今日は仕事だったので昨日母の日のカーネーションを買いました。
花を買うのはこの日だけ一年に一度だけ、
ここ数年は決まった近所の花屋さんで買っています。
知り合いの人が昔花屋さんに勤めていましたが
水は冷たいはとげがささるは虫がくっついているはで
見た目よりも大変な仕事みたいです。
ドラマなんかではヒロインが楽しいそうに働いていますが
あのイメージだけ鵜呑みにするとひどい目に遭いそうです。

で鉢植えの1000円の真っ赤なカーネーションを2つ買いました。
1つは母の分、1つは子供の頃からお世話になっているおばあちゃんの分です。
おばあちゃんは血のつながりは全くなく、
幼稚園のときから両親共働きだったので、
近所に住んでいたそのおばあちゃん夫婦に預かられていた関係です。
もう腰が90度に曲がってしまって一人では外には出れません。
森光子が90歳間近なのに舞台ででんぐり返ししてますけど
あれはオリンピック選手級のすごさだと思います。

おじいちゃんは15年前に亡くなっているので一人暮らしです。
昨日も話をきくと何だかんだでお金が掛かるそうです。
貯金は絶対しておくよう釘を刺されました。
週に2回、買い物やお掃除をしてくれるヘルパーさんが来てくれるそうですが
新聞やニュースとかでこういうことを報道していても
実感がわきませんが現実はリアルに厳しいです。

そもそも母の日にカーネーションを贈りはじめたのは憶えていませんが
気づいたら買っていました。
一回買い始めたら止めるに止めれないというか
数年前におばあちゃんに持って行ったら泣かれてしまったことがあって
それからは渡すとき、シリアスになるから泣かないでくれ、って願います。

毎年贈っているのは感謝の気持ちというよりは
贖罪の意味の方が強いかもしれません。
とても親孝行ではないですし一年に一回は申し訳ない気持ちを
形で表すというか。
理想は一緒に欲しいものを買いに行けばいいのでしょうが
照れくさ過ぎてできません。
同じ理由でカーネーション以外は贈ったことがありません。
周りの友達に聞いてももう母の日に何もしてないっていうから
プレゼントしているだけマシなのかなぁと自己弁護しています。
昨日はリンドバーグのライブに行ってきました。
原宿駅に降りると何でか混雑しているので不思議に思っていると
どうも代々木第一でパフュームがライブやるのとかち合ったようでした。
帰りも一緒になったら堪んないなぁ~と会場に向かいました。
チケットをスペシャルバージョンに変えてもらえるとのことで
交換しましたがカラーコピーしたような感じで、複製品?みたいな。
入場がとんでもなく遅く、中に入れたのは開演予定10分前でした。
しょうがないことですがお客さんは30歳以上の人が大半を占めて
20代の人は1割にも満たない状態です。

こんな感じなので本当に盛り上がるのかなぁ~って不安に感じていましたが
リンドバーグを侮っていました。
初っ端から大合唱で意表をつかれました。
最近ライブに行ってもお客さんが歌うって案外少ないんですけど
今日は久々に知っている歌は熱唱しました。
同窓会の時の妙なハイテンションに似た感じがしました。
不思議と昔の歌の方が歌詞を憶えているものです。

90sのニューミュージックど真ん中で
サビの繰り返しが多くて分かりやすいし
合いの手を入れやすい曲が多いんですよね。
もうこれはライブ向きですごいノリ易かったです。
セットリストはもっとシングル曲だらけかと思っていたら案外少なかったです。
多分ライブでは盛り上がる系の曲を数多く並べてきた印象で
昔ファンだった人達は大喜びのセトリだったのではないでしょうか。
さすがに最後の方はシングルパレードで
「今すぐKISS ME」「BELIEVE IN LOVE」の2曲は
その中でも盛り上がりが半端なかったですね。
あの頃が思い出されてきました。

渡瀬さんは40歳近くとは思えないほど若々しくて
MCが予想以上に面白かったです。
くまとうさぎの着ぐるみが出てきて子供たちに紹介するとき
「くまちゃんです、うさぎちゃんです」で最後に自分を指差して
「松田聖子です」って文字にするとつまんないけど
会場では相当上手いなぁって思いました。

