても
一般住宅は無くても何とかなるし
室外機の熱風がない分、外は涼しくなるはずです。
設定温度を下げて下さい程度では
とてもじゃないけど乗り切れないのは目に見えています。

今回の電力危機は、俯瞰で捉えると
電力バブルがはじけたような状態ではないでしょうか、
膨らみ続けた電力消費がついに弾けてしまったと。
バブルが弾けた後、消費を見直したのと同様に
電力についても抜本から見直す機会になりそうです。
24時間営業するのが当たり前になった
コンビニをはじめとする小売業、
見てくれを重視した昼間なのに明るすぎる照明、
夏は寒すぎ、冬は暑すぎる過剰な空調、
あるのが当たり前と思っているエスカレーターやエレベーター
数え上げればきりがありません。

実際、今、あらゆる場所が間引き照明になっていても
エスカレーターが停まっていても
それほど不便さを感じません。
要はこれを受け入れられるかどうかの問題でしかないのです。

でも東京電力は今後数年間は大変厳しい時代を
迎えるのは間違いないでしょう。
「オール電化」が衰退するのは確実で
もう本上まなみのあのCMもお蔵入りで二度と見れないし
「でんこちゃん」ももう見れないんだろうなぁ。
この先、かなり極端な意見が書かれています。
常識を重んじる方にはおそらく合わない話だと思います。

来週の北海道公演から
ミスチルのツアーが再開されるとのことで
個人的には大変喜ばしい限りです。
毎度毎度書いているのであまり真実味はありませんが
今回のライブはそれはもうすごくいい内容なので
中止にするには惜しすぎるものです。

はっきりいってこのライブを通じて
被災者の方々に勇気を与えるとか
そんなことはないし、
詭弁に過ぎないと思います。
逆にそんなことしているばあいか、
って妬む人の方が多いでしょう。

もし自分が被災した立場なら
「絶対に大丈夫」とか「頑張れ」とか言われたくないし
そう思っている気持ちは嘘でないにしろ
所詮は、安全で守られている立ち位置から言うことは
被災者の為というより自分たちの為に言っているように
感じるのです。

これから野球が始まったら
「東北の人、頑張って」と言った内容のプラカードを持った
観客席が映し出されるのが予想されますけど
それを避難所のテレビで見れたとして
「よし、頑張ろう」ってモチベーションの上がる人なんて
いるとは思えないし
そう思うなら野球なんて観に行ってんじゃないよ、
って自分なら絶対そういう感想を持ちます。

コミュの書き込みをみても
こんな状態でライブに行っても楽しめない、って意見も多いけど
自分の親族や知り合いが被災しているならともかく
それじゃこの前のニュージーランド地震で
日本人が被災したときは何で平気だったのか、って
そう思います。

悲しいけど自分以外の人が感じている辛さ、痛み、苦しみは
想像することはできるけど
完全に自分の中で再現することはできません。
だから分かった気になって
安易にとやかく言うのは
どんな状況においても意味はないし
逆に失礼なことにも感じます。
今日は舞台を観に行きました。
日本がこんなときに、っていう雰囲気もありますが
もっと視野を広げれば、普段の日でも
生活に困窮している人はいて、
不測の事態で苦しんでいる人がいるわけで
そんなこと言ってたらきりがない、
と自分に言い聞かせました。

昨日は宿直で、観劇中に眠くなったら困るので
5時から昼寝(夕寝?)することにして
ウトウトしてたらあっという間に熟睡してしまい
気づいたらもう出発しなきゃいけない時間で
ハッと目覚めたときは
一瞬ここがどこで何時なのか理解できませんでした。
そんなこんなで手早く支度を済ませ家を出ました。

今回観に行った一番の動機は
主演の安藤聖目当てでした。
去年、ブス会という舞台ではじめてみて
こんなに演技が出来て、ルックスもいいのに
何でもっと露出しないんだろうなぁという感想をもって
興味を持ちました。
それに作・演出は岩松了さんで
一青さんの舞台「箱の中の女」も手がけていたので
全く内容が理解できないことはないだろうと
いう安心感もありました。

劇場は、下北沢駅前劇場で今回2回目です。
おそらくこれが典型的な小劇場という感じなのでしょうか、
とにかく隣の人との間隔が狭くて
これって太った人はくるな、ってことかなぁと
今日も感じました。
幸いなことに片方の席が空いていたので
良かったです。
前から2列目だったのですが
1列目が自由席で、背もたれはないのですが
値段も安いので、それはどうなのかなぁと思いました。

簡単なあらすじは、
チェーホフの「かもめ」を上演することになって稽古をしてきたが、
主演の俳優が急死してしまうという感じで
映画の「メメント」「アレックス」のように
時がさかのぼっていくタイプで
時間的に最新のシーンからはじまり
一番過去のシーンで終わるという形です。
なのではじめの内は、時系列が理解できずに
混乱してしまいました。

