機械化兵器と燃料 陸軍少将 原 乙未生 | 軍曹!時間だ!…

機械化兵器と燃料 陸軍少将 原 乙未生

『機械化兵器と燃料』は1940年(昭和15年)に燃料協会誌に掲載されたもののようである。講話を収録したもののようであり、かなり噛み砕いた表現となっているが、なにぶん昔のしゃべり方なのである程度現代文に近づけたつもりだ。

 

 日本戦車の開発者としての原乙未生氏が試製一号戦車からブリキの棺桶と揶揄されるチハ車までを開発するに至ったバックグラウンドが分かる資料である。

 開発者(戦車設計者)と運用者(戦車連隊長)を経験した同氏がいかに真面目に取り組んでいたかが分かり、安直に同じ中戦車のM4やT-34と比べてなんと情けない日本軍の戦車は・・・と、とても言えない実情の一端が紐解けるのではないだろうか。

 

機械化兵器と燃料

 

陸 軍 技 術 本 部 長

陸軍少将 原乙未生

〔1〕

 機械化兵器と燃料という題のもとに、消費者の立場から若干申し上げたいと思います。しかし、私は最近まで第一線におきまして戦車隊長として勤務しておりましたので、国内の実情に合わない点がありましたならば御教示願いたいと思います。

 

〔2〕

 機械化部隊を運用することにおいて第一に考えるべき大きな問題は、非常に沢山の燃料か要るということであります。機械化部隊は沢山のものを集団的に使わないと威力が少ないので、戦闘部隊としての戰車・牽引自動車、こういうものが相当沢山いりまして、これは大きなエンジンが付いておりますから、相当の燃料を消費します。ところが、それに燃料を補給する、また弾薬、糧食など運搬する為に、また相当の数、例えば戦闘部隊の2倍とか、3倍とかいう貨物自動車を連れて行くのでありますが、これ等お伴して行く車もまた、非常に燃料を費やします。ゆえに各車の燃料消費量が少ない、あるいは多いということは全体としての戦闘能率に非常に影響するのであります。

 

 ドイツの電撃戰は機械化部隊の成功であったことについては、どなたも御異存がないと思いますが、そのドイツの電撃戰でポーランドに進攻いたしました3週間における燃料の消費量は約100万トンであったと新聞情報に出ております。この100万トンという数量は少し大袈裟すぎるようでありますが、いずれにしても非常に沢山いることは間違いないのであります。ヨーロッパの戦場でも戦いが始まって後に、ずいぶん道路が壊されたことと想像されますが、それにしても平素から鋪装 されている立派な道の四通八達した地域で戦いをするのでありますから、車両類も自由に活動ができます。また先程もお話がありましたように戦勝した方の軍は敵のガソリンスタンド、あるいはタンクを分捕ってそれを使うことができるのでありまして、ドイツ軍も相当にそのような燃料資源を使用したことと思います。

 

ところが、我々の東洋の戦場におきましては鋪装した道など全然ない地形でありまして、いたるところ道のない原野が多い。したがって同じ戰車や自動車が行動いたしますのにも、いつでもフルパワーで活動する。したがって燃料も非常に余計に消費することになります。大きな町を占領しましても歯獲するようなガソリンスタンドはほとんどないのであります。この様な状態でありますから、機械化部隊のために燃料資源をいかにするのかは非常に重大な問題でありますが、この大きい問題は別に考えていただくとしまして、戦場における補給のことだけを考えましても、例えば各戦車、自動車の燃料消費量をすこしでも少なくするというような技術的の問題、それから燃料を貯藏したり、運搬するのにどうしたらよろしいか、こういう実際的な配慮、処置について相当に考える余地があるのであります。

 

 今次の支那事変の一番最初の時期でありましたが、ある戦車隊は非常に勇敢に敵の中に突入し、数日にわたる敵中の行動をいたしまして、悠々、保定の城壁が眼の前に見えるところまで行き、燃料がなくなり遂に立往生してしまった。それで友軍の車からわずかばかりの燃料を分けてもらいまして、辛うじて保定一番乗りの名前は取ったけれども、突入したのは数両に過ぎませんでした。