「I MISS YOU」「胸騒ぎのAfter School」「会いたくて」は
聴きたかったんですけどね~、
まぁでもこれらの曲を演奏しなくてもここまで楽しめたのは
ある意味すごいんですけど。
今調べたら「HOP」の時に「I MISS YOU」「胸騒ぎのAfter School」は
やっちゃっているんですね、残念です。

こうなると「JUMP」も行きたくなるなぁ~。
今度はホールだから曲も結構変えてくるような気がするしなぁ~、
ヤフオクで安いのがあったら行こうかなぁ。
今週の木曜日にはおそらく今年最後のミスチルです。
今日のステージとの距離とは比べ物にならないほどの遠さですが
目に焼き付けてきます。
先週「ためしてガッテン」でハンバーグを特集していたので
昨日作ってみました。
外見は中々よくて期待して食したら、これがイマイチでした。
ほぼレシピ通りに調理しましたが、
肝心のひき肉がセール品の100g50円という安さのせいでしょうか、
とても番組で言っていたお店の味にはほど遠い状態です、
あんなに肉汁も出てないし。
まぁでも食べられない味じゃないので全部食べましたけど。

夕食や休みの日は自分で料理していて気づいたことは
料理ってレシピ通りに分量と調理法を地道にこなせば
それなりに美味しいものが出来るということです。
よく料理が苦手という人がいますが、
あれは目分量だったり自分流に調理法を変えたりしているからでしょう。
家の母妹はカレーでも玉ねぎや人参を炒めないで煮るだけです。
しかも水も目分量なので概して薄い味になります。
細かいことをいえば包丁さばきとかフライパンの使い方とかあるでしょうが、
家庭の料理でそこまでの緻密さは要求されないし
当たり前のことをいかにこなすかに掛かっています。

あと食器を洗うのを食べた後にまとめてやろうとすると
シンクがいっぱいになってやる気を失くすので
作りながらいかにして調理器具を洗えるかという段取り力も大切です。

自論があって、家族全員痩せている家の母親は料理が苦手ということです。
今まで会った太っている人で家の料理が不味いという話を聞いた事がありませんし
知らず知らずの内に美味しいければ、より多く食べてしまうものです。
家はさきほどのカレーの例もそうですがとにかく分量をきちんと量りません。
米に入れる水ですら適当で、たまにおかゆみたいなご飯が出てきます。
でも実はそれで良かったなぁと思っています。
絶対に太りたくないし、たまに美味しいものを食べたらすごく感動できるからです。
家で食べる食費にお金を掛けるほど、もったいないことはないと思います。
それにいいものを食べている人ほど病気に罹りやすいイメージがあります。
この豊食の時代、食べすぎは毒です。
頭ん中がごちゃごちゃしたときに読む本があります。
新野哲也という人が書いた「頭がよくなる思想入門」という本です。
何でこの本を買ったかは憶えてないんですけど
今では一番何度も読み返す本になっています。

この本に書いてあることのひとつに「考えすぎるのはよくない」
っていう考え方があって、ヒトが考えるのは「狂っているから」
ということまで言っています。
直観が大切でパッとみてすぐにわからないことは本人にとっては
ほとんど重要でないそうです。

それと意識っていうのは基本的に逃げることばかり考えるので
意志をもって進んでいかなくてはならないとか
他にも色々こういう話が書かれています。

確かに悩むってことは結局あれこれ考えることだし、
考え始めるといかに逃げようか、それに対してのもっともらしい
理由づけをしていることが多いです。
それに過去のことを色々考えるのも意味はないよなって思います。
例えば終わってしまったテストのこととか今更考えても
点が変わるわけじゃあるまいし、
そんなひまあったら次の試験勉強をしたほうが
絶対有益ですもんね。

