2018/08/09【心理学】そんなこと言ってねえ!ネットに増加する「なんでも意見だと思う人」の | パムのてきとーブログ

パムのてきとーブログ

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エリコちゃん:わかる~

ミカ先輩  :そうなの?

エリコちゃん:シンデレラってかわいいから王子様に見初められたけど、
       ブスだったら一生掃除して終わるハウスクリーニングの童話ですよね。

ミカ先輩  :うん

エリコちゃん:それに限らず童話って、主人公が美人だったり美男だったりすることで成立してるストーリーが多くて
        「結局顔かい」
       ってなるんですよね。

ミカ先輩  :うんうん、そうそうそう・・・


これは「シンデレラ」のストーリーに対する意見の一つですが、
この意見について、どのようにお考えでしょうか?




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エリコちゃん:私の代わりによく分からん奴が殴られた!

ミカ先輩  :うっせんだよお前らは!いちいちいちいちストーリーに文句つけやがって!

       ストーリーっていうのは
        「なんかそうなった」
       っていうぐらいのもんで
        「人間必定こうなります」
       という教訓だなんて誰も言ってないのよ!

       シンデレラだって
        「掃除を頑張ってたら報われるという話です」
       なんて作者は一度も言ってないはず・・・

        「なんか嫌な奴がいて嫌な目に遭ったけど美人だったので得してザマアでしたw」
       っていうスカッとするコピペくらいの温度感かもしれないじゃん!

エリコちゃん:それはそれで嫌ですけど・・・

ミカ先輩  :そういうふうに、
       フィクションに意見とか教訓のような実利的なメリットしか見出さない人間を巷でどう呼ぶか知ってる?

エリコちゃん:どう呼ぶの?



ミカ先輩  :バカ



エリコちゃん:バカ!!!??????????

「パム」は「シンデレラ」を、「見てくれる人は必ずいる」と言う訓話として受け止めてます。
そして、「いじわるしていた継母と義理の姉達」みたいに、
 「いじわるする為ならば、現実をみない人がいる」
事を教えてくれる話でもあります。

それを、こんな風に、斜め下から解釈するのは如何なモノかと思います。




童話と教訓


ミカ先輩  :子供に絵本や童話を読み聞かせる目的として教訓や善悪を伝えるためだと思ってる人は結構いるよね。
       でも善悪や道徳のことなんか大人にすらよく分からないのに、
       子供に読み聞かせ立って刷り込みや洗脳にしかならない。
       子供に物語を教えて得られる唯一確実なメリットは「面白い」という感情だけなのよ。

エリコちゃん:まるで育てたことでもあるかのような言い草ですね

ミカ先輩  :そうね、例えば・・・

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ミカ先輩  :人間が「花」を見たときの感情を例にとってみましょう。
       「花」は実利的な面で見れば、役に立たないし、食べられないし、即物的なメリットがない。
       でも「感性」の面で言うと、
        いい香りがする、
        色がきれい、
        心が安らぐ、
       といったメリットがあるわね。

エリコちゃん:ふむ・・・

ミカ先輩  :万物にはこのように即物的な面と感性的な面の二つの顔があると言える。

エリコちゃん:童話だとどうなるんですか?

ミカ先輩  :童話の場合は「面白い」が感性的な側面。
       「教訓」が実利的な側面だね。

エリコちゃん:なるほど・・・
       つまり「童話」に教訓としてのメッセージ性しか見ないのは「花」を見て
        「で、それ食べられるの?」
       と言うような無粋なことだと言いたいんですね?

ミカ先輩  :そう・・・
       そして、その「面白い」みたいなことがキャッチできる感性を育てることこそが子供のうちに必要なのだ

エリコちゃん:なのだって言われても

つまり、幼少時から親から「趣味」とか「遊び」を否定されて育てられた子供は、
成長した後に苦労する事になるのです。




なんでも意見だと思う人

ミカ先輩  :では、「面白い」とか「きれい」といったような感性が育たないまま大人になるとどうなるのか?
       これが今回のテーマなんだけど・・・

エリコちゃん:テーマなんかあったんだ

ミカ先輩  :ヤバいの。
       感性が育たないまま大人になると。

エリコちゃん:ヤバいの?

ミカ先輩  :どうヤバいかというと、この世の全てが「意見」だとしか思わなくなる。

エリコちゃん:意味がよくわからないですね。

ミカ先輩  :フィクションにしろ会話にしろ、人間が言葉を駆使するのって
        「情報を伝える」
        「意見を言う」
       といった実利だけが目的じゃないよね。
       フィクションは「面白く」するためにメッセージ性が損なわれるし、
       「冗談を言う」人は面白くするために事実と反することを言う。
       だけど、言葉を「意見」や「情報」としか感じない人は、
       フィクションを「支離滅裂な意見」と処理するし、
       冗談を「間違った情報」と受け取る。
       この感性の格差がしばしば「クソリプ」と呼ばれるような現象を生むわけ。

成立しない会話たち
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ミカ先輩  :エリコちゃんもネット上で
        「そんなこと言ってねえよ」
       というような絡まれ方をしたことがあるでしょ?

