「アダルトチルドレン」にとって、困るのが「親孝行」です。
特に、「機能不全家族」出身の「アダルトチルドレン」が一番困るでじょう。
そして、特に問題になるのは「機能不全家族」の「被害者」である「子」が「自立」する時なのです!
「パム」の場合は、「大学受験」「就職活動」で毒親と衝突しました。
「大学受験」では「パム」が強引に強硬突破しました。
しかし、「就職活動」では「パム親」にトドメをさされてしまい、「パム」の人生計画の建て直しをする羽目になりました。
そして、今の「パム」は実家から脱出し、「親兄弟親族全員絶縁」の状態になってます。
これは、「親不孝者」なのでしょうか?
「論語」を見ると、
「親孝行」とは「親の世話をする事」ではありません。
「社会で一人前の大人として生活する事」が親孝行です。
つまり、「子供を縛り付ける毒親」は、自ら「子供に親不孝を強要する」ような事をしているのです。
「パム親」は、「(人類だったら絶対にできないレベルの)無茶振り」をする人でして、
・実家で24時間体制で寝ずに1人で介護の為に待機する。
・(介護と同時)東京大学法学部の「新卒」として「一流企業」に就職する。
・(介護/東大進学・通学と同時)「早大卒」と言う学歴を活用して、すぐに、
30人~50人の部下を従えた「一流企業」の部長
年収 1億円
通常通り出勤
これを、「パム」が35歳の時に、
「人間、その気になって努力すればなんでもできる!」※限界はあるwww
と、強要されたのです。
んで、「パム」は逃げました。
「親を見捨てる事」も相手が「毒親」だと「親孝行」なんですよね。
むしろ、「パム」が「パム親」を介護した時、何が起こるか解りませんからね~www
「パム」が逃げる事が正解です!
そして、そんな「パムからの見返りの為の育児」をした「パム親」は「無功徳」「因果応報」「自業自得」なのです。
しかしながら、「パム」が子供の頃はこの種の問題は、
「よその家庭に口出しするな」
と言う「常識」によって、「パム」が「毒親の子(未成年時代)」であってもどこに救いを求めれば良いか解りませんでした。
それが今では、「児童虐待防止法」ができてうらやましい限りです。
さて、「機能不全家族」出身者としての「パム」が
「これは、明らかに『児童虐待』だろ!」
と言う場面を目撃しました。
その人物については、その前から情報は入っていましたし、その後も情報が入りました。
だから、その人物が「児童虐待」している事は、関係者にして見ると「知られた話」なのです。
どうやら、「パムの勤務先」に電話をかけたり、「警察署」に通報したりしたようですが、やる事が間違えてませんか?
「虐待やってま~す!」
って言いつつ、虐待をする人は一人もいません。
「パム」より大切な存在って誰でしょう?
なぜ、通報した「パム」を恨むんでしょうか?
あ、そうそう。
「パム」は今年は通報していませんよ~!
<参考>
○機能不全家族 --Wikipedia--
https://00m.in/u9oHN
「
概要
機能不全家族とは、「子育て」「団欒」「地域との関わり」といった、
一般的に家庭に存在すべきとされる機能が、健全に機能していない家庭の問題を指す。
機能不全家族内で育った子供は、機能不全な環境や考え方が当たり前であるかの様に認識して成長するケースが多く、
また幼少期の重要な人格形成において愛情を得る機会が非常に乏しい事などにより、
自己愛・自尊心、他者への共感、他者の苦しみに対する理解等に欠けた人間にもなりやすい。
こうして、機能不全家族から、社会と健全な関係を築くことができない大人が出ることがある。
しかし、機能不全家族に生まれ育った者が全て必ず社会不適応な人間になるとは限らない。
この機能不全家族において最も被害者となるのは、自らに生活力が無いため、
その家庭から脱出することができない子供や老人である。
子供は、周囲に適合しにくかったり、様々な問題を引き起こす場合がある。
」
「
家庭内の特徴
機能不全家族で育った者は、その家庭内での経験のため、一定の傾向、行動パターンが見受けられる。
スティーブン・ファーマーによると、機能不全家庭は家庭内にいくつかの兆候が見られる。
・拒絶
・矛盾
・家族への無共感
・家族間の境界線の欠如
・役割の置換
・社会からの孤立
・曖昧なメッセージ
・極端な論争・対立
またDan Neuharthは、機能不全の要因として、健全でない親の8つの兆候を示している。
・条件付きの愛情
・非尊重
・発言の抑圧
・感情の強制
・嘲笑
・過大なしつけ
