ちょっとしたつまずきで凹んでしまう打たれ弱さには辟易しますが
社会人になると何でこうも譲り合える心がなくなってしまうのでしょうか。
お客でお金を出しているからと多少我慢すれば済むことを要求してきたり
逆にこちらが客なのに尊大な態度を取る店員とか
それでこちらがどれだけ心痛めてるか気づかない人が多すぎます。
またそういう人の方が楽に生きてける現実というのが
余計に腹立たしく感じます。

たぶんこの弱さを克服するにはある種の「鈍感さ」を手に入れるように
するしかないように思います。
ちょっと前に「鈍感力」という本が話題になりましたけど
確かに生きやすさを感じるにはそれはいいことでしょう。
でも「鈍感」になることがいいことか、と問われると
それもどうかと思ってしまいます。

どうでもいいようなことでクレームをつけたり
人を傷つけるようなことを言っても何とも思わなかったり
それはそれで人間的にどうかという話にもなりますし
第一、良心がそれを許せないでしょう。

最近の若者は打たれ弱くなったとかよく言われていて
失敗してもいいからとりあえずやってみろ、って偉い人達は言うけれど
実際失敗したら怒られて、勝手にそんなことするな、って
説教されている光景もよく見ますし
理想と現実には相当の距離があります。
宇多田ヒカルの歌詞ではありませんが
「つまずきながら」って口で言う程 楽じゃありません。

あと、言われた事しかやらないっていうのも最近の常套句ですが
言われたことを確実にこなすっていうのはそのイメージよりも
相当、仕事の貢献力は高いと思います、
言われたことをやれない人も相当多いですから。

でも傷ついたりしたって前に向かっていくしかなく
結局一歩一歩進んでいくしかありません。
時は無情なほどに色々なものを洗い流していってくれます。
今抱えきれないほどの辛さや苦しみも
土が雨水を吸収するように霧散していくと
過去を振り返って思うのです。
昨日、クラシックコンサートに行ってきました。
朝起きたら案の定、身体がだるくてのども調子よくありませんでした。
とりあえずルルを飲んで昼間はできるだけ横になっていました。
体温を測ると37.0℃しかなかったのでとりあえず高熱が出てなくて
起きると案外平気でした。

会場のサントリーホールに入るとつかの間のブルジョワ気分が味わえます。
多少高尚な自分になれた気になれます。
のどが依然としていがらぽかったので演奏中にせきとかしないか心配でした。
なので飴を持っていって舐めるようにしました。

海外のオケの演奏を聴くのは2回目です。
日本のオケと全然違う、と言いたいところですが
イマイチどこが違うのか分かりません。
こういうのってイメージが大切ですから。
でも排気量の違いみたいな潜在的な余裕が感じられるは確かです。
コントラバス奏者がシャラポワよりも美形でスタイルもよく
それもさすがだなぁと思いました。

1曲目は予定になかった曲で、指揮者のリクエストで演奏することになったそうです。
このサービス精神は偉いです。
まぁ一番高い席は15000円もするから当たり前なのかもしれませんけど。

2曲目は「チャイコフスキー ピアノ協奏曲第1番」で、比較的よく演奏される曲です。
ピアニストの河村尚子はパンフレットのジャケ写とイメージが違ったので
本当にこの人?と戸惑いました。
演奏中、何かが憑依したような演奏ぶりで集中しているのが分かりましたが
自分の席からは鍵盤をひくところが見えなかったのが残念でした。
あんなに早く譜面通り弾けるのが不思議でしょうがありません、
あれだけ自由に弾けたら楽しくてしょうがないでしょう。

3曲目は「チャイコフスキー 交響曲第5番」で今日の目玉です。
一番好きな部分は第2楽章のラスト付近なんですけど
自分が好きなテンポよりちょっと遅くて
ちょうど速球を待っているのにスローボールが来ちゃったみたいな感じで
乗り切れなくてがっかりでした。
逆に第4楽章は早いテンポで今まで聴いた中でも一番の演奏だったので
余計に悔やまれます。