 また他の例は非常に泥濘の道でありまして、燃料を運ぶための車輪式の車が戦車と一緒に歩くことができないために、各戦車のガソリンタンクを満量にしたほかに、ドラム缶を背中の上に載せまして進撃をしたところが、敵の集中射撃を受けまして、そのドラム缶が目標となり、機関銃の弾が数発それに命中いたしますと、ドラム缶から火を発し背中の上に火を吐きました。倶利伽羅峠の戦いのごとく火達磨戰車をもって敵の中に突入したのです。そのために、かえって敵の心胆を寒くさせた効果はありましたが、自分自身も相当にきわどい芸当をやったのであります。このような状態でありますから、実戦部隊といたしましては燃料の節約については非常に関心をもっているところであります。

 

〔3〕

 我が国の自動車工業はアメリカ式の影響を受けていることが非常に多いのであります。ところが、アメリカは御承知の通りにガソリンの溢れる国でありまして、そこで出来ます自動車は割合に燃料節約の点において関心が乏しいと思っております。それはなぜと申しますと、非常に大きなエンジンを自動車に使う。そうして変速ギヤの段階が少ない。ヨーロッパの車では4速度の変速機が一般でありまして、もし坂道にかかればローギヤに落して、エンジンは小さいけれども、トルクを大きくして坂道を上る。そうして燃料を節約するような構造にしてございますが、アメリカの車は初めから大馬力のエンジンを付けておりまして、3速度の変速が原則的になっている。それで坂道がありましてもチェンジせずに上る。 アクセルを吹かして、前の車を追い越すことを痛快がる。こういう様な車の構造は運転手としては非常に喜ぶのでありますが、その代りに燃料は非常に余計に費やすのであります。

我が国ではこういうアメリカの真似をするのは、ガソリンの乏しい国でありますから、良くないと考えるのであります。

 そういう風にガソリンの溢れるアメリカでも、一方燃料の方から申しますと燃料を経済的に使うということは我が国よりもよほど進んでおるように考えます。先年私がアメリカを視察しました時に、どこのガソリンタンクに行って見てもガソリンには必ず色が付いている。四エチル鉛を混合しておって、色の付いたガソリンを売っております。もし色の付かないガソリンを要求するならば、ホワイトガソリンと言って特別に註文をしないと売ってくれない。これは試験用等の特別の場合しか使わないことになっております。

ところが我が国ではそういう色の付いたのは一つも使いませんので、いつでも白いガソ リンを使う。

したがってアメリカのエンジンを我が国に持て来てテストして見ると、向こうの言う通りのデーターが出ないのであります。向うのは燃料を改善してそれに応ずる様にコンプレッションを高くしてノックしないようなガソリンを使うのでありますが、我が国ではガソリンがノックしますから同じ圧縮比で同じだけの馬力をスムーズに出せない。すなわち先方のいうデーターか出ないことになります。我が国でも早くこの色の付かない白ガソリンを使うことはやめなくてはならないと思います。

 

〔4〕

 私はドイツに昭和4、5年頃に駐在しておったことがありますが、当時、唱えられておりましたことは、燃料の高級化ということであります。燃料はなるべく高級なものにして使え、固体燃料は液体燃料にし、ガソリンならばなるべくオクタン価を高くして使う。ディーゼルならばセタン価を高くして使え、こういう風に唱えられておりまして、褐炭(最低品質の石炭)からこしらえた人造石油、いわゆるロイナ・ベンジンというのは当時まだ採算がとれなかったものを、たとえ損をしてでも使えというので、ガソリンスタンドでは人造石油ということを全然断ることなしに普通のガソリンと一緒に売っておりました。このやり方が、今回のドイツの電撃戦の成功の鍵になった訳であります。

 聞く所によりますとドイツの航空用ガソリンのほとんど全部は石炭の高圧水素添加油であり、その規格はオクタン価87以上であって、なおそれに触媒や反応条件の研究によりまして益々高級化して、それ以上のオクタン価になりつつあります。

