夏休み宿題で嫌だったもの

絶対に科学研究!

今は自由研究になっているようだが、昔は科学研究だった。

これには親も口閉していて、手伝ってくれたことはなかった。


1年生の時は押花をした。農家なので屋敷が広く畑もあり、花がたくさん咲いていた。そこで学校で見たことのある押花をすることにした。

誰にも相談することなく完成品を思い出し、植物がぺちゃんこだったことだけを思い出してやった。

花を摘んでチラシの上に置き、たまたま見つけたブロックをその上に置いた。3日くらいしてからそれをチラシの裏に貼って出した。


2年生の時は月の観察をした。毎日夜になると月がどんな形をしているかノートに書いていった。だが、忘れることがあった。

その時だけは困って父親に相談すると「『今日はお休み』と書いておけ」。父親の問題解決力は凄い。それ以来お休みの日がしばしばあった。

観察するだけで何かに気づくこともなく「やる」ことが大切だった。夏休みが明けて学校へ行くと科学研究をしていない子もいたのだ。


3・4年の時は覚えていないが、この頃から何をしたら良いのか困っていた記憶はある。


5年生になると友達と共同研究をすることにした。みんな困っていた。だから1人よりも2人の方が心強かった。

友達と科学研究の本を買って、それを真似て実験のようなことをやった。結果がどうなろうと本に書いてある通りに画用紙に書いていった。

書いていて一番困ったのは研究の動機。動機なんてないから。

6年生の時も同じように共同研究をした。友達と一緒だと安心できた。親も同じだった。


今考えると、担任からは大した説明も相談もなく、よくやっていたと思う。

科学研究はクラスごとに代表が1組選出され、校内で発表会があった。さらにそこから代表が3組選出され、町の大会に出ていた。

そのために私たちは科学研究をしていたのだろう。そういう時代だった。


今は自由研究だが、孫が1年生になると母親である娘は困っていた。孫は蜂に興味があるのでその研究にしたようだ。

だが、蜂の何を研究したらよいのか、1年生にどこまでできるのか、そんなことは考えるすべもなく、図鑑に書いてあることを写していた。


今も昔もあまり変わらないな。

 

 

 

 

 

同じネタで投稿する

 

他の投稿ネタを確認する