・内面の否定
・社会に対する機能不全、または社会からの孤立
彼はさらに、機能不全家庭を引き起こす8つの親のパターンについても説明している。
・窒息(子のアイデンティティーの侵害)
・利用
・虐待
・混乱
・完全主義
・カルト信仰
・剥奪(子の欲するものを奪う)
・精神的な幼稚(虐待を排除しない)
インターネット掲示板などで、こういった親のことを「毒親」と呼ぶことがある
(語源はスーザン・フォワード著「毒になる親」から)。
」
○孝 --Wikipedia--
https://00m.in/hQqAn
「
孝(こう)とは、子供が自身の親に忠実に従うことを示す道徳概念。
儒教の信奉者が、それを徳目と認識するものの一つ。
身近なところから段階的に進められる儒教の徳治において、まず家庭で守られるべき徳として「悌」とともに重視された。
「孝悌」と併用され、「孝悌は仁を為すの本」とされる。
」
「
儒教
古代の中国では、祖先崇拝の観念の下に、血族が同居連帯し家計をともにする家父長制家族が社会の構成単位を成していた。
孔子が、親を敬い、親の心を安んじ、礼に従って奉養祭祀すべきことを説き、社会的犯罪については
「父は子の為(ため)に隠し、 子は父の為に隠す」
(原文)「父爲子隱 子爲父隱」(子路第十三_18)
と述べた。
やがて孝は『孝経』において、道徳の根源、宇宙の原理として形而上化され、無条件服従と父子相隠は法律にも明文化された。
又、祖先祭祀にとって孝は重要な原理となる。
孟武伯が孔子に孝を尋ねた際、
「親は子の病を憂う(心配する)ものだ」
(原文)「子曰 父母唯其疾之憂」(子路第十三_18)
といった(『論語』為政第二)。
つまり健康でいることが孝行といっている(『論語抄』史跡足利学校刊)。
また門人の子游が尋ねた際は、
「現今の世間は養う(目に見える形の奉仕)を孝というが、それなら犬馬だって人を養う(奉仕する)。
敬う心がなければ、どうして犬馬と区別できようか」
(原文)「子游問孝 子曰 今之孝者 是謂能養 至於犬馬 皆能有養 不敬何以別乎」(子路第十三_07)
と答えた(解釈『論語抄』より)。
孝を守る振舞いである「親孝行(おやこうこう)」が高く評価され、これを実践する人を「孝子(こうし)」と呼ばれた。
孝子として有名な儒教の聖人は舜であり、孔子の弟子では曽子が孝の実践に優れていたとされる。
曽子は『孝経』の作者とされる。
」
○孝経 曽子の門人 著 --Wikipedia--
https://00m.in/2DIBe
○論語 子路第十三 --論語(ろんご) 20編、512文 全文(漢文、読み、現代訳)紹介--
https://00m.in/uQr7l
○論語 為政第二 --論語(ろんご) 20編、512文 全文(漢文、読み、現代訳)紹介--
https://00m.in/InBT2
○論語抄 陳 舜臣 著 (中央公論新社 2007年) --Amazon--
https://00m.in/1sRCu
<参考>
○毒親の老後はみないといけない?葛藤する優しいあなたの肩の荷がおりる記事
--帽子のまーし。とハッと気付く@大阪・禅タロット--
https://00m.in/SJtd3
「
子供の本当の責任とは何か?
単刀直入に言ってしまうと、あなたはもう毒親から離れて生きていいのです。
(略)
先ほどのクライアントさんのように
精神的に苦しくなることも、
自分の人生すら崩れてしまうような状況も、
子供の責任には含まれないんです。
あなただけではなく、毒親の為にも別の人生を歩んでいいです。
どういうことかというと、
人が背負うべき本来の“責任”とは
『自分が幸せな人生を送ること』
です。
あなたも、親も
『自分で、責任持って幸せになる』
ことが生まれてから死ぬまでの課題です。
嫌だと思いながら、一緒に過ごした先にあるものは幸せでしょうか?
違いますよね。
きっと、このままお母さん(お父さん)が亡くなるまで我慢し続けていたら、
最期は
「やっと、死んでくれる。
解放される。」
そんな風に喜びを感じるでしょう。
(略)
」
「
愛せない時に愛する努力をする必要はない
今のように我慢して介護をする状態というのは、純粋な愛ではなく、間違った責任感というお話をしました。
つまり、親のことを愛せてはいないけれど、子供として
『愛する努力をしなければいけない』
という発想からの行動です。
だとするとあなた自身がすごくつらいですよね。
そんなあなたがすべきことは、毒親を放っておくことです。
「私が何かしてあげないと!