 自動車用には人造石油と、輸入の原油によるガソリンと両方を使っています。それにしても規格は74以上となっておりますが、ベンゾールと四エチル鉛の混合によって80以上のものが相当に使われております。潤滑油もフィッシャー油からこしらえたものが相当高級なものとして使われている。こういう状況だそうであります。

 

 アメリカにおいても航空用ガソリンの規格は90とか、95とかいう相当高いオクタン価だそうでありまして、軍用としてはなおそれ以上のものを作っている。自動車用にも一般的に80以上のものが使われて、しかも安価なる原料を使ってオクタン価の高いものを造ることの研究が進められていることを聞いております。

 

 我が陸軍におきましては燃料の購買規格があります。ごく最初の時期には比重を測るというようなことでやっておりましたが、これは意味のないことで、比重を測っても、軽いものと重いものを混合して良い加減な比重を出すという方法もありますから、全然意味がなくなる。その次に少し進歩して乾点を定める。それから分溜試験成績を加えるようになったり、あるいはオクタン価を決めたり、蒸気圧を入れたりするようになったのであります。現在の購買規格には戦車用のガソリンと、第1号、第2号いう、だいたいこの3種類に決めてありまして、第1号というのはもっぱら戦場で使うもの、第2号は内地で我慢して使うもの、そういう風になっております。

 その第1号と申しますのが、だいたいJESの第1号、第2号はJESの第4号と一致したものでありまして、戦車用のものはもう少し上等なものになっております。ところが、購買規格がありましても、だいたいは商標を信用して買い入れている現況でありまして、実際においては遺憾な点が少なくないのであります。軍の購買官は、いちいち分溜試験をしたりして買い入れる訳にはいかないのでありまして、商標はすなわち規格を表示するものであるという風に、国としての検査法を決めてもらう事を希望するものであります。

 JESの規格におきましても、航空用には相当厳密な規定がありますが、地上用には現在まだオクタン価の規定もしてないという状況であります。これは、地上用の燃料の品質について余り関心がないためではないかと推察されますが、エンジンは燃料と相まって進歩するのでありますから、規格によって市販品をリードする、現在街にある油をただ分類しただけの規格では何の価値もないと考えるのであります。

 

 最近、ベーパーロックが問題にされるようになりましたが、これは炎熱時の作戦や、あるいは高く険しい山地戦というような場合には、軍用車両類にとっては相当に重大な障害を起すのでありまして、それを矯正するために機械的には燃料パイプラインを冷やすようにするとか、あるいは燃料ポンプの構造を変えるというような点において研究されておりますが、燃料の本質上においても改善の余地があると考えます。10%の流出点が規定されるようになったのでありますが、その低いものがスタートはしやすいのでありますが、ベーパーロックについては具合が悪い。JESの第1号のものならば、まず結構ではないかと思っております。だいたい、70度ぐらいになっております。

 それからもう一つには、エンジンの中て揮発しないで、潤滑油の中に入って薄める。これはエンジンを傷めるので非常に悪い条件でありまして、これを押えるために90%流出点 というのが決めてあるのでありますが、米国の規格ではそれを最大200度位に決めてあります。JESの規格で申しますと第3号以下のものではそれに合格しないことになるのであります。ドイツにおきましては最近まで御承知のようにアルコールの強制混合をさせておったのでありますが、それを混合する時には必ず專門家の手で混合するようにという規定が ありまして、混合する方法に色々な特許があって、それを商標にして売り出している状態 であったのですが、戦争になりましてからアルコールの資源を節約するために強制混合を中止したということであります。

 

 次に、分解ガソリンのことについてちょっと申し上げますが、先年米国の海軍規格によ りましてクラッキングガソリンの使用を奨励しておりました。すなわち、アンチノック性が高くて、直溜ガソリンよりももっと高性能だということがありましたので、軍においても資源節約上非常に有利であると思って奨励したのでありますが、結果は面白くなかったのであります。それは、分解ガソリンは、すなわち廉価ガソリンであると解釈されておりまして、名前からが徳用ガソリンと言って売り出された。それで非常に粗悪な油ばかりしか提供しない。そのためにカーボンか溜り、悪い臭が出て、結局実用に適しないという判決になったのであります。ところがクラッキングガソリンも、もう少し注意してこさえたならば相当の高級品が出来るものと考えるのであります。