こういうむだなことを考えることを「わるい頭のつかい方」と
この本では説いています。
たまにこの本を読むと、あまり考えないようにしようって思うんですけど
数日するともうそんなことを忘れて
ぐちぐち考える自分がうらめしいかぎりです。
高校時代、友達によくお金を貸していました。
当時ボロボロのアパートに住んでいましたがお小遣いは結構貰っていたので
普通に生活してお金に困るようなことはありませんでした。
大方、借りた方は日にちが経つとどの位借りたか忘れるもので
しょうがないのでいくら貸したかメモを取るようになりました。
そうして事あるごとに貸した額を伝えて軽く返却を求めると
なぜかこっちが悪いことをしているような気になって
貸しているのに損した感じだなぁと複雑な気持ちでした。
そんなことがあって高校を卒業してからは基本的にはお金は貸さないで
貸すときは返って来ないものと諦めるようになりました。

変な話ですが、お金がない人にかぎってゲーセンとかに行っても
何千円と使ったり、ファミレスに行ってもこっちはドリンクだけなのに
セットで頼んだりして、お金の使い方が荒いような気がしてました。

自分は基本的にお金をあまり使わないので
貯金しようという意志がなくてもお給料の半分以上は残ります。
(少ない額の半分なのでたかがしれていますが)
こういうお金の使い方ってある程度、遺伝子で決まっているのではないでしょうか。
(快楽が簡単に得られやすいとか)

今でこそポイントが貯まるのでカードで買い物をしますが
必ず一活払いです。
ローンを組んで買い物はしたくないです。
借金は男の甲斐性なんて言われますけど
負債を抱えたまま生活していく度量は自分にはありません。

お金で幸せになれるか、ということはよく聞く話ですが
幸せというより快楽に近いもののような気がします。
お金をもらったり使ったりすると高揚感みたいなものを感じます。
でも子供の頃は100円で満足していたものが
今では10000円でも満足しなくなって、快楽のハードルが上がってしまっています。
そのハードルは留まる事を知らず、何億円となっても満足できない人も
中にはいると思います。

それとお金は有限なものなので、お金を得る人がいるということは
同時にそれを失う人がいるということになります。
幸せがそんなプラスマイナスするようなものではいけないと思います。
綺麗ごとかもしれませんけど、幸せは無限に増殖するものでないと
なんか悲しい気がします。

以前にタモリが哲学を扱った番組をやっていて
「お金」とは何か、という問いに京都大学教授の森さんが
「テストの点数」のようなものと言っていました。
点数(金額)が増えるのはいいことだし励みにもなるけれど
その点数にそんなに意味(価値)があるかといったら
そういうわけでもないその程度のもの、って説いていて
なるほどなぁと思いました。
お金もテストの点数も手段に過ぎないですよね。
たまにふと、これから死ぬまでに逢えない人って
いっぱいいるんだなって思ったりします。
例えば小学校時代の同級生なんかはほとんどの人と逢わないだろうし
今まで知り合った人の人数が何人くらいかも想像はつきませんが
そのほとんどの人とこの先一生逢わないまま生涯を閉じると考えると
不思議な気持ちになります。

20歳くらいの時に、でかい本屋さんなんかでやっている
英語スクールの勧誘みたいのにひっかかって
その教室まで連れて行かれたことがあったんですけど
そこの説明員さんが「私は一期一会をモットーにしています」って言ってました。
こっちは入会させられないようにガードを固めていたので
あまりちゃんと聞いていなかったんですけど
その言葉だけは妙に憶えています。

普段いつものように会っている人には、何も感じなかったり
時にはうざったく感じることもあるんですけど
一度、職場の異動とか卒業とかで縁が切れてしまうと
それ相応のエネルギーを費やさないと会わなくなるもんです。
それでも会おうと思えばいつでも会えるとたかを括っていると
会える確立は、時と共に減っていく一方です。

特に最近は個人情報保護とかで
気安く電話することもままなりません。
ちょっと前に高校時代の友達の実家に電話したんですけど
最初から怪しまれて本人と連絡を取り合うまで
四苦八苦しました。

明日からは、もしかしたらこの人とは一生逢えなくなるかもしれないって
思って接すれば、新鮮な気持ちで付き合っていけるかなって
思ったりしました。
昨日は舞台「容疑者Xの献身」を観に行きました。
「キャラメルボックス」ははじめて舞台をみた劇団で
思い入れは思いの他あるのですが最近の作風があまり合わないようで
4~5年観ていませんでしたが、今回は原作が好きな本だったし
当日だとハーフプライスチケットといって半額になるので
ちょっくら行きました。

