少年おいやすく、と言うのが少年を追いかけるのが簡単だということか思っていたり、体重が軽いから背中に負いやすいことかと思っていたり、うさぎおいしかの山、というのをあの山のうさぎは美味だと思っていたりしたものですが、実際は
少年老い易く学成り難し
という詩の一節で、人はあっという間に年をとり学問は簡単には極められないと嘆ずるものだったりします。
これは何か追究する人が普遍的に感じることのようで、医聖ピポクラテスにも
人生は短く技術は長い
という言葉があり、年を取れば取るほど時間が過ぎるのが速くなる実感があります。
昨日髪を切ってきたのですが行きつけの美容院の店長は、火曜日と月1回の水曜日しか休みのない仕事を30年続けて来たそうで、なおかつ火曜日はボランティアで施設に髪を切りに行っているというなんとも働き者なのですが、全然苦じゃなくてとにかくお客さんとコミュニケーションをとりながら髪を切る仕事が楽しいのだそうです。
ハサミが持てなくなるまで仕事をするとのことで、最近出たドクター苫米地の著書の「第二の人生なんてあるわけがありません。人生は一つ、ずっとひとつながりです」という一節を思い出しました。
30年ものあいだ能力の輪の中で働き続けてきた臨場感はとても清々しいものです。
そういえば私の父は今90歳ですが87歳まで開業医をしておりました。盆と正月以外は休まず旅行に行くわけでもなく地域医療に献身するという利他性の塊のような生活でした。
奇しくも私は父と同じ55歳で開業をしておりまして、昭和の時代なら定年の歳なのでちょうど第二の人生の開始と重なることになります。
T理論的にはまず親を超えることになるので少なくとも88歳までは働くことになりそうですね。
父は学生時代はラガーマンで外科医だったので頑強だったのですが開業してからは座り仕事ばかりで最近は体力の衰えが著しく気の毒です。
やはり何事も体が資本だということもあり、私は15年くらい太極拳を習っておりまして、まといのばdance部でも身体開発に取り組んでいる次第です。
中国の伝統武術の身体の使い方がまといのばの最先端の身体観と符合することが多くとても興味深いのですが、体力も結構ついてきておりまして始発まで仲間たちと飲み明かすことも少なくないながらコロナ禍以降コロナにもインフルにもかからず開業以来病欠もせずに済んでおります。
dance部講師のAVATAR.先生は世界的なダンサーでもありながら日本の伝統武術を学んでおられるのでその身体観との異同を知ることもとても面白いです。
(そのAVATAR.先生が何やらすごいものをリリースされたようです)
このブログではほぼ毎回言及のあるIUも「71歳まで会場を埋め尽くすおばあさんになりたい」と宣言しており、歌い手としての矜持とファンへの深い愛を感じます。そのときは私は生きていれば96歳なのですが、同年代のファンたちとその日まで生きていようと誓いあっております。
IUは寄付天使と呼ばれるほど寄付をしていたり母校に奨学金基金を設立したりするくらい利他性に溢れた人なのですが。「自分はもともと愛情に溢れた人間ではないけどファンのみなさんがあまりにも深く愛してくれるから意図的に温かくて良い人でいるようにしている」と意外な発言もしております。
エーリッヒ・フロムは「愛は感情でない。学び、磨き、実践する"技術"」と述べていますが、彼女はまさにそれを実践していることになります。
ドクター苫米地によれば、「愛」とは「関係性」つまり「縁起」に他ならず、これまた好き嫌いの感情をはるかに超えており、好きだから愛するわけではなくご縁があればそれがどんなに嫌いな人でもその縁が愛の表現形ということになります。
愛はもともと存在しているのです。そして、その愛は何かといえば関係性です。愛があるから、この世界はあるのです。
IUが歌うように Love wins all ですね。
そしてもう一人50年間歌い続けたいという頼もしい若手のシンガーソングライターがいまして、
小学生くらいからYouTubeで歌っていたgyubin。
オリジナルソングもすごくよいのですが、
カバー、とくにスタンダードジャズのボーカルワークがとても巧みです。
幾星霜の淘汰を経てきたスタンダードナンパーのように50年後にも色褪せず更に磨きのかかった歌声を聴かせてくれるでしょうがその頃私は107歳。
ドクター苫米地によれば人間は200歳まで生き延びるポテンシャルがあるので107歳ならまだ青二歳かもしれません。
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