アンコール1曲目は2時間ドラマで犯人が告白するシーンで流れるような
切ない曲で、これで終わりかと思ったらもう1曲演奏してくれました。
日本のオケもこういうところは見習ってもらいたいです。
今回は4000円の席でしたけどクラシックではこれが限界ですね。
今日チラシをもらって興味ある演奏会もあったけど
最低でも7000円もするしちょっと無理です。
でも半年に1回位は行きたいです。
会社の先輩の行きつけのバーのマスターが
ある若手人気女性アーティストと知り合いらしく
たまに飲みに来ているとかで、先輩が先日会ったそうです。
最初は彼女を有名人だとは気づかないで
マスターを通じて普通に話していたそうなんですが
後からマスターから教えられたそうです。

その後もたまにそのバーで会う事があるらしく、一緒にお酒を飲んで話したり
夏休みに北欧に旅行に行った時に買ったお土産を渡したりして
何とメルアドも交換したとのことです。
(これだけ読むと付き合っているような感じですがそれはないです。)

そのアーティストというのがオーバーじゃなくて
本当に旬な人で、お酒を飲むイメージもなかったので
初めはそっくりさんじゃないの、って思っていたんですけど
そういうことで嘘をつく人でもないし
半信半疑の状態が続いていました。

そんな折、昨日、今度の土曜日に一緒に飲むけどどうだ、と誘われました。
お酒をあまり飲めないし、
先輩以外知らない人も数名いるそうなので断ったのですが
そのことが昨夜から頭から離れません。
そのアーティストのことはそこまで好きではないのですが
CDを借りてダウンロードしたり、
ライブも行ってみたいなぁ位には興味があります。
こんなチャンスは二度とないと思うと
行くべきだったかと後悔の念が押し寄せてきました。

でも仮に行ったとしてもどう接していいかよく分かりません。
ファンです、みたいな感じで行ったら
向こうが嫌だと思うんですよね。
かといって普通に飲みに来ましたっていうのも
そういうのに場慣れしていないので話もどうしていいか分からないし
どちらにしても白々しいなぁと。
サインとか写真とか頼んで断られたらそれもショックだし。
これがaikoなら恥も外聞も脱ぎ捨てて絶対行くのですが・・・。
こういう時に、何も考えずに楽しそうだから行くって思える人間だったら
もうちょっと成功していたのかなぁと思います。

今の希望は、やっぱり彼女に仕事が入って
飲み会が中止になってもらいたいと願う小さい人間です。
先輩が写メを撮ってくるというのでそれが楽しみでもあり
恐怖でもある複雑な心境です。
数年間勤めてきて、社会人生活に一番必要なのは「素直さ」だと
つくづく感じます。
例えばイチローやキムタクのようにずば抜けた能力や仕事力があるならば
こんなものは持たなくても構わないでしょうが
そうでもないサラリーマンは組織の中で持ちつ持たれつで仕事をしていかなくては
なりません。
その時に周りの人にいかに嫌われないかが重要になります。
経験上ですが多少の仕事ができるできないより
謙虚な人の方が評価されている気がします。

それは別に八方美人になることではなくて、
特段好かれなくてもよくて(好かれた方がよりいいですけど)
嫌われないことが必要です。
それで嫌われないようにするのは素直なことが一番大切なような気がするんです。

そんなの簡単なことだと思うでしょうけど、これが中々難しくて
仕事がある程度できるようになったり、
自分より仕事力が劣る人が出てきたりするとつい忘れがちになります。
本当は小学生が先生に向けるような純真な素直さがあれば一番いいですが
大人になった今、それを求めるのは酷なことで
仕事をしない上司に何かを指示されてそれを全て受け止めることなんて
できるわけがありません。
上っ面よりちょっと深い部分で素直さで反発心を覆わなければいけません。

見た目には素直そうなのにその実全然素直でない人がたまにいます。
こういう人は間違いなく好かれません。
ある程度一緒に仕事をしているとそういうのが見えてきて
他の人から話を聞くと、やっぱりみんなそう思っていることが多いです。
一度悪いイメージがついてしまうと、同じようなミスをしても
怒られる度合いがものすごく増えます。

歳を重ねると知識や価値観が邪魔をして素直ではなくなります。
運動と一緒で、絶えず自分に言い聞かせていないと
気づけば傲慢な心が芽生えていることがあります。
そういうとき、本当に大人になりたくないなぁって思います。
己のエゴをコントロールできる人間になりたいです。
今日はリンドバーグのライブに行ってきました。
今、帰ってきてご飯を食べ終えたところです。
ライブの後の食事はどうしてこんなに美味しく感じるのでしょうか、
どんな高級料理より満足感があります。
前回の「STEP」のチケットは簡単に取れたので
今回も楽勝かと高を括っていたら全然取れなくて諦めかけていた時
コミュで「チケット譲ります」の書き込みをみて応募したら
運よく譲っていただけました、本当にありがとうございました。