 

〔5〕

 次に燃料の輸送に関連した一、二 のナンセンスをお話したいと思います。満洲事変の時でありましたが、燃料を輸送するために普通のブリキ缶の中に入れて、1日15~20kmくらいの行程でしたか、支那馬車に載せて運搬して目的地に到着しました。その時に調べて見ると80%無くなっていて、残っているのが20%で、ほとんどガソリンが空に近いように少なくなっております。いかにも、もったいない話でありますから、その後、残った20%を瓶の中に移して貯えました所が、今度は馬車挽の作業員が誤って捨てた煙草の吸殻 の火がその地面に落ちているガソリンの点滴を伝わりまして、相当遠方に置いてあった瓶の中に引火をしていっぺんに燃えてしまった。結局1日がかりて苦労して運んだ一縦列分のガソリンか全部零になってしまった、こういうことがあります。

それでこれは運搬法が悪いからというので木の箱を丈夫に作って見たり、あるいはキビ殻を間に詰めてクッションにしたりして改善の方法を講じますが、どうも面白くない。次には馬車で運ぶのを厳禁して燃料は必ず自動車で運ぶということにしたのでありますが、ガソリン缶に眼に見えないピンホールが出来るらしいのでありまして、それから揮発してなくなる分量をどうしても防ぐことが出来ない。仕方なしに現在はもっぱらドラム缶を使っておりますが、このドラム缶は相当に値段が高いのでありまして、なお、空き缶を回收するのに相当に骨か折れる。補給を受ける部隊は、ガソリンの入っているものは非常に大事にするのでありますが、いったん空になってしまうと、どうもそれを大事に取り扱わない。それを督促して回収するのにも骨が折れる。又ドラム缶1本が相当に重いものでありますから、扱うのに困るので車の上から転げ落としたりする。したがって壊れる。もう一つは、風呂桶に具合がよろしいので、あの空き缶を利用して戦場で風呂桶にする。こういうような問題のために当局でも非常に苦心をしております。安い燃料を買いますと、その入れ物までもお粗末に取り扱っているのには困ります。

大量に燃料をまとめて買うとよろしいのでありますが、出張先でディーゼル油を小買いした訳であります。そうすると二番缶が使われておりまして、その中には塵埃がいっぱい入っている。その塵埃のためにノズルが詰まって使用できないことがありました。ディーゼル燃料は値段が安いから入れ物もお粗末なもので我慢せよ、こういう訳ではないかと思います。

 

 次は北満(北満州)の寒い所で実験した例でありますが、相当信用のあるレッテルを信用してガソリンを買いましたところが、零下30度の酷塞の場所で戦車か動かなくなってしまった。それで点検をして見ますと、ガソリンの中に混じっていた水がパイプの中で凍って栓をしている。戦車でありますから、なかなかパイプラインを掃除したりすることに骨が折れるのであります。結局エンジンを全部分解しないとパイプラインの中に凍りついた水を取ることか出来ない。それで2昼夜ばかり掛かって、ようやく水分を融かして取ったということを経験したのであります。

結局、これは精製の場合の脱水不十分のためであるか、あるいは入れ物に欠点があって水が途中で入ったのか、よく判らないのでありますが、酷寒の時には僅かばかりの水分がはいっておりましても致命的な事故を起すということを御紹介致します。

 

