今日は長崎に原子爆弾が投下された日です。
毎年の様に書いていますが、
この日の第一目標だった小倉陸軍造兵廠(現:勝山公園)に原子爆弾が落とされたら、母(当時1歳半)は即死で、父(当時6歳半)も被爆・その後死亡していたか重傷だったろう(祖父母たちも)。
さて、女王様(母)が7月下旬に新型コロナウィルズにとうとう感染しました
喉の調子が悪く、怠くなり、発熱したので、病院へ行き検査して判明。
最初は普通の解熱剤などを希望し処方して貰ったのですが、あまりにも症状がキツかったため2日後には新型コロナウィルスの治療薬を追加してもらった。
(発症4日目だから[薬が効くかどうか]ギリギリだと言われたらしい)
喉の痛みと食欲不振で何も食べたくないと言う。
その声も変わってしまいラリって聞き取りにくい。
高熱でかなりキツそう(水枕も用意した)。
その気持ちは分かるが何も食べないままだと、弱るし脱水がおきやすいし、弱い母の胃には何か少しでも食べてから薬を飲んだ方が良いと思う。
甘酒と経口補水液を少しでも飲んでもらって、薬を服用。
薬の種類が多いうえに似たような外見の物も多い。
ラリっている母のかわりにKが確認しながら用意した。
そんな中、居間(台所にも風は一応…行くかな)のエアコンが壊れた
(母の部屋のエアコンでなくて良かったのかもしれないが)
取説を見ると「エアコン内部の故障」のサイン。
保証書を見るとちょうど10年前の7月中旬に買ったことになっている。
今更修理も・・・部品等無いだろうし
弱り目に祟り目ってこんな事を言うのだろうか・・・
出費も痛い。
発熱から6日目辺りからおにぎりや卵焼き、バナナを“少し”食べるようになってホッとした。
「梅干しが凄く美味しい」と言う。
だが倦怠感が(朝方は動悸も)あるらしくて、ソロソロと動く姿は痛々しい。
発症から8日目に(新型コロナ用の内服薬が無くなり)内科に行き、食事を殆ど摂れてないため点滴された。
少しずつ新型コロナからの回復を見せて食欲が回復基調だが、次は膀胱炎になった。
よっぽど体力が落ちていたんだなぁと💦
内科が終わったら泌尿器科へ通う羽目となった。