会場に向かう途中、山手線でまたしても男が座って女性が立っているカップルに
遭遇しました。
何故かライブに向かう途中によく遭うのはなぜでしょうか。
しかもその男は網棚の新聞を読み出し、それに飽きるとなんと寝始めました。
自分が女性なら絶対別れてます、っていうか座席に残して
そのまま電車降りてどっかいちゃいます。

この前はライブハウスなのでかなり盛り上がりましたが
今回はホールなのでどうなるかなぁと思っていたら
前回同様いい盛り上がりでした。
ちょうど自分の周りの人達が高レベルのファンだったみたいで
飛び跳ねたり歌声もでかかったので、はしゃぎやすくて良かったです。
しかも隣2席が空いていたので隣の人も気にしないで
腕も振りやすいは身体はぶつからないはで良席でした。

「MINE」はやるかなぁって予想していましたが案の定演奏してくれて
嬉しかったです。
「胸騒ぎのAfter School」はバージョンが違っていて最初分からなくて
歌詞が聴こえてきてものすごく感動しました。
これがカッコよくてまた聴きたいです。
次は「I MISS YOU」「清く正しく行こう」「CUTE or BEAUTY」が
聴いてみたいなぁ。

それというのも「9月28日に武道館公演決定!」の告知がありました。
もう行くしかないよなぁ~、
今日より遠い席になるだろうけど、
大きな玉ねぎの下でまた「もっと愛し合いましょう」踊りたいしね。
でも改めて90’sの音楽が身に染み付いているんだなぁって感じます。
歌詞とか無意識に口をついて出てきますもんね、
もう何年も聴いていない曲なのに、自分でも不思議です。
リンドバーグライブでは自発的にみんな歌うところはとてもいいと思います。
武道館でも素敵なライブを見せてもらいたいです。
一昨日大勝利を収めた日本代表ではなく
裏カードのチリ代表とベルギー代表の試合を観に行きました。
どちらのチームにも特に思い入れはありませんが
会場のフクダ電子アリーナには前々から行ってみたかったからです。
日本の競技場は陸上競技場のフィールド部分を使用することが多く
そうすると必然的に陸上トラックが観客席との間に鎮座する形になり
遠くに感じてしまいます。

とりあえず当日券より500円安いので前売り券を買っておきましたが
昨日からの雨が止む気配も見せず3時の時点では行くのをやめようと思ってました。
それが3時30分頃に小雨になったので
せっかくだからとカッパなどの雨対策をして4時に家を出ました。
そして電車に揺られること2時間、蘇我駅に降り立つと
雲の切れ間をみせ雨も見事に止んでいました。
そこから10分歩くと会場に着きました。

はじめて行く会場というのは何回経験してもワクワクするもので
場内に入っていくと客席とフィールドのあまりの近さにびっくりしました。
国立競技場や日産スタジアムに比べたら雲泥の差です。
座席の傾斜も程よくあって前の人が邪魔にならないし
サッカー専用競技場は違うなぁと思いました。
この会場ならばサポーターになって応援したくなりますね。
今まで何試合かサッカー観戦に行っていますが
これだけ集中してみれたのは初めてです。

テレビで見ていたら何てことないプレイ、
例えばライン際での攻防やサイドチェンジ、ワンツーなど
生で見るとすごい技術だなぁ~って素人目にも分かりました。
もうシュートでも打つものならそれだけで歓声をあげてしまう位盛り上がれます。
あと生だと自分の目線でカメラワークが行なえるので
自分の好きな選手だけ追いかけることも可能だし
ボールを持っていない選手の動きも丸分かりです。
4年前に10倍の15000円払ったクラブワールドカップより
ある意味満足度は高かったです。

両チームとも有名選手はいないし
試合自体は1対1でしたけど見どころはたくさんありました。
諦めないで観に行って本当によかったです。
行っていなかったら後悔するところでした。
明日はリンドバーグのライブに行ってきます。
こちらも楽しみです。
なんだかんだ言って色々ありますけど、
傍目には普通に社会生活を営んでおります。
昔からいくらショックなことがあっても
眠れないことはないし、お腹もいつも通り空きます。
学校や仕事でもそれが原因でパフォーマンスが落ちることがないです。
(あくまで主観ですが)
実は自分のこういう変に生真面目なところが恨めしくもあります。