〔6〕

 次にディーゼル油について少し申し上げたいと思います。軍におきましてはディーゼルエンジンを奨励しておりますが、最初はディーゼルエンジンを実用者側は余り喜ばなかったのです。それは、ディーゼルエンジンは代用燃料を使うエンジンであるという誤解があったからであります。なるほど、ディーゼル油は値段が安いかも知れませんが、値段か安いから使うのでなくて、もっと良い点かあるから使っておるのであります。すなわち、熱效率か良いから消費量が少ない。一番最初に申しましたように消費量か少ないということは戦場では非常に有難いことでありまして、私共の経験しました所でも同じ数の補給用の車を持った二つの部隊が、一つはディーゼルエンジンで片方はガソリンエンジンを持っている。ガソリンを持った部隊はある行程を行ったら立往生した。ところがディーゼルの方はそれから2倍の行程も知らん顔して行動かできる。このように歴然たる例が現れるのでありますから、どうしても軍用はディーゼルという空気になったのであります。

 次には引火点が高いから敵の弾に当たっても火災を起さない。これは戦車などでは非常に望ましいことであります。揮発してなくなりませんから運搬の途中て減らない。また貯藏するのにも便利であります。なお、ディーゼルエンジンは電気点火装置を持たないからスパークによって無線通信を妨害することがない。こういう色々な利益があるので我々はディーゼルエンジンを賞用しております。

この、ディーゼルエンジンのために第2号発動機油をスタンダードとして使っておりまして、北満の寒い所で実験をしたのでありますが、中に入っているパラフィンか析出しまして、ディーゼルエンジンのノズルを塞いで運転が止まった。そこで第2号発動機油にはパラフィンが入っているからパラフィン系統の油は御免だから、そうでないものを送ってくれということを要求したのでありますが、よく研究して見ると、燃焼の点から言えばパラフィンは非常に具合がよろしいので、絶対にパラフィンが嫌だと言って忌避したのは適当でなかったように思います。

 実用の見地からパラフィンはどの位までは許すのであるか、どの位まではあった方が燃料の性状が良くなるかというようなことを気象と関連して決めるべきではないかと考えます。

 JESのディーゼル油の規格には、まだセタン価の決まりがないようでありますが、一体どの位あるものかと市販品を測って見ますと、28~50位の値が出ました。ところが40以上を超えるものは極めて少ないようであります。ドイツ、英国、米国いずれの国でも高速度ディーゼル油はセタン価が40とか、45とかいうナンバーでありまして、合成燃料では80以上に及ぶものもあるということでありますが、ガソリンのオクタン価と同様にディーゼル油のセタン価を決める必要があると思います。

 ついでに潤滑油に付き研究すべき問題を一、二申し上げますと、まず、我々として必要を感じておりますことは、零下30度とか、40度とかという低い温度において凝固しないよう潤滑油、もう一つには高い温度に耐えまして、粘度を失わないような油を希望致します。なぜ熱に耐えるのが欲しいかと申しますと、最近は空気冷やしのエンジンを使う。あるいはクーリングのために水を使わないで、もっと沸騰点の高いエチレングリコールのようなものを使う。そうすると冷却温度は100度以下ということを考える必要がないので、もっと高い温度で冷却能力があるのでありますから、その方か熱效率がよろしいのであります。ところが、潤滑油がその熱に耐えなければ折角そういう良いエンジンを使おうと思っても何の利益もない。したがって高熱に耐える潤滑油というようなものの研究を切に希望するのであります。

 従来、私ども消費者と致しましては製造家の提供して下さるものに一任をしておりまして、例えば第2号発動機油がスタンタードに良いと言えば、もうその一点張りで、それ以上の改善の注文などを出さない。ガソリンのオクタン価にしても製造家の言われるままに遠慮をしている。また製造家の側におきましても製造の見地ということが主になっておりまして、使用するエンジンの研究まであまり深入りして戴けないのじゃないかと、こういう風に思われますが、その、ちょうど繋がりのギャップの研究をお互いにもう少し進める必要があると思います。

 

〔7〕

 次に、資源の活用という点に付きましては專門の皆様の方に是非御願いしたいと思うのであります。

 将来戦におきましては軍の機械化は絶対に必要でありまして、もし戦車がない、機械化部隊がなかったならば戦争は相当に苦境に陥るということを考えなければならない。今次の支那事変は相手が支那でありまして、大きな大砲を持たないし、機械化部隊も貧弱である。戦車を持ち出してもじきに皇軍に歯獲されてしまう。こういう相手であるから余り痛切でないのでありますが、ノモンハン事件は、はなはだ遺憾ながら、相手の機械化装備が相当に優秀であったために非常な苦境に立ったのであります。将来はぜひ、この機械化が必要であります。