エリコちゃん:ほぼそれしかないですね

ミカ先輩  :要するに、言葉を「意見」「情報」の伝達手段としか思わない人が
        「面白くする作り話」や
        「複雑な示唆」
       を受け取ると、
       断片を継ぎはぎして出来た
        「奇妙な意見」
        「間違った情報」
       しか残らないということね。

エリコちゃん:それって結構壁があるのかもしれないですね…

「パム」はインターネット以外でも、こう言う反応をされる事がしょっちゅうあります。
「パム」が、
 「あ~!疲れたぁ・・・!」
と言った時には、
 「パムだけが苦労していると思うな!」
と、説教されたりするのですよ・・・。




なんで意見だと思うの?

ミカ先輩  :人が
        「そこに書かれていないこと」
       を「意見」と受け取ってしまう場合に最も多いのが
        「悪意に取る」
       というパターンだね。

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ミカ先輩  :例えばちょっと前に問題になったこういうマナーポスターのイラストなんだけど・・・
        「こういうポスターで迷惑行為を働いてるのがだいたい若い男性なのは
         若い男性が迷惑行為をするという決めつけではないか」
       という意見が出たじゃんね。

エリコちゃん:そうじゃんね。

ミカ先輩  :でも実際にイラストレーターが
        「若い男性に悪いイメージを植え付けてやろう」
       とそういう絵柄にしたわけでは…ない。
       ただ
        「あえて女性にしたり」
        「あえて老人にしなかったから」
       「なんとなく」若い男性になっただけでしょうね。

エリコちゃん:女性のパターンは見たことありますけどね

ミカ先輩  :かといって、「若い男性」を避けて「女性」や「老人」にしたからといって問題は変わらない。
       じゃあ誰で描けばいいの?

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ミカ先輩  : あれで描いたら差別、
        これで描いたら偏見
       ・・・そんなこと言ってたら
        最終的には「何者でもない者くん」みたいなキャラクターを生み出してそれで代用するしかなくなってしまう。

エリコちゃん:そんな怖い世の中にしてはだめだ

ミカ先輩  :マナーポスターならまだしも、フィクションの登場人物にまでこのロジックが当てはめられたら大変ね。
       フィクションには絶対に悪いことをする人が必要だけど、
        「誰々が犯罪者として登場するのは〇〇人が悪いという偏見だ」
       なんて言ってたらもう誰も悪役をできなくなる。

エリコちゃん:海外はそのへん大変そうですね

ミカ先輩  :一度そっちに舵を切ったら後戻りはできない。
       悪意だと指摘されたことを続けるリスクなんて誰もわざわざ負わないからね。

「パム」が「パムのトラブル」について「障害者差別」と言う言動を使ったのは、
「パムへの差別的言動/行為が、パムの仕事に悪影響が出た」からです。

それこそ、なんでもかんでも、「障害者差別」って言い出したら、何も居えなくなるでしょ・・・。




悪意と善意の二面性

ミカ先輩  :人がある物事や言動を認識したときに
        「善意に取るか」
        「悪意に取るか」
       ・・・それはその当人に委ねられている。

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ミカ先輩  :例えば
        「A国で飛行機が落ちました。
         日本人はいませんでした。」
       という言い回しひとつにしても二つの捉え方ができる。
       一つは
        「なんだその言い方は。
         外国人なら死んでもいいのか!」
       もう一つは
        「A国に知り合いや家族がいる人が心配しないように配慮して言ったんだな。」

エリコちゃん:同じ発言を捉えてるのに正反対ですね

ミカ先輩  :人の発言を悪意に取ることはバカでもできるけど、
       やさしさが隠れていることに気付くには想像力や慎重さが必要になる。
       つまり、人間は堕落していくとどんどん人の発言を悪意に取るようになっていく。

エリコちゃん:受け身なままでは人を思いやることはできないんですね。

ミカ先輩  :そして、何よりも気をつけないといけないのはインターネットが
        「悪意に取る」
       ことを許された場だということよ。
       さっきも言ったように、
        「言っていないこと」
        「書かれていないこと」
       を善意に取ろうが悪意に取ろうが自由。
       そして自由だということは、性格の悪い人が集まりがちなネットでは
        「悪意に取る自由」
       が優先的に行使される。