そんなわけで宿直明けで東武百貨店のチケット売り場に
9時30分位に着いたら15人も並んでいました。
もちろん全ての人がそれ目当てではないんで普通に買えて、
席も後ろの方とはいえ1階席で、でも自分の周りの人は7000円出して
観ているわけで申し訳ないかなぁと・・・あ、これは嘘です、思っていません。

久々に池袋に降りましたけど、若い子(風な人も含め)が多い感じがしました。
金髪っぽい子も結構多いし、ちょっとたじろきました。
HPでは今日はチケット余ってます、って書いてあったけど
自分が見る限り、ほとんど埋まっていました。
座席と座席の間が前も横もせまいのに閉口しました。

問題の中身ですが、かなり良かったです。
キャラメルボックスは10作弱観ましたが1、2を争う出来で、
舞台を観て初めて泣きそうになりました。
原作本を映画やドラマで映像化するとガッカリすることが多くて
それを恐れていましたが今回はそんなことはありませんでした。
原作をかなり忠実に再現させたから違和感がなかったのかもしれません。
とはいっても原作を読んだのは相当前で
トリックも後半になって思い出した位ですけど。

この話の最大のポイントは「一方的に思いを寄せる人の為に
見返りなしの犠牲を払うことができるか」ということだと思います。
石神という高校教師が、隣に住む花岡靖子が犯した殺人を隠蔽するのですが、
それが露見されそうになると、自ら自首をして罪をかぶります。

例えば、子供の頃に自分の好きな子が物を壊したとして
それは僕がやりましたって身代わりになることはあるかもしれません。
でも今はその罪をかぶることによってその人から好意をもってもらえる
とかそういう計算を働かせてしまうような気がします。
ましてや殺人の身代わりなど割りに合わないなぁと
損得勘定で決めてしまう自分が想像できます。
そういった点で石神の行為は「純」だなぁと思うわけです。
自分も子供の頃はそういう「純」な思考で生きてきたのに
大人になるにつけ汚れてきていると、この作品をみて考えさせられました。

そんなことを思いながらサンシャイン通りを歩いていると
妙に浮かれた街並みに嫌気がさしてきました。
そんな杞憂はともかく少なくとも3500円払う価値は絶対あるお芝居で
原作を読んでいない人でも、いやむしろ未読の人の方が
楽しめると思います。
24日まで上演しているのでぜひ観てほしい舞台です。
先日、前の職場の人とご飯を食べました。
何でも彼女と別れたそうで、その話を聞いてもらいたかったようです。
しかし話を聞いているうちにそれって別れたっていうの?
という感じでした。

一応二人で出かけているらしいのですが
食事や映画のチケット代などお金は全部払わされて
肉体関係はおろかキスも、詳しく聞きませんでしたが
おそらく手すらもつないでないような話しぶりでした。
それでも喧嘩別れしたらしく本人はえらくショックを受けていましたが・・・

この話を聞いて果たしてどこからが「付き合う」って線引きをできるのかなって
考えちゃいました。
自分的には、キスをしたら「付き合っている」範疇に入ると思いますが
この元同僚はたぶん今回の交際を付き合ったことにカウントするだろうし
中にはデート(もちろんキスなんかしない)一回しただけで
付き合ったって言う人もいることと思います。

付き合った人の数が二桁を超える人をすごいなぁと思っていましたけど
案外今回のような深くない付き合いもカウントしているかと思うと
何か「せこい」なぁって・・・
この元同僚も時が経って、このモデル級の(本人曰く)人と
付き合って辛い別れしたんだよなぁ、とか他の人に話すと思うと
なぜか悔しい気持ちになります。
だからといって、その人に「それってみんなキス以上の関係だよね」
なんて聞くこともできないし、自己申告だけに言ったもん勝ちです。
 
