今日、図書館で「胃と腸が強くなる整体法」という本を
借りてきました。
子供の頃は強いとか弱いとか考えることもないほど
胃が痛くなることなんて全くなく
しかし大人、特に働くようになると
ストレスのせいか痛くなることも多く
胃腸薬を飲むことを増えてきました。

もちろん食べる量もその頃よりは少なくなり
それも胃が弱くなってきた証拠かと思っていましたが
この本によると
いつでも何でもいくらでも食べる人というのは
胃の感受性が落ちているので
逆に胃腸が弱くなっているそうです。
胃腸が丈夫な人は
今日は体が何を欲しがっていて
何を食べたいかという要求がわかって
食べ物を選ぶことができる人だそうです。

それに当てはめると
割とその日スーパーで特売しているものを中心に
メニューを決めているので
胃腸が弱くなっているのかもしれません。
なぜか胃腸が弱い人は
いいわけや小言が多かったり
ものの見方が偏りがちになってしまうそうです。

もう一つ、この本で目をひいたものは
病気をしない体が健康な体とは限らないということです。
病気をしない体は自然治癒力が低下している恐れがあって
一度病気になってしまうと
意外ともろいものらしいです。
本当の健康体は病気になっても
自己治癒力をもって重傷にならずに治すことのできる体のことです。

病気が「破壊」で、治るのが「建設」で
これを繰り返すことによって
より丈夫な体が作られるというのは
他の場面にも共通していることかもしれません。
仕事でも、失敗して怒られて反省して
次は同じミスをしないようにする、
その作業の意味を考えて行うことによって
よりいい仕事をしていくことができる、
って書くのは簡単だけど
現実は中々そうはいかないものですが。

逆説的には、何かを建設するためには、
破壊が必要とも言えると思います。
何もそれは目に見えるような破壊でなくても
自分自身の中での考え方の変化や
気の持ちようでもかまわないけれど
その為に失うものも当然発生します。
かといって上手くいかないからって
やみくもに破壊しまくっても
その行く先は破滅しかありません。

何を残して何を捨てるか
それに必勝の法則はないし
自分の中にしか答えはありません。
そこの選択ができる人が
体でいう自己治癒力が優れた人ということになるのでしょうか。

変化を恐れて今をひたすら継続していきたいのは
当然の欲求ですが
そこに何かしらのアクシデントに見舞われたときに
復活できないほどの傷を負ってしまうことは
案外多いケースなのかもしれません。