みなさん、こんにちは。
今日も、
私のブログに来てくれて、
ありがとうございます。
いきなりですが、
聞いてください。
先日ですね、
私、
とても不思議な体験をしたのです。
それは、
本当に、
小さな出来事でした。
朝、
起きて、
会社に行こうとした時のことです。
いつも通り、
服を着替えて、
靴下を履こうとしました。
そこで、
問題が起きたのです。
靴下が、
片方しか、
見当たらないのです。
これは、
スゴイことです!!
右足の靴下は、
ちゃんとあります。
でも、
左足の靴下だけが、
どうしても、
見つからないのです。
昨日までは、
確かに、
そこにありました。
洗濯カゴにも、
入れました。
ちゃんと、
他の洗濯物と一緒に、
洗ったはずなのです。
では、
いったい、
左足の靴下は、
どこに行ってしまったのでしょうか?
部屋中を、
探し回りました。
ベッドの下を、
覗き込みました。
カーテンの裏側も、
めくってみました。
冷蔵庫の横まで、
確認しました。
でも、
ないのです。
影も形も、
ありません。
これは、
一体、
どういうことなのでしょうか?
ここで、
少し、
話しは変わりますが、
みなさんは、
『神隠し(かみかくし)』
という言葉を、
聞いたことがあるでしょうか。
昔話などで、
人間が、
突然、
神様によって、
どこかへ連れ去られてしまう、
という現象のことです。
そう考えると、
今回の私の靴下も、
まさに、
『靴下の神隠し』
なのではないでしょうか。
いや、
笑い事ではありません。
本当に、
消えてしまったのですから。
物質が、
この世から、
忽然と、
姿を消してしまう。
物理学的な、
観点から見ても、
これは、
非常識なことなのです。
では、
いったい、
靴下はどこへ行ったのでしょうか?
ここで、
ひとつの、
仮説を立ててみたいと思います。
それは、
「別の次元への扉が開いた」
ということです。
少し、
オカルト的な、
話になってきました。
でも、
真剣に考えているのです。
この宇宙には、
私たちが住んでいる空間のほかに、
目に見えない、
別の空間が、
存在していると言われています。
たとえば、
パラレルワールド、
という言葉があります。
並行世界(へいこうせかい)とも、
呼ばれています。
私たちが気づかないところで、
もう一つの現実が、
動いている。
そういう世界が、
あるかもしれないのです。
そう考えると、
私の左足の靴下は、
朝の忙しい時間に、
その、
『異世界への扉』
に吸い込まれてしまった。
そう、
考えることもできます。
もし、
それが本当だとしたら、
どうでしょうか。
今ごろ、
私の靴下は、
まったく別の世界で、
まったく別の生き物に、
履かれているかもしれません。
あるいは、
宇宙のどこかの星で、
旗のように、
翻っているかもしれません。
そう想像すると、
なんだか、
ロマンチックではないでしょうか。
ただの、
「片方なくなった靴下」
という、
日常のちょっとした不運が、
宇宙のロマンへと、
繋がっていくのです。
これは、
スゴイことです!!
でも、
現実に戻りましょう。
会社に遅刻してしまいます。
別の次元のことは、
いったん置いておきます。
目の前にあるのは、
「片方だけの靴下」
という、
冷徹な現実です。
では、
どうしたのか。
私は、
新しい靴下を、
もう一足、
引っ張り出しました。
そして、
履いて、
家を出ました。
これで、
事件は解決したように、
見えます。
でも、
本当に、
解決したのでしょうか?
