103系3000番台 | K@Fe~type103's Room~

103系3000番台

今回は103系3000番台についてのお話です。

昭和60年9/30に埼京線開業と川越線電化を迎えた訳なのですが、川越線のうち大宮~川越は埼京線がそのまま直通運転、一方の川越~高麗川は輸送需要的に3両程度の編成で良いということになり、当時の台所事情から新車投入は諦めて遊休となっている車両を物色した結果、仙石線の72・73系を103系に改造することに。

type103's Room-DVC00036.jpg陸前原ノ町にて73系970番台。

ベースとなる車両は写真のように車体を103系と同じものに載せ替えたニセ103系こと73系モハ72-970番台、クハ79-600番台で昭和60年3月改正にて仙石線完全103系化により余剰になっていたものを活用。

また当時は検査周期に関する規定が変わり、台車検査(台検)が廃止されて予備のM台車が多数在庫を抱えていたのも改造する一つのきっかけになりました。

こうして、車体はそのままに台車、床下機器などが103系のものに交換されて正真正銘103系の仲間入りを果たしたのが103系3000番台です。

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3両時代の103系3000番台。

編成はベースとなる車両の構造を極力生かすことからTc M M TcからMを1両抜いてTc M Mc'という3両編成にしたのでひょんな形で偶数向きクモハ102のバリエーションが増える事に……

翌年には青梅・五日市線向けに(3→4両化)改造されずに残っていたM車が電装解除されてサハ103-3000番台に改造されました。

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青梅・五日市線で使用されるサハ103-3000番台。

その後は八高線電化と川越線直通運転に伴い、青梅・五日市線で使用され長らく余剰車になっていた(青梅・五日市線は94年頃までに老朽化した非冷房車を中心に置き換えが進み、先頭車を高運転台クハで統一したのでサハ103-3000番台は余剰になっていた)サハ103-3000番台を組み込んで川越線の編成は3両から4両に変更されました。

平成15年から205系投入により老朽廃車が始まり、川越線電化から丸20年を迎えた平成17年9/30に引退を記念した撮影会が川越電車区で開催され、翌日10/1にはさよなら運転が行われました。

type103's Room-DVC00037.jpg西川越~的場の入間川鉄橋にて川越・八高線103系3000番台さよなら運転。

103系3000番台の引退は同時に首都圏からウグイスの103系が消滅した瞬間でもありました。