 ところが先立つのは油でありまして、その油の問題を解决しなければいかに機械化を拡充しても、これを動かすことかできない。原油資源の乏しいドイツが液化石油によって電撃戦の大部分を解決した事は非常に積極的な、良い著眼であると思うのでありまして、どうか我か国におきましてもそれ以上の解決方法をぜひ御研究御願いしたい。これは私共の切なる希望であります。

 

〔8〕

 液体燃料のお話はそれくらいにいたしまして、最後に一つ付け加えまして固体燃料のことをちょっと申し上げたいと思うのでありますが、それは実は私が戦地において警備隊長として警備しておりました河南省の焦作炭坑の事情についてであります。黄河の北岸で山西の山が終わりました位置に焦作という所があります。非常に良質の無煙炭を産出致しまして、その埋藏量が10億トン以上と言われております。その豊富なる石炭を30年間にわたりまして英国の財閥が独占しておったのであります。それも支那の政府にうまい話を持ち込んで、ほとんど無償でこの炭を掘り出しておったという次第でありますが、その質は無煙炭でありますから、製鉄用コークスに適しないとか、あるいはボイラーに焚きにくいというようなことを言われますが、発熱量は高く、不純物は少なく、燃えました滓はほとんどど全部軟らかい灰になってしまうというような状態でありまして、これを専門的に研究してもらいました結果は、インドシナから来る、現在は輸入が余り思わしくない鴻基炭に代る程度のよろしい炭で、特殊工業、とくに冶金用には非常に利用価値のあるものであるということであります。

 現地におきましては河南省一円の住民の家庭用燃料に使っておるのでありますが、それを非常に節約しまして、粉炭にしてそれに粘土を混ぜて炭団(タドン)にして使っております。またこの無煙炭を使って付近に出ます鉄鉱石を処理しタタラ法に似た方法で製鉄をしております。ところが事変以来、戦場となったので、この炭の採掘をしばらく中止しておりました。その内に支那人が接収をしました。しかし、支那人は技術がないからそれを興中公司に委託をして掘り出しているという状態であります。

 ところが、この炭坑のあります所から3~4km離れた山の上には支那軍か陣地を占領しております。炭坑はその眼の下にあるのでありますが、その敵の瞰制(かんせい:高所から下の地域を、火力をもって制圧するために、見渡すこと。)を受けた中で産業戦士が炭を掘っている。それを私が偶然警備隊長として警備をしておったのでありますが、ある時は謀略にかかりまして、ウインチやポンプを爆破される。坑内に200名からの作業員が3日ばかり入ったまま出てこれなかったというようなこともありましたが、そういう風にして苦労をして細々なからこの炭を掘っておりますけれども、余り内地の人がそれを認識して下さらないと思うのであります。

それは何故かと申しますと、せっかくそんな良い炭でありますけれども、増産をしようと思っても物動(物資動員計画)に抑えられて資材を一つも送って来ない。ウインチの能力が足りないからもう一つウインチを送ってくれ、そうすれば2倍以上の能力になるからと言つても、支那に送るウインチはない。

 ポンプにしてもやはり同じ、ちっとも資材は送らない。それでも昼夜兼行の作業で掘り出しますと、それを鉄道車両が少ないからというので運んでもらえない。実は道清鉄道といふ鉄道が通っておりまして、その鉄道を伝って隴海線に連絡しますと、蓮雲港まで一直線で運んで来ることが出来るのであります。蓮雲港は我が国への海路の一番近道でこの近道を通ればよろしいのでありますが、せっかくの炭も利用されておりません。これをもっと研究して利用することが、すなわち現地の資源を利用することが、聖戦の大いなる目的でないかと考えますので、ちょっと付け足して申し上げました。

 

御清聴を感謝いたします。

 

原文は下記参照

https://ci.nii.ac.jp/naid/130003823341