それにはじめて見る役者さんばかりで
誰がどの役をやっているかも理解しなければならず
役者さんの下にテロップが出てくれれば
楽なのになぁと罰当たりなことを思いました。

まだ2作しか見ていないので当たっているのか分からないですが
岩松さんの作品って、パッと見てすぐに分かりやすい話ではないし
終始笑わそうという感じでもないので
今回も開始20分位までは
何だかよく分からない話だな、
とりあえず安藤さんだけ見て帰れればいいか位な感じだったんですけど
30分を過ぎるあたりから引き込まれてきて
上演時間は2時間弱でしたが
ものすごく短く感じました。
「箱の中の女」に比べれば比較的内容が分かりやすく
セリフがちょっと観念的だけど
考えさせられるものが多かったです。

時間がどんどん遡っていくので
過去にこういうことがあったから
さっきまでのシーンでこういうことだったのかぁと
腑に落ちる感じが結構気持ちよかったです。
「かもめ」というお話を知らなくても
さほど支障はありませんが
セリフで引用している部分があるので
知っていると余計に楽しめる気がしました。

舞台の裏側みたいな場面が多く
例えば、テレビなどで露出が多い俳優が稽古場に来ると
席を譲ったり、挨拶を丁寧にするところとか
芸能事務所との関係で役柄が決まったりすること
なんか現実の舞台裏でもこんなことが本当にあるんだろうなぁ
って面白かったです。

お目当てだった安藤さんは
やっぱり素晴らしくて
間近で見られてすごくありがたがったですが
もっと出番を増やしてもらいたかったです。
安藤さん以外では吉牟田眞奈さんって女優さんが良くて、
出てくるだけで期待感が持てる
お笑い面でかなり引っ張ってました。

結局主役の役者が死んだ理由はよく分からず仕舞いで
彼が、自分が悪い、って言うことで
逆に相手を追いつめていくんですけど
確かにそういうことってあるよなぁって思いました。
自分も弱音を吐きがちな人間なんで
分かる気がしました。

最近よく小劇団のお芝居を観に行くようになりましたけど
まだまだ自分の知らないところで
面白い、隠れたものがたくさん埋まっているなぁって
宝探しに似たものがあります。
これからも素敵な宝に出会えればいいなぁと思います。
今さらですが、震災で亡くなられた方々は
その日に自分がそんなことになるなんて
全く想像もしていなかったし
人によっては何が何だか分からないまま
この世を旅立った方も多数いらっしゃたでしょう。
天災だけでなく交通事故でも事件に巻き込まれるでもそうですが
この予期していないことに
巻き込まれる恐怖というのは
相当ショックなものです。

いくらそれまで人一倍賢明に生きていようが
注意深く過ごそうが
社会生活を営む限り、
それに遭わない保証はどこにもありません。
ここまで生きてきたのは半ば当然のように思えるけど
実はこれはこれで相当運がいいのではないかと
捉えることもできます。

さきほどニュースで見ましたが
家が流された方は
もちろんその家は使えないし
この先、復興が進んでも同じ場所に家を建てる気には
中々なれないでしょう。
そこで土地を売るにしても
そのような場所だったら高く売れないし
現実的にとても大変な状況です。

今回の震災で、親・兄弟、果ては伴侶やお子さんを
亡くされた方も少なからずいるでしょう。
避難生活ももちろん大変でしょうが
それよりこの空いてしまった心の穴を埋める
手立てはあるのでしょうか。
もし自分が奥さんや子供がいて
いなくなってしまったら
生きる気力を無くしてしまうと思います。
間違いなく何を糧に生きていけばいいか
途方に暮れてしまいます。

そんなことを考えると
元々それらを持たない方がいいのかなぁとさえ思ってしまいます。
物やお金は取り返せても
この喪失感には敵いません。
でもそんなに大切に思えるものなのだから
持てたらどんなに素晴らしいことなのかなぁとも
逆説的に思ったりもします。

それでも日本は他の国よりは治安はよくて
完全に安全な社会というのは不可能なわけで
巨大な力に捕まることもあるかもしれないけど
何とかそれを上手くかわしながら
生きていくしか他に方法はないようです。
今日レンタルしたDVDを返却しに行く途中に
ゴルフの打ちっぱなし場があって
そこでカンカン、ゴルフボールを打つ姿を見て
何だか不謹慎だなぁと瞬間感じました。

でもこれが自分の興味のある、
例えば映画を見るとか舞台を見るとかだったら
こういう思いにはならないことを考慮すると
結局、自分が興味のない娯楽に対してだけ
感じるんだなぁと思いました。