中には失恋して食欲がなくなったり、眠れなくなったりして
仕事を休む人とかっているじゃないですか。
社会人としては失格かもしれませんが
どこかで羨ましい気持ちもあります。
仕事を休んだら他の人に迷惑かけるとかそういうことを考えられない位に
そのことに没頭できる、突き通せるのってある意味すごいことだと思います。
(同僚にいたら困りますが)
自分なんかは手痛い失恋してがっかりしても
仕事を休む恐怖には到底敵いません。

というか小学生の頃から現在まで休んだのは1日(風邪でどうにもならず)だけで
遅刻も高校時代に1回しかありません。
多少熱があっても休む位なら学校や仕事に行った方が
心の負担が少ないです。
突発で休んだ次の日にどういう顔をして職場に迎えばいいか
想像するだけでお腹が痛くなりそうです。
今の職場は当日休みでもそんなにギャーギャー言われることはないのですが
それでも朝休む為の電話をする勇気は自分にはありません。

常々安定した人間になりたいなぁって思っているので
それはそれで良いのかもしれないですけど
波のある人への羨望は結構あります。
小説に出てくる人も大体そういう人達のお話が多いし
何かを成し遂げるにはそういう人の方が向いているような気もします。
かといって実際にそういう気質の人間になったら苦しみそうな感じもしますが、
無いものねだりなのかもしれないですね。
あと別に今失恋したわけじゃありません。

学生時代から現在まで、電車の遅延などの不可抗力以外の
遅刻を一度だけしたことがあります。
それは高校3年生のときでした。

その頃、他のクラスに好きな子がいて、
通学途中で告白しようと心に決め、
彼女の家の前に8時前に着きました。
当時はまだ個人情報とかうるさくなく
全校生徒の住所や電話番号が載っている冊子が配られていました。

そこから学校までは自転車で15分程度なので
学校に近すぎず遠すぎずの場所で声を掛けて告白するつもりでした。
あまりに家の前にいるとバレバレなので、
大きな幹線道路をはさんで今か今かと待っていました。
ところが10分待っても出てこなくて
もしかしたらもっと早く家を出たのかなぁって心配になったと同時に
告白できない言い訳が自分にできてホッとしたのも事実です。

で8時15分になったのでこのままでは自分が遅刻してしまうと
待つのを諦めてペダルを踏み込んだ瞬間、
「ガリッ」って今まで聞いたことがない音がして
漕いでも漕いでも進まなくなりました。
何だろうと思って自転車を調べたらチェーンが外れてしまってました。
その当時は自転車のチェーンなんか外れたことがなかったので
どう対処していいかわからずに途方に暮れました。

この時間じゃ自転車屋さんは開いていないし
しょうがないのでそのまま自転車を押して学校に向かいました。
それでとぼとぼ歩いていて5分位した頃でしょうか、
その彼女が自分の横を颯爽と通り過ぎていくのを
呆然と見送るのみでした。
この時ほど惨めに感じたことはありませんでした。
あの瞬間は世界で一番不幸だ、とがっかりしました。

その後、遅刻常習犯の同級生が通りがかって
自転車のチェーンを直してくれましたけど後の祭りで
結局15分位遅れで教室に入っていき初めての遅刻を体験しました。
あの入っていくときの罪悪感、気恥ずかしさは
二度と味わいたくないなぁと思いました。

結局その子には卒業式の日にも告白しようと
上手いこと学校に行く途中ですれ違いましたが
今度は勇気がなくてそのまま通りすぎてしまいました。
今から思うと高い確率で上手くいくとは思えなかったけど
人生の中でも印象に残る出来事には違いありません。
今日キリンカップサッカーのチケットを買いにぴあのお店に行き
申込書を書いていると、窓口で3~4人のおじさんが店員さんに話しているので
いちゃもんでもつけているのかと聞き耳を立ててたら
どうやら転売チケットの調査みたいでした。
何でもオークションで売り買いされたチケットがこのお店から発券されたものらしく
その申込み書を確認したいみたいな話でした。