心の中では、
まだ、
モヤモヤが残っています。
あの消えた靴下は、
どこに行ったのか。
帰ってきたら、
部屋の真ん中に、
何食わぬ顔で、
戻ってきているのではないか。
そんな期待を、
抱きながら、
仕事を終えて、
家に帰りました。
恐る恐る、
部屋のドアを開けました。
電気をつけました。
靴下は、
ありませんでした。
やはり、
戻っていませんでした。
少し、
寂しいような、
気もします。
でも、
ここで、
私は、
ひとつの、
深い真理に気づいたのです。
それは、
「失うことの美学」
ということです。
私たちは、
日々の生活の中で、
たくさんのものを、
手に入れます。
お金、
時間、
人間関係、
そして、
たくさんの靴下。
でも、
手に入れたものは、
いつか、
失うことになります。
永遠に、
手元に留まり続けるものなど、
この世には、
ひとつもないのです。
今回の、
靴下の消失も、
それと同じことなのです。
モノは、
いつか消える。
形あるものは、
いつか壊れる。
そうやって、
世界は、
バランスを保っている。
だから、
靴下が片方なくなったくらいで、
怒ってはいけないのです。
むしろ、
「今までありがとう」
と、
感謝するべきなのかもしれません。
いや、
そこまでは思えません。
やっぱり、
悔しいです。
片方だけの靴下を、
どうすればいいのか。
残された、
右足の靴下を、
どう扱えばいいのか。
捨てるのも、
もったいない。
でも、
もうペアにはならない。
この、
「行き場のない感情」
こそが、
私たちが生きている証拠なのです。
人生とは、
まさに、
「片方だけの靴下を探す旅」
なのかもしれません。
私たちは、
いつも、
何かを探しています。
本当の自分。
生きがい。
幸せ。
そして、
ときどき、
大切な何かを、
見失ってしまいます。
でも、
見失ったからといって、
世界が終わるわけではありません。
新しい靴下を履いて、
また歩き出せばいいのです。
そう、
どんなに絶望的な状況でも、
私たちの足は、
前に進むようにできています。
片方の靴下がなくなっても、
もう片方の足で、
歩いていけるのです。
これは、
非常に、
深いことだと思います。
ただの、
朝のドタバタ劇が、
ここまで大きな話になってしまいました。
でも、
日常の小さな出来事の中にこそ、
宇宙の真理が、
隠されているのです。
明日も、
また何か、
くだらないことが、
起きるかもしれません。
でも、
私は、
それを楽しみにしたいと思います。
なぜなら、
その一つひとつが、
私たちを、
少しだけ成長させてくれるからです。
だからこそ、
日々の生活を、
大切にしなければならない。
そう、
心から、
思うのです。
みなさんも、
もし明日、
靴下が片方消えてしまったら、
怒らないでください。
それは、
別の次元への扉が開いたサインかも、
しれないのですから。
別の次元への扉。
そう聞くと、
少し、
怖くなるかもしれません。
SF映画の話のようにも、
聞こえるでしょう。
でも、
ちょっと待ってください。
私たちは、
毎日、
たくさんの不思議なものに囲まれて、
生きているのです。
たとえば、
冷蔵庫を開けたときのことです。
昨日の夜に入れたはずのプリンが、
きれいに消えている。
犯人は、
だいたい決まっています。
家族の誰か、
あるいは、
自分自身です。
夜中に、
寝ぼけながら食べた記憶が、
すっぽり抜け落ちている。
そんな経験、
ありませんか?
私は、
あります。
何度もあります。
朝になって、
「あれ、プリンがない」
と驚く。
そして、
冷蔵庫の前で、
しばし立ち尽くす。
小さな、
謎の事件です。
では、いったい、
そのプリンは、
どこへ行ってしまったのでしょうか?
もちろん、
物理的には、
私の胃袋の中に、
収まったわけです。
消えたのではなく、
形を変えたのです。
プリンという形から、
エネルギーという形に、
変化したのです。
ここで、
少し、
科学的な話をしましょう。
難しい話ではありません。
ようするに、
『エネルギー保存の法則(ほうそく)』
というものです。
聞いたことが、
あるかもしれません。
この世の中にあるエネルギーは、
増えも減りもしない。
ただ、
形を変えるだけ。
プリンもそうです。
消えたように見えても、
実は、
消えていない。
私たちの体の一部になり、
今日の活動エネルギーに、
なっているのです。
そう考えると、
面白いのではないでしょうか。
目の前から消えたものは、
本当に消えたわけではない。
ただ、
姿かたちを変えて、
別の場所で、
生き続けているのです。
片方の靴下も、
もしかしたら、
そうなのかもしれません。
洗濯機の奥底で、
あるいは、
タンスの隙間で、
別のものに生まれ変わっている。
いや、
もっと大きな視点で、
見てみましょう。
私たちの人生も、
同じです。
失ったもの。
過ぎ去った時間。
もう二度と戻らない、
あの頃の思い出。
すべては、
消えてしまったように、
見えるかもしれません。
でも、
本当に、
消えてしまったのでしょうか?
