2019/05/16 【歴史】天地開闢 (日本神話) | パムのてきとーブログ

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あらすじ


『古事記』

一般に、日本神話の天地開闢といえば、近代以降は『古事記』冒頭の「天地初発之時」(あめつちのはじめのとき)が想起される。
ただし、ここには天地がいかに創造されたかの記載はない。
なお、神話研究における「天地開闢」は次節の『日本書紀』参照。

「天地開闢」の神話はどの国でもありますが、もちろん、日本にもあります。


世界の最初に、高天原に相次いで三柱の神(造化の三神)が生まれた。

 ・天之御中主神(あめのみなかぬしのかみ)
 ・高御産巣日神(たかみむすひのかみ)
 ・神産巣日神(かみむすひのかみ)

「高天原」は、天照大御神を主宰神とした天津神がおわします場所です。

「天之御中主神」は、「妙見菩薩」「天皇大帝」と習合していた神です。
 「あめのみなかぬしさま、お助けいただきましてありがとうございます」
と言う言霊は非常に強力な言霊のようです。

「高御産巣日神」は、「日本書紀」にある別名では「高木神」と言い、本来は高木の神だと考えられています。

「神産巣日神」は、高天原に座して出雲系の神々を援助する祖神的存在であり、他の神々からは「御祖(みおや)」と呼ばれています。


続いて、二柱の神が生まれた。

 ・宇摩志阿斯訶備比古遅神(うましあしかびひこぢのかみ)
 ・天之常立神(あめのとこたちのかみ)

この五柱の神は性別はなく、独身のまま子どもを生まず身を隠してしまい、これ以降表だって神話には登場しないが、
根元的な影響力を持つ特別な神である。そのため別天津神(ことあまつかみ)と呼ぶ。

「宇摩志阿斯訶備比古遅神」は、葦が芽を吹くように萌え伸びるものによって成った神です。

「天之常立神」は、「先代旧事本紀」によれば、天之御中主神と同一神とされています。


次に、二柱の神が生まれた。

 ・国之常立神(くにのとこたちのかみ)
 ・豊雲野神(とよくもののかみ)

国之常立神と豊雲野神も性別はなく、これ以降、神話には登場しない。


「国之常立神」は、伊勢神道・吉田神道・大本教で重要視されています。
一部の「妙見社」が明治以降に祭神を「国之常立神」に改めています。

「豊雲野神」は、「豊かな(=トヨ)雲(=クモ、ノ)」の意であり、雲を神格化した存在とされています。


引き続いて五組十柱の神々が生まれた。
五組の神々はそれぞれ男女の対の神々であり、下のリストでは、左側が男性神、右側が女性神である。
   男性神                  女性神
   宇比地邇神(うひぢにのかみ)   須比智邇神(すひぢにのかみ)
   角杙神(つのぐひのかみ)     活杙神(いくぐひのかみ)
   意富斗能地神(おほとのじのかみ) 大斗乃弁神(おほとのべのかみ)
   於母陀流神(おもだるのかみ)   阿夜訶志古泥神(あやかしこねのかみ)
   伊邪那岐神(いざなぎのかみ)   伊邪那美神(いざなみのかみ)

以上の七組十二柱を総称して神世七代(かみのよななよ)という。

この男女二対は全て兄妹です。

「宇比地邇神/須比智邇神」の神名の「ウ」は泥(古語で「うき」)、「ス」は沙(砂)の意味で、
大地が泥や沙によってやや形を表した様子を表現したものとする説があります。

「角杙神/活杙神」は、
「クイ(クヒ)」は「芽ぐむ」などの「クム」で、「角ぐむ」は角のように芽が出はじめる意、「活ぐむ」は生育しはじめるの意とする説があり、
泥土が段々固まってきたことにより、生物が発成し育つことができるようになったことを示す神名であるされます。

「意富斗能地神/大斗乃弁神」の神名は大地が完全に凝固した時を神格化したとする説があり、「地」は男性、「弁」は女性の意味であります。
また、「ト」は「ミトのマグワイ」の「ト」で、性器の象徴であるとする説もあります。

「於母陀流神/阿夜訶志古泥神」の神名のオモダルは「完成した(=不足したところのない)」の意、
アヤカシコネはそれを「あやにかしこし」と美称したもの。
つまり、人体の完備を神格化した神であります。
そして、「第六天魔王」と習合していた神でもあります。

「伊邪那岐神」と「伊邪那美神」は兄妹であり夫婦です。
日本の国土、日本の神々を産みました。
「伊邪那岐神」は、「釈迦如来」「阿弥陀如来」と習合していた神であり、
「伊邪那美神」は、「千手観音」と習合していた神であります。



さて、この後、
 ・天照大御神(太陽神/大日如来・十一面観世音菩薩/皇室の祖神)
 ・月読命(月神/阿弥陀如来)
 ・須佐之男命(海神/牛頭天王・熊野権現・阿弥陀如来)
の三貴神を始めとする神々が登場して、神話が展開していきます。



「日本書紀」にも「天地開闢」は記載されています。
その冒頭部分では、
 「渾沌が陰陽に分離して天地と成った」
との記載がされており、「古事記」より「天地開闢」の最初の部分が具体的です。
そこから先の内容も「古事記」と相当違っており、異説も記載されています。



○古事記
壬申の乱後、天智天皇の弟である天武天皇が即位し、『天皇記』や焼けて欠けてしまった『国記』に代わる国史の編纂を命じた。
その際、28歳で高い識字能力と記憶力を持つ稗田阿礼に『帝紀』及『本辭』(『旧辞』)などの文献を「誦習」させた。
その後、元明天皇の命を受け、
太安万侶が阿礼の「誦習」していた『帝皇日継』(天皇の系譜)と『先代旧辞』(古い伝承)を編纂し、『古事記』を完成させた。

○日本書紀
乙巳の変(いっしのへん、おっしのへん)で中大兄皇子(天智天皇)は蘇我入鹿を暗殺する。
これに憤慨した蘇我蝦夷は大邸宅に火をかけ自害した。
この時に朝廷の歴史書を保管していた書庫までもが炎上する。
『天皇記』など数多くの歴史書はこの時に失われ、「国記」は難を逃れ中大兄皇子(天智天皇)に献上されたとあるが、共に現存しない。
献上されたことが事実であったとしても、天智天皇は白村江の戦いにて唐と新羅連合に敗北しており、記紀編纂の余裕はなかったと推測される。
既に諸家の帝紀及本辭(旧辞)には虚実が加えられ始めていた。
そのために『天皇記』や焼けて欠けてしまった「国記」に代わる『古事記』や『日本書紀』の編纂が、
天智天皇の弟である天武天皇の命により行われる。
まずは28歳の稗田阿礼の記憶と帝紀及本辭(旧辞)など数多くの文献を元に、『古事記』が編纂された。
その後に、焼けて欠けた歴史書や朝廷の書庫以外に存在した歴史書や伝聞を元に、さらに『日本書紀』が編纂された。



なるほど・・・。
やはり、特に「日本書紀」の「原史料」が不明なのは痛いですね。



この「天地開闢」は、「神話」ですので「歴史」とはずれますが、前近代までは「歴史」だったのです。



とはいえ、この「天地開闢」を味気なく感じます・・・・・・。