http://news.livedoor.com/article/detail/14318048/
「
気がついたらもういいオッサン…。
あなたは立派な「大人」になれた実感はあるだろうか。
「いいオトナ」が見えない現代において、ワカモノを卒業するにはどうすればいいのか。
」
イタタタタ・・・・・・(苦笑)
思いっきりグサッと来ましたwww
「
子どもや若者がいっこうに「大人」にならない
──
いわゆる、「成熟困難」が問題視され始めたのは高度経済成長の頃です。
就活や結婚を親に頼りきる子どもや、マザーコンプレックスな子どもを、
マスメディアは時におかしく、時には深刻に紹介してみせたのでした。
「成熟困難」は母子密着や父性の不在といった家族問題と関連して語られることも多く、
精神科医が言及しがちな話題でもありました。
」
これ、「アダルトチルドレン」の問題とも絡んでくる事ですね。
「
昭和44年に「生き遅れの季節」と書かれた対象は、
おそらく団塊世代とその前後ぐらいと想定されますが、
それ以後の世代に対しても、精神科医たちは成熟困難や思春期モラトリアムの延長といった、
「大人」の手前で足踏みする若者について語り続け、
社会学者たちも概ねそれに同調してきました。
実際、結婚や出産といった、これまで「大人」の指標とされてきた統計指標を眺めると、
時代が進むほど「大人」の指標から遠ざかっていることがみてとれます。
なかでも生涯未婚率の年次推移は極端な変化を示していて、
結婚をもって「大人」の指標とするなら、
なるほど、生涯「大人」になれない人が急増していると考えざるを得ませんし、
現代社会は「成熟困難」のきわみにあると言えるでしょう。
」
そして、「結婚」したから「大人」と言うワケではありません。
すぐに結婚して出産したと思ったら、なんかの拍子で簡単に離婚してしまうのでは、まだまだ「子供」なのでしょう。
しかも、困った事に、「パム」の世代は「団塊ジュニア」でありまして、
この「成熟困難」な世代に育てられた世代なのですwww
「
では、たとえば現在の40代などは、本当に「大人」になりきれなかったのでしょうか?
彼らの生きざまを見ていると、とてもそういう気が起きません。
同世代の私の知人には、未婚の人や子育てをしていない人もたくさんいますが、
彼らは彼らで年を取り、社会の一員としての務めを果たしています。
「自分は何者にもなっていない。
これから何者にでもなれる」
といった若者らしい感覚はとうの昔に消え失せ、
これまで積み重ねてきた自分の歴史の延長線に未来を見据えているという点でも、
彼らは若者っぽくありません。
彼らは、これまで「大人」の指標とされてきた幾つかの条件に合致しませんが、
かといって「若者」らしい精神の余白も、未来の可能性の過大評価といった特徴も有していません。
そのうえ、これまでの「大人」に付随していたはずのメリットとも無縁に生きているのです。
」
今の「大人」よりも50年前の中学生の方が余程「大人」に見えたりします。
子供の頃に見ていた「大人」の姿と、今の「パム」の姿を重ねると、苦笑いしか出てきません。
「
ここでいうメリットには、正社員の昇給といった経済的なメリットだけでなく、
心理-社会的なメリットも含みます。
つまり、
「年下は年上の言うことを聞くべき」
「年下は年上を敬うべき」
といった儒教的な価値観が、かつての日本には広く存在していたのでした。
この価値観は、心理-社会的な"年功序列制度"のようなもので、
「大人」が子どもや若者に命令する大義名分ともなるものでした。
ところが戦後から時間が経つにつれて、こうした「大人」のメリットは消えていきました。
」
実際、「パム」は、平気で年上に意見をしますし、年下から命令されたりする事もしょっちゅうです。
そして、それが「普通」なのだと思って日々を過ごしています。
かつての「年功序列」は、それなりの裏づけがあったと思うのですが、
今では、「こうはなりたくない」と思ってしまう「大人」を良く見るようになってしまい、
「パム」自身もこの「年功序列」を無視します。
「
バブル景気が終わり、就職氷河期が始まってからは、
経済的な理由によって結婚や出産に手が届かない人が現れるようになりました。
結婚したくてもお金が足りない・経済的に自立したくても収入が乏しいから親元からさえ離れられない
──そういう若者が珍しくなくなったのです。
また、戦後から次第にメインストリームになっていった若者中心文化は、
儒教的な価値観をすっかり駆逐してしまい、心理-社会的な"年功序列制度"は崩壊しました。
もはや、年上だからという理由で年下に敬ってもらえるとは限りません。
それでも今日の40代は「若者」ではいられず、「大人」をやっていくしかないのです。
見た目だけで言えば、今日の40代は昭和時代の40代より若くみえるでしょうし、
価値観の面からいっても、今日の40代は若者中心文化の申し子でもあります。
それでも、これぐらいの年齢になってくれば自分より若い世代こそが本物の「若者」だという実感は伴ってきますし、
人生の折り返し地点を過ぎたという自覚も生じてきます。
"自分の人生はこれから新たにつくられる以上に、自分自身が積み重ねてきたことのうえに続いていく"
という前提で生きていくことにも慣れてきます。
実際、(株)マンダムが行った40代の意識調査でも、人生のやり直しがきかない年代という自覚や、
自分達が社会の中心の年代であるという自覚がみてとれます。
出生率や婚姻率が低下している現代にあっても、やはり40代は"不惑"の季節なのです。
」
うん・・・。
人生をやりなおしたくてもやりなおせないんですよね。
一時期、「何歳からやりなおしたら良いのか?」って考えてた事がありました。
すると、その年齢以降に出会った人々との思い出や経験まで否定する事に気づき、
「人生をやり直す」事は無理だと悟ったのです。
「
世の中には、バブル景気以前には想像すらできなかった困難な境遇でも働き続け、
生活を成り立たせている「大人」がいます。
若者時代の失敗によって苦しい立場に置かれ、
それでもめげることなく生き続けている「大人」もいます。
子育てや後進の育成に励んでいる「大人」だけが日本社会を成立させているわけではありません。
今日の日本社会がどうにか成り立っている背景には、
そのような無数の無名な「大人」の存在があることを忘れてはならないように思います。
彼らは失われた「大人」のメリットを享受していないにも関わらず、
折からの人手不足でチヤホヤされる若者世代に文句を言うことすらなく、
一個の「大人」として生き続けているのです。
誰でもわかりやすく、勲章のように見せびらかすこともできる「大人」の指標をこなしている40代は、
それはそれで立派な「大人」です。
しかし、そうではない人生を生き、
苦難や理不尽に出会いながらも歳月の重みに折れることなく生き続けている40代も、
それはそれで立派な「大人」ではないでしょうか。
むしろ一面において、そういった人々こそが厳めしい「大人」の道を歩んでいるとさえ言えるでしょう。
」
「パム」は、
「一流企業やホワイト企業に未経験かつ正社員で入社できるチャンスは新卒の時くらいしかない。
一度入社したら、余程の事が無い限り、そこにしがみついた方が良い。
一回転落すると、「パム」みたいな「ワーキングプア中年」になってしまう。」
と、大学生に良く言っています。
しっかし、ホント、ガキっぽい大人や老人が増えましたよねぇ・・・。
(「パム」も含む)
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2018/03/15(木) RUTOブッキングライブ@新宿御苑 Live and Bar RUTO
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<出演>
SHOTGUN BLADE
坂本美蘭
田中さゆり
BDバッヂ
パムで増える迷路ちゃん1000番台