いいえ、
そうではないのです。
形を変えて、
今の私たちの中に、
しっかりと、
息づいているのです。
子供の頃に見た夕日。
学生時代に聞いた音楽。
大切な人と交わした、
他愛のない会話。
それらはすべて、
今のあなたの、
血肉(けつにく)となっています。
目には見えませんが、
確実に、
そこに存在しているのです。
そう、
私たちは、
失うことで、
得ているのです。
何かを手放すからこそ、
新しいスペースが生まれる。
片方の靴下がなくなるからこそ、
新しい靴下を買う喜びが生まれる。
(まあ、
買いたくない時もありますが)
でも、
そういうことなのです。
人生とは、
失うことの連続であり、
同時に、
発見の連続でもあるのです。
ここで、
少し、
スケールの大きな話をします。
宇宙の話です。
夜空を見上げると、
満天の星が、
輝いています。
星もいつかは、
寿命を迎えます。
燃え尽きて、
ブラックホールになったり、
超新星爆発を起こしたりして、
消えていく。
星の死です。
でも、
星が死んだあと、
そこには何が残るでしょうか。
ちりやガスが飛び散り、
それがまた集まって、
新しい星が生まれるのです。
死と再生。
終わりと始まり。
宇宙のスケールで見ても、
同じことが、
繰り返されているのです。
そう考えると、
私たちの日常の小さな出来事も、
宇宙の営みと、
どこかで繋がっている。
そう言えるのではないでしょうか。
靴下を片方失うことも、
宇宙の大きなリズムの一部なのかもしれません。
少し、
大げさすぎましたか?
でも、
私は本気でそう思っています。
どんなに小さなことにも、
意味がある。
どんなにくだらない日常にも、
深い真理が隠されている。
だからこそ、
目の前の現実を、
面白がりたいのです。
ため息をつく代わりに、
笑ってみる。
怒る代わりに、
観察してみる。
「おや、これはどういうことかな?」
と、
探偵になったつもりで、
日常の謎を解いていく。
そんなふうに生きられたら、
どんなに素敵でしょう。
きっと、
世界の見え方が、
ガラリと変わるはずです。
昨日まで灰色だった景色が、
急に色鮮やかに、
見えてくる。
いつもと同じ通勤路が、
冒険の舞台に、
変わる。
それは、
特別な能力がなくても、
誰にでもできることです。
心の持ち方ひとつで、
いつでも、
どこでも、
始められるのです。
明日、
もし目覚まし時計が鳴らなくて、
大慌てで会社に走ることになったとしても。
コーヒーをこぼして、
お気に入りのシャツが汚れてしまったとしても。
「あ、これは、
新しい物語の始まりだな」
そう思えたら、
もう勝ったようなものです。
ピンチは、
チャンス。
いや、
ピンチは、
最高のエンターテインメントなのです。
人生という名の、
ドラマなのですから。
主役は、
もちろん、
あなたです。
どんな脚本になるかは、
あなたの受け取り方次第です。
悲劇にするも、
コメディにするも、
あなた次第なのです。
だったら、
笑いあり、
涙あり、
そして少しの謎解きがある、
そんな面白い物語にしたいものですね。
さて、
そろそろ、
長いお話もおしまいにしましょう。
今日の話が、
あなたの心に、
何か小さな灯りをともすことができたら、
これほど嬉しいことはありません。
明日も、
何気ない一日が、
始まります。
洗濯機を回して、
コーヒーを飲んで、
靴下を履いて、
出かけましょう。
もしかしたら、
また片方の靴下が、
消えているかもしれません。
でも、
もう慌てませんよね。
あなたは知っているのですから。
それはきっと、
別の次元への扉が開いたサインなのだということを。
だから、
靴下を片方なくしたときは、
少しだけ、
ワクワクしてください。
宇宙の神秘に、
触れたのですから。
それでは、
またどこかで。
お付き合いいただき、
ありがとうございました。