エリコちゃん:また問題発言を・・・

ミカ先輩  : 「こいつは悪いことを言った」
        「これは失言だ」
       となんでも悪意にとらえて攻撃するのは最初のうちは快楽かもしれない・・・
       でも、
        「これは悪意かもしれない」
        「これも悪意に違いない」
       と他人を叩くためだけに意地の悪い解釈をインストールするたびに
       あなたの「優しさ」「思いやり」の感性は鈍り、色褪せていく…

エリコちゃん:カジュアルに叩いちゃってた・・・

ミカ先輩  :「問題視」しなければ「悪意」に対処できないけど、
       「悪意」を探そうとすればするほど人間は中毒状態になっていく・・・
       それは「悪意」と戦ってる人たちが教えてくれないことだけどね。

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ミカ先輩  :昨今、
        「他人の発言を悪意に取るロジック」
       ばかりが日々発明され、共有され、拡散されていく・・・
      変わらないままの自分、そして自分の狭量さが肯定される悪意のロジックは蜜のように甘い。

何者でもない者:しかし、それに身を任せ悪意を糾弾する快楽に溺れればいずれ元の”人間”には戻れなくなる・・・。

ミカ先輩  :”何者でもない者”…。

エリコちゃん:あなたもかつては”人間”だったの…?

何者でもない者:今日、「悪意」こそが人を不幸にするものだと糾弾され、人々は血眼でそれを探している。
        だが、その「悪意」の根源が私たちの肥大した自意識そのものだったとき、
        「悪意」の糾弾者たちは一緒にそれと戦ってくれるのだろうか?

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何者でもない者:答えは”否”だ。
        悪意の糾弾者たちは幸福のために戦っているのではない、むしろ逆だ。
        悪意のないところに悪意を見出し、
        強引に他者を糾弾することを通して醜い自分自身を罰し、
        不幸に身を置くというマゾヒスティックな快楽こそ糾弾する者たちの共有する理想なのだ。
        彼ら・・・いや、”私たち”にとって
        ”悪意”というものは人間たちが”私たち”に関心を持ち、働きかけようとしているといういちるの望みの、
        その欠かしてはならない証拠の一部なのだ。

エリコちゃん:・・・。

ミカ先輩  :・・・。

エリコちゃん:あれ、なんかこの記事の掲載サイト変わってないですか?

ミカ先輩  :変わったよ~

どうも、「パム」が中国語を使うと、
 「中国語が使えると自慢している。」
って感じで悪意に取る方々がいるようです。

以前は配慮していたのですがね・・・。
今は、
 「パムは中国育ちだから中国語が使えるのは当然である。
  悪意に取る方がどうにかしている。」
と考えて、中国語を積極的に使っています。

こう言うのに配慮すんのは、アホらしいっす。

また、有名人が逮捕されたりする度に大喜びする人を知っていますが、
その姿を見ると、哀れに思うのです。

だから、「パム」は積極的にはこの問題には触れないようにしているのです。

そして、
 「パムこそが何でも悪意に取る人なんじゃないか!?」
と言う意見があるかなと思います。

このウワサの元になったいくつかのやり取りで思い出せる古い記憶は以下の通りなのです。
「パムが相手の意見を否定する」前に、「パムの言動を否定する発言」があったのです。

つまり、
 「パムが何でも悪意に取る」
と言うのは、「パム」にしてみると、
 「お前が言うな!」
って事になるんですよね。



<前提>
パム:出演者からお金を支払ってもらう企画には反対している。
   ※ブッキングライブとの相乗り企画の場合は、出演条件を揃える為に、出演費用をお願いしていました。
   ※オープンマイクはステージに上がる人がお客さんとの考え方でしたので、参加費をお願いしていました。

<やり取り>
某氏:○○と言うライブハウスを抑えました!
パム:ありがとうございます!
某氏:そこで、出演者さんにノルマを支払ってもらいます。
パム:パムはノルマなど出演者に費用するのは反対だと公言していたので、ノルマを頼むとかできません。
某氏:じゃあ、自分達は降りるから、パムさんだけでやってください。
   ※現実的にパム一人でライブハウスでの企画は不可能だった。
パム:解りました。ノルマ付きでしましょう。
   しかし、これまでのパムの言動の事もあるので、ノルマについては、そちらでお願いします。



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2018/09/25(火) 実験激場@高円寺 無力無善寺
http://blog.livedoor.jp/muzenji/

Open 18:30/Start 19:00
Charge ¥1,000-(1Drink 付)

<出演者>
無善菩薩
cosmo confusion.feat.今井憂美
激団波兵

パムで増える迷路ちゃん 1000番代

出演者募集中!