EF63の日
6月3日はEF63型電気機関車の日。
言わずもがな、超が付く有名な機関車で「ロクサン」「峠のシェルパ」の愛称を持ちます。
JR線上で日本一の急勾配と言われた、信越本線横川〜軽井沢駅間(1997年廃線)に存在する碓氷峠だけを行き来する専用機関車。
1962年に量産先行試作車1号機が誕生、1976年までに25両が3回に分けて製造されました。
製造は試作車1号機と1次車の6号機までが東芝府中、7〜13号機が三菱重工(各種電装品は三菱電機)、2次車は14〜17号機が東芝府中、18〜21号機と3次車は川崎車輛(のちの川崎重工を経て現在は再び川崎車輛、各種電装品は富士電機)。
↓1号機に次いで製造され、軽井沢駅構内で保存されている量産1次車の2号機。

↓2次車の12号機。

↓ラストナンバーの3次車25号機。

峠とは名ばかりな横川駅から軽井沢駅へひたすら登り続け、最大急勾配66.7‰という常軌を逸した数値(鉄道は連続する25‰以上で急勾配の部類に入る)が連続する場所(‰は1000分の1の単位を表す記号だから、1km先の高低差が最大66.7メートルある)を行き来すべくEF60型電気機関車を基本ベースに開発。
制動装置は通常の自動空気ブレーキはもとより、勾配抑速発電ブレーキ、電機子短絡ブレーキ、電磁吸着ブレーキと4重ものブレーキを搭載する厳重装備。
試作車1号機を用いた試運転の結果、量産機から機器室内部の機器配置を変更したほか、中間台車の外側に装備されていた速度検知用遊輪が分岐器通過時に浮き上がるといった不具合を起こしたこと、軽井沢側の連結器も製造当初は通常の自動連結器で電車·気動車と連結運転用に整備されていなかったことから製造翌年の1963年に遊輪の移設や双頭連結器への交換、内部機器の一部撤去と交換を施工、各部を量産機に合わせる統一改造を実施。
量産機の製造が進み、横川〜軽井沢駅間の線路移設·付け替えにより実施した急勾配区間での重連試運転で発生した脱線·連結器破損等に対処するためブレーキ関連の改修工事、連結器の緩衝器や復心装置の変更、碓氷新線の全面運用開始に備えて連結対象となる電車·気動車用の無線電話設備取付とATS機器搭載といった追加工事を第1次改造として試作車1号機に、第2次改造として量産1次型にも施工。
1975年に回送中の5号機、9号機が脱線転覆事故で廃車、1986年に14号機と試作車1号機が運用減による余剰廃車となり、1号機は横川運転区に留まり碓氷峠鉄道文化むらに収蔵、14号機は高崎運転所(現ぐんま車両センター)内保管を経て2006年頃に解体。
現在、1·10〜12·18·24·25号機が横川駅に隣接する旧横川運転区を鉄道公園として整備した「碓氷峠鉄道文化むら」に収蔵保存されていて、一部の機関車は体験運転用動態保存車となってます。
ちなみに横川〜軽井沢駅間にはトンネルが26箇所ありましたが、快晴の日に軽井沢駅に向かって最後の碓氷26号隧道に潜って出口を見ると、見えるのは真っ青な空。
初めてこの光景を目にした信越本線の運転士は全員が恐怖に震えたそうな。
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