テレビでのバラエティ番組や笑って話すこと、
果ては津波のシーンを見て
すごいと思うことすら
不謹慎といえば不謹慎です。
どこまでが許されてどこまでが許されないかなんてことは
イメージでしかありません。

そもそも世界中では戦争や飢餓でたくさんの方が毎日亡くなっていても
普段私たちがそれを意識することはありません。
国が違うといえばそれまでだけど
同じ地球に住む者として大きく見れば
不謹慎と取れなくもありません。

日記でこういうことを書いているのは
カタルシスとして自分の不安を緩和させるのと共に
何にもできないことに対しての
懺悔しているような気持ちがあります。

余震が続いているからまだ緊張感があるけど
これがゴールデンウィークを過ぎる頃には
この危機感に似たものが薄れてきて
被災者の方のことも忘れてしまうんじゃないかと、
そして原発の問題も生活優先で
なかったことになるんじゃないか
それを受け入れてしまう自分がいることも。

避難所ですごい寒くて食事もほとんど取れず
不安な気持ちで過ごしているに違いないのを尻目に
仕事に行くのが嫌だ、と
小さなことに憂鬱になっていること、
チケットの取れているライブは
日程通り行われるのか心配していること、
不謹慎の固まりです。
他人を無条件に思いやれる人物になれないものでしょうか。
原発も何とかなりそうな雰囲気になってきて
多少、心の動揺も収まりつつあります。
関東地方では平日は計画停電が続いており
公共の場では節電が始まっています。
駅では照明の消灯はもちろんのこと、
エスカレーターも停止している場所が多く
職場でも余計な電力を使わないよう
気を使っています。

こうなって分かったことですが
これまでいかに余計な電力を使っていたかということです。
見栄え重視の照明や
歩いても大した負荷でもないのにエスカレーターを使ったり
過剰な空調だったり
こういうものに囲まれて、
運動能力や動物の本能みたいなものを無くしていたのかもしれません。

電力が安定してきたら、またしょうこりもなく点灯しはじめるのは
目に見えています。
ほとんどの人が無駄だなぁと感じても
今回のように大義名分がないと
消灯したりエスカレーターを止めたりするのは
難しいというのも
世の中の仕組みとして分かっています。

プロ野球セリーグの開幕が25日から29日に延期になりましたが
25日にしたかったのは、
おそらくナベツネだったと思われます。
選手はもちろん、オーナー、コミッショナーでさえも
本当はやりたくなかったのではないでしょうか。
でも頂点にいる人がこうと決めたら
下のものは従わざるをえません、
だから人の上に立つ人は賢明な人物でないといけないのです。

うちは端っことはいえ東京23区内で、
今まで一度も計画停電されていません。
地域によって電気を供給している変電所が違うとかで
まのがれているようです。
非常に助かるのと同時に
他の周りの地域は停電しているわけで
やっぱり東京はひいきされているなぁと感じます。
今回の事態がある程度収まった後、
今まで以上に東京一極中心になる感じもします。

もちろん原発は恐怖の対象に違いなく
震災から1週間経っても浮き足立たせている存在なのは
間違いないのですが
直接的に多数の死傷者を出したのは
津波だということをもう一度認識しておく必要があります。
今回の規模の津波が食い止める防波堤は
計算上では可能らしいですが
コスト面など考慮すると現実的ではないらしいです。

でも地震や津波は天災で、原発は人災だから
今後、原発の方がより批判を浴びるのは
間違いないでしょう。
しかし東京電力、保安院だけを責めるだけの話ではなく
ここまで電力を使用しなければならなくなった
日本国内の生活にも問題はあるでしょう。
それが生きていく為にどうしても必要というのならともかく
無駄な贅肉のような、そんな使い方をしているのは明確で
今実施している節電の50%でも行っていれば
もしかしたら原発を使用しなくても
平気な世の中になるのでしょうか。
やわらかい風が吹いたら ふと目を瞑って
元気で過ごしてるかな?
そんなことを思うんだ

君の自転車の後をジョギングして
かけてく遊歩道 それで嬉しかった

何気なく笑い合えたな 会話なんてなくたって
忙しく過ごしてるかな?
風邪なんかひいていないかな?

君が抱いてた悲しみ 寂しさ もどかしさ
何にもしてやれなかったなぁ それが悔しかった

もっと大きな器で もっと優しくて
そういう僕なら君を救えたろうな

世知辛い時代だとアナウンスされてるけど
君と過ごした時間があるから 僕は恵まれてるって言える

始まりも終わりも どこかあやふやで
頭の切り替えが 上手くいかないまんま

何気なく笑い合えたな 今もそうならいいな
忙しく過ごしてるかな?
誰かと出会っているかな?

やわらかい風が吹いたら
また目を瞑って
元気で過ごしてるかな?
そんなことを思うんだ
やわらかい風が吹いたら
やわらかい風が吹いたら