パンター戦車の操向装置(改訂)
さて、何故構造説明ミスを犯したかだ。
元は、九七式中戦車の操向装置とパンターの操向装置の構造が似ていたからだ。
九七式中戦車の通常走行時は「操向クラッチ」は「接続」、「操向ブレーキ」は「解放」である。
パンターに限らず図面等ではどちらも解放状態で描かれているため、常態(通常状態)の説明がない。
すると、自動車における(戦車も同様だが)動力伝達(パワートレイン)の主クラッチは接続し、ブレーキ(車輪用)は解放しているという事と同様の一般的な動作と判断していた。したがって、クラッチは「接続」、ブレーキは「解放」と考えてしまう。
九七式中戦車はまさにその通りの作動になっている。
ところが、パンターの操向装置は違っていたのだ。
操向クラッチは「切断」、当初「操向ブレーキ」と判断していた「補助ブレーキ」は「圧着(作動)」というのが常態であり、九七式中戦車とは真逆の設定だった。
九七式中戦車とパンター戦車の操向動作の違い
九七式中戦車(原式二重差動:”Hara” DoubleDifferential)
※九七式中戦車は、「操向ハンドル」と「ブレーキハンドル」の二種類計4本の操縦ハンドルを持つ。
【操向ハンドルを引いた際の動作】
緩旋回(操向ハンドル)
さらに引く→操向変速ブレーキ「作動」
サンギヤ固定により、ハンドルを引いた側が減速され戦車は減速された方向へ回転し緩旋回となる。
信地旋回(ブレーキハンドル)
少し引く→操向クラッチ「断」
さらに引く→クラッチブレーキ「作動」
出力軸固定により、ハンドルを引いた方が停止し戦車は停止した履帯中央を軸に旋回する「信地旋回」になる。
パンター戦車(マイバッハ式二重差動:”Maybach” DoubleDifferential)
※操向ハンドルは吊り下げ式のレバーハンドルであり、一本で緩旋回から信地旋回もしくは制動の動作が行える。
【操向ハンドルを引いた(持ち上げた)際の動作】
緩旋回
少し引く→補助ブレーキ「断」、わずかに遅れて→操向クラッチ「接」
サンギヤ解放、操向クラッチ「接」により操向駆動力が操向変速機に加わることでハンドルを引いた方が減速され戦車は減速された方向へ回転する。
信地旋回
上記よりさらに引く→操向クラッチ「断」、わずかに遅れて→操向ブレーキ「作動」
出力軸固定により、ハンドルを引いた方の履帯が停止し戦車は停止した履帯中央を軸に旋回する「信地旋回」になる。
つまり、正しいパンター戦車の操向装置の作動は以下のようになる。
【直進走行】
通常走行時においては、補助ブレーキの制動により操向変速機内のサンギヤは固定されている。
操向クラッチは解放されているので操向駆動系からの駆動力は操向変速機に伝わらない。
結果、主駆動力は操向駆動系からの影響を受けることがないため左右の履帯は同速で動き直進性が保たれる。
【緩旋回】
右緩旋回を例にとる。
操向ハンドルを引く(持ち上げる)ことにより補助ブレーキが解放され操向変速機内のサンギヤはフリーになる。
引き続き操向クラッチが接続され、操向駆動力が操向変速機に加わる。
この操向駆動力はサンギヤを逆転させるさせるため、操向変速機内のキャリアが減速される。
これにより右側の主駆動出力は減速するが左側は何の影響も受けないため通常速度(常速)で回転するので左右の速度差が生じ戦車は右方向に曲がることになる。結果、変速度段に応じた一定の半径を描き緩旋回を行う。
さらに操向レバーを引く(持ち上げる)と接続していた操向クラッチが解放される。
引き続き操向ブレーキが作動し主駆動軸は停止する。
右操向変速機への操向駆動力はクラッチにより切断されているので伝わらない。
また、右操向変速機への主駆動力は主駆動軸が固定されているため「リングギヤ入力、キャリヤ固定、サンギヤ逆出力」になるが、サンギヤ固定の補助ブレーキが解放状態にあるため空転する。
結果、停止した右側履帯の中央を軸にその場旋回を行う「信地旋回」となる。
なお、走行状態で一気に最後まで操向ハンドルを引く(持ち上げる)操作は操向姿勢の急激な変化を起こすので禁止されている。普通自動車でも「急ハンドル」が禁止されているのと同様である。
さらに、パンター戦車は終減速機に設計上の弱点(脆弱性)があったため急ハンドル操作を行うと終減速機が容易に破損した。もちろん、急ブレーキも同様に破損の要因となるため注意喚起がなされていた。
【補助ブレーキ機能】
操向ハンドルを左右同時に引くとエンジン回転を落とすことなく減速ができる。
一種の副変速機ともいえる。この動作は九七式中戦車も同様であり、エンジン回転を落とさず1速ギヤを落としたのと同じこととなり、路外走行や障害通過等に有用に使える。カタログスペックには表れない隠れた高機動性能があるのだ。