離れていたのでそんなによくは聞けませんでしたが
「宝塚」「ヤフオク」「大量の枚数」「(ぴあ)本社の○○さん」という単語が出てきていました。
この人達が警察関係者なのか何かの調査員か分かりませんが
申込み書は偽名でも書けるし、どうなのかなぁって思いました。
でもチケットの高額取引を防ごうとする行動には賛成です。

チケットはこれまでに何度も買ってきて、入手が難しいとされているチケットを
高い確率で取る方法を自分なりに探ってきて、
どんなチケットが高値で売れるか分かってきたし
正直やろうと思えば月何万か稼ぐことは案外容易いですが
やはりそれだけはしないようにしようと心に決めています。
大体高値で売った人が隣にいたら居心地わるくて
ライブやお芝居が絶対楽しめないです。
お金より本当にそのチケットが欲しい人に譲って、喜ばれたり話できた方が
自分にとって価値があるというのが第一の理由ですけど
チケットでお金を儲けるのは倫理的な呵責もあります。

自由主義社会ですから需要と供給のバランスで物の値段は変わるのは常識ですが
チケットだけはそういう世知辛いものとは別のものであってほしいと思います。
買う方も良くはありませんが、やっぱり売る方の方が良くないです。
会員になっているディスクガレージも会員規約を変えて
これからは転売に厳しくなりそうだし
BzとミスチルのFCも一部のチケットに関しては本人確認を行なうようになりました。
コブクロとか矢沢永吉は会員証に顔写真を載せて
ライブ当日は本人確認しているそうです。

ここまで書いていてなんですが
ヤフオクを全面的に否定しているわけではありません。
高値で売れるチケットがある一方、定価割れで手に入ることも少なくないからです。
この前のリンドバーグも半額だったし、席にこだわらなければ結構驚くような値段で買えたりします。
需要と供給のバランスというのが微妙で
供給が上回ると容易く値崩れを始めます。
知名度はあまり関係なく、客席数・ファンの熱心さ・公演数で大体決まります。
今月初めの「X JAPAN」もアリーナ以外は定価割れしてたし
今年は高値のミスチルでさえ一昨年のスタジアムツアーでは
2階席なら2000円位で手に入るほどでした。
浜崎あゆみ・大塚愛・倖田來未も定価割れしていたので
インフルエンザで公演延期したのは逆に良かったのではないかと。

ヤフオクも落札されれば手数料が転がってくるわけで
おそらくチケットのカテゴリーを無くすことは
お上から言われない限り止めるわけもなくて、
第一、話題のキーワードで「Mr.Children」とか出して煽っているし。
ヤフオクがいけなくて街のチケット屋が許されるというのもおかしな話だし
上手い方法があればいいのですが。
生まれてこのかた、映画みて泣いたことがありません。
悲しい話自体、あまり好きではないというのも関係しているとは思いますが、
どうにもダメです。

一番泣けそうだったのが「タイタニック」の
あのおばあさんが宝石を海に捨てるシーンで、
想像力をフル回転させたのですがあと一歩及ばず、
涙が頬をつたうまでには至りませんでした。
周りの人は泣いたことがあるのが当然みたいな感じなので
本とかで泣けそうな映画をしらべて見るんですけど
泣くどころかつまんなくて眠くなることが多いです。

映画に限らずドラマやドキュメンタリー番組でも泣けないのですが
歌では唯一、aikoの「おやすみなさい」「今度までには」で号泣しました。
ちょうど彼女と別れた後で、
この曲もそのシチュエーションでの心情を綴っているので
歌詞がぴったりハマって涙が止まりませんでした。
まぁ不謹慎にも今聴けば泣けるかもって、思って聴いてみたんですけど
あんなに泣けるなんて不思議な気分でした。

ライブでも泣いたことはないですね。
よく「1曲目から泣いてしまいました。」っていう人がいますけど
すごいなぁ~って。
実はライブでバラードを聴いても集中しきれないというか
家で聴くより散漫になりがちで心の奥まで浸透しないことが多いです。
だからライブではアップテンポの曲が好きなのかもしれません。

それと職場では何回か泣いています。
飲食店で働いていたときは店長が嫌いで
パートの人に話を聞いてもらっては泣いていました。
映画とは逆で仕事で泣いたことがあるというと
信じられないっていう反応が大半です。

結局、他人事や作り話では泣けなくて、
自分にまつわる事では泣けるのかな、と・・・
自分らしくていいかもしれません。