私がよくしてあげないと!」
これはお互いに依存している状態です。
共依存といいます。
どちらかが離れようとしない限り、この関係性が続いてしまいます。
実はあなたが親にしてあげたいことは、自分がして欲しいことでもあります。
つまり、家族は愛しあうべきだという欲求です。
っていうことは同時に、あなたが将来自分の子供にして欲しいことでもあるんです。
しかも
私はこれほど我慢したのだから、自分の子供にもしてもらって当然、
という意識が作られていきます。
すると、
「私はこんなにやった」
という記憶が力をつけて、将来的にあなたの毒親よりも強い毒を子供に放ってしまいます。
帽子のまーし。>あなたの親の親も毒親ってこと、よくありますよね。
性格は連鎖します。
我が子には、今のあなたのような苦しさを味わって欲しくないですよね。
そのためには、あなたが今、変わる時です。
毒親から離れ、時間が経ってくると相手の態度は変わってきます。
それはあなたの心理状態が変わることで、気にならなくなる場合もありますし、
本当に毒親の態度が丸くなる場合もあるんです。
苦しいと感じたり、何か違和感がある時には、一度離れてみることが一番の解決策になります。
とはいえずっと親から離れ続けるということでもありませんよ。
(別にそれでもいいのですが)
」
<参考>
○禅から学ぶ、全ての行動に見返りを求めてはならない --禅から学ぶ、全ての行動に見返りを求めてはならない--
https://00m.in/sC5QW
「
禅宗の開祖である達磨大師が中国に禅を伝えにいった際、
当時権力を握っていた武帝との会話の中で放った言葉から伝えられている言葉です。
武帝は寺を作るなどするほどの仏教信者で、達磨大師がやってくるということに大変喜んでおり、心良く宮中に招き入れました。
その際、武帝が達磨大師に問いました。
「私は今まで、寺を作り、経を写し、多くの僧を育てあげてきました。
こんな私にはどのような功徳があるでしょう?」
その問に対して達磨大師は一言。
「無功徳」
この一言のみで武帝と達磨大師との問答は終わりました。
(略)
この無功徳の言葉の中には、ただ単に、何の御利益もないと言っているのではなく、深い意味があります。
「御利益があると思って行っていることは善行とは言えない。
無益でも愚行だと言われようとも、自分の信じる道を邁進するのが仏の慈悲行であるということ。
寺を作ることも、経を写すことも、僧を育ててきたことも、
その一つ一つの行いこそが、功徳のあることであるのにも関わらず、それ以外に何を求めようか」
」
<参考>
○児童虐待の防止等に関する法律 --Wikipedia--
https://00m.in/1wDko
「
・児童虐待の定義
同法第2条において、18歳に満たないものを児童とし、保護者が行う以下の行為を「児童虐待」と定義している。
1.身体への暴行
2.児童へのわいせつ行為と、わいせつ行為をさせること
3.心身の正常な発達を妨げる減食・長時間の放置
4.保護者以外の同居人による前記の行為と、その行為を保護者が放置すること
5.著しい暴言・拒絶的対応・著しい心理的外傷を与える言動を行うこと
・児童虐待の早期発見努力
同法第5条において、学校・病院等の教職員・医師・保健師・弁護士等は、
児童虐待に関して早期発見に努めなければならないとしている。
・児童虐待の通告義務
同法第6条において、児童虐待を受けたと思われる児童を発見した者は、
速やかに福祉事務所・児童相談所に通告しなければならないとされている(警察ではなく、「通報」でもない)。
この際には、刑法134条の守秘義務違反には該当しないと明記している。
・児童虐待に対する強制調査
同法第9条において、都道府県知事は、出頭を求め、また必要に応じて自宅へ立ち入り調査を行うことが出来ると定める。
保護者がこれらを拒否する場合、裁判所の許可状(令状)を得て、臨検・捜索(強制捜査)を行うことが出来るとされている。
・児童虐待に対する警察の介入
同法第10条において、都道府県知事・児童相談所長は、必要に応じ警察署長へ援助を求めることが出来るとされている
(警察官を同行させ、保護者が抵抗した場合に取り押さえが出来る)。
・虐待児童への保護者の接触制限
同法第12条において、児童虐待を受けた保護された児童に対し、
児童相談所長は必要に応じて、保護者の面会・通信を制限することが出来るとされている。
また、必要に応じて、
保護者に対し通学路等の児童の近辺を徘徊することやつきまとうことを止めるよう命令することが出来る
とされている。
」