それぞれの価値観なので決め付けることはできませんが
付き合った人の数が多い=魅力的、っていう図式があることは否めないので
ある程度の規定は設けてもらいたいものです。
逆に、ゆきずりの一回きりの肉体関係を元彼、彼女にするのも
何ですしね~、
結局はその人の良心にかけるしかないのかなぁって。
自分の心をうまくコントロールできるようにすることが
幸せになれる近道だと思うのですが
そういう話になるとほとんどの場合、
ポジティブに物事を捉えましょう、っていうことが盛んに言われています。

でもこの「ポジティブシンキング」というのにちょっと抵抗があって
あまりしっくりいきません。
例えば自分の体質に合う薬や合わない薬があるみたいに
こういう思考法にも合う合わないがあるんじゃないかなぁって思います。
自分の場合、何か問題があったときにはポジティブな状況を想像するより
ある程度最悪な状況を設定していた方が
その後の心の負担が少なかったりします。

現にポジティブな考え方で成功している人もいて
それはそれで全然かまわないのですが
それが絶対的なもののように認められつつある状況というのは
どうかと思います。
よく成功した人がいかに自分は成功したか書いている本などありますが、
それはあくまでその人に合っていたでだけで
こうすれば成功するって言い切るのはちょっと違うなぁって思います。
みんなに成功談を聞いてもらいたい、っていう気持ちは解りますけど。

かといって何かとネガティブな話をして他の人のやる気を殺ぐような
こともいいとは思いません。
こういう人はどこの職場でもいるものですが
そう感じることは自由ですけど
それは自分の中で処理しないと。

何か不安を抱えたときに
ポジティブでもネガティブでもそうですが
そのことにこだわりすぎることが一番よくないのかなぁと。
だからそういうときはできるだけ俯瞰して
大局的に捉えようとするのですが
それができれば苦労はしないわけで。
かといってあまりこだわりがないというのも
生きている心地がしなくなりそうだし
大事なのはそこら辺のバランス感覚だと思います。
一昨日「zepp Tokyo」に行ってきました。
待ちに待ったaikoのライブです。
今回はFC限定ということで、会員証と免許証のW掲示で
相方も一緒に入場しないといけないセキュリティーの高さです。
ヤフオクをみても数点しか出展されていなかったし
キャパが小さいところはぜひこの方法を採用してもらいたいですね。

整理番号も240番台と中々良かったんですけど
入場するまでは、「自分の前に200人もいる~」って
不安になってチケットを渡したらダッシュで中に入りました。
ステージから花道が伸びていたせいか
その周りに人が結構ながれていてステージ前はさほど混んでいませんでした。
てなわけでステージまで2m位の場所に陣取れました。

まぁ予想はしていましたが会場が暗くなった途端、
後ろから怒涛の押し寄せで、文字通りおしくら饅頭状態でした。
でもaikoが舞台に登場したら、もうそんなことも吹っ飛んで
テンション上がりまくりです。
今まで何回もライブに行きましたが今回は一番激しかったです。
汗ってこんなに出るんだ~、って思いました。
自分の前にいた150cm位の子は人波に溺れていました。
青白い顔をしていつ倒れるかとヒヤヒヤでしたが
最後まで立っていたので、人間の精神力は侮れないと感心しました。

今回一緒に行った人はあるファンサイトで知り合って行くことになったんですけど
自分と一緒でできるだけ前に行きたい人で助かりました。
その彼女も「いつもライブに一緒に行っている子は
そこまでファンじゃないから誘いづらかった」って言っていたのも頷けます。

これから行く人は絶対にタオルと飲み物は持っていった方がいいです。
飲み物は凍らせるとアイスノンみたいで気持ちいいです。
いくら外が寒くても、絶対熱気で溶けますのでご心配なく。
あとaikoとハイタッチ狙いの人は花道周辺に陣取ると
確率は高いと思います。

それにしてもaikoはすごいなぁ~。
最新3曲以外はシングル無しのセットリストであれだけ盛り上げれるんだもんな~。
どちらかというとシングル中心のセットリストが好きな方なのに
これだけ感動できるんだもんなぁ~、脱帽です。
いい歳して「アイコ~!」「ありがとう~!」って何回も叫んでしまいました。
でもこれだけ近くで見ちゃうと、ホールでも遠く感じちゃうな。
それだけ濃厚な3時間でした。