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ペン・ネーム(PenNeimu)のブログ

 本ブログのテーマーは、「政治改革」です。民主・法治主義の世の中を良くも悪くもするは、政治ではないでしょうか。その様々な社会現象や問題点を分析・指摘し、解決策を率直に進言するべく、周辺の方々に出来るだけご迷惑が及ばないように、ペン・ネームと匿名にしました。

大学は出たけど・・・、資格を取ったけど・・・と嘆く失業者が、15~30歳で200万人以上もいるとか。

 

知り合いの弁護士の話だと、年間所得200~250万円クラスがゴロゴロだって。

 

教育の第一義は、立派な社会人の輩出を目指すことにあるのだろうけど。

 

多くの人は、教育を受ける事によって、少しでもいい職業に就き、生活の安定により、幸福な人生を過ごせるのではと。

 

憲法第13条に【すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする】と。

 

憲法第14条には【すべて国民は、法の下に平等であって、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない】とあるんだよね。

 

しかし『公共の福祉に反しない限り』の一文を拡大解釈をして、様々の不平等・弊害を醸し出しているのが現状では。

 

バカ・チョンでも医者の子供が医者になれ、財閥の息子だから社長におさまり、会社の大金をカジノに入れ揚げるのも、教育制度の欠陥が根底にあるんじゃあないかな・・・。

 

上記条文全般を考察してみると、国は国民に対し、せめて、人生のスタートラインの公平を図る責任があるのでは。

 

逸材の青少年を埋もらせないで欲しいなー。

 

社会人としての基本的教育は、原則として3~15歳を男女共学の義務教育期間として、次の如くに。

① 3~6才未満を幼育園

② 6~13才未満を小学校(尚、6~10歳未満を低学年・10才~13才未満を高学年)

③ 13~16才未満を中学校(全寮制)

 

全教育機関は公立のみとする。

 

学用品・学制服等は全部公的貸与になる。

 

給食等は公費で賄われる。

 

授業料・医療費は全額無料とすることに。

 

ナショナリズムの夢想論で、危険な教育論だと言われちゃうだろうね~。

 

教育の機関・内容・方法等ついては、シビリアンコントロールを完全に機能するよう、法制化することが、絶対条件となるだろうけど。

 

勿論、当該教育費用は、全額税金から捻出することになるから、税制も大改革しなくちゃー。

 

義務教育終了後は、即就職するも、専門及び高等の学業に就くのも良しとする。但し、学業費は全額個人負担だけど。

 

同機関は、全て民間が運営することに。

 

企業等が、入社前教育として活用することも有りじゃない。

 

学費は奨学金を、生活は保障金を、起業資金は融資金を、就学者や起業者全員に規定の範囲内で、国が保証することにしたらどうだろう。

 

奨学金の返納は、就業後の本人銀行口座より、所得に応じて自動的に引き落とされるシステムに。

 

義務教育までは国の責任としても、それ以上の学費については、自己責任とすることが、本人にとっても有意義であり、学業に専念する度合いが高い。

 

大学を無償にとゴマスリ政策を振り回しているが、現状より堕落した学生を増やすだけに過ぎない。

 

生活は、総ての国民が権利として有する、生活基本金が支給され、奨学金は無利子で、融資金は有利子だけど、将来収入より割賦返済を履行させることに。

 

不公平な親の援助は、一切禁止することにしないと、公平なスタートが切れないのでは。

 

身障者には程度及び本人の希望に合わせて、就業・生活を可能に。

 

失業者には本人の意思に於いて、公的委託民間事業としての林業・水産業・その他公共事業等に就職を促す等を。

 

日本が沈没しちゃうって。大丈夫!手は考えているよ!

 

此処に記載の内容はほんの一面的概要なんだ。

 

実際にはもっと総合的・立体的な組立をしなければ。

 

具体的に如何に実現し得るかが、一番の問題だよネー。

 

矛盾・半疑に対する詳細な答えは、以下に出しているよ。

 

【超・政治改革(論)】⇒https://tyouseizikaikaku.jimdofree.com/

 

Ⅳ章 『生涯の生活はどうなる』

Ⅴ章 『誰でも生活基本金が』

Ⅵ章 『新しい教育制度に』

Ⅶ章 『年金・医療・介護の行へ』

Ⅷ章 『単純明快な税の在り方』

Ⅸ章 『安定した財政にするには』

をご覧頂ければ、素晴らしい制度であるとご納得を。

 

実現は、支持母体なき本政治理念一致集団が決起すれば、可能だと思うのだが。

「御免で済むなら・・・」とよく耳にしてきたが・・・

 

警察が要るか要らぬかは、事情次第だよネ。

 

情状釈明の余地は、与えるべきじゃーないかな~。

 

「弁解スルナ!」と素気(スゲ)無く吐き捨てる場合もあるだろうけど。

 

時間的余裕がないなら、せめて「後でゆっくりと・・・」位なことは言って欲しいなあー。

 

弁解は、保身的本能が働いて口にするんじゃない?

 

同言葉に本音・本性・真実・事実・矛盾・虚偽等の様々なニュアンスが、含まれているのでは。

 

疎かにすると、知る機会を失っちゃうことにも・・・

 

てな前置きの上で、謝罪と弁解をさせてチョウーダイ。 

 

先ずは「御免なさい」と頭を下げ(><;)まーす。

 

実は、アメブロにコメントや問い合わせを頂いた方々に、何ら返事をしなかったことのお詫びを。

 

次に弁解させてネ。

 

終戦直後のガキの頃「将来政治家になりたい」と言ったら、「政治家を使う人間になれ」とオヤジに言われたんだが。

 

世の中にまみれるにしたがって、どちらもワルでないと務まらないのではと思うようになって、企業・社会教育の道を選んだんヨ。

 

その後50才頃、病に倒れ現役を去り、30年程闘病生活に明け暮れてしまった。

 

数年前、若き獅子が何処の政党・支持母体とも関わり合いをもたず、果敢に政界に挑戦する姿に感化され、鬱々とした政治への思い入れを、人々に伝えたい気持ちに駆られちゃったー。

 

今やネット時代であることを慮って、パソコンを80の手習いで始めたんだ。

 

操作ミスでデーターを消却し、頭の中が真っ白になったことが何回も。

 

今回は、コメントに返信したら「文字化け」しちゃったー。

 

メーカーに問い合わせたら、リカバリーをと。

 

結局は治らず仕舞いよ。

 

それ処か、データーがクチャクチャに。

 

未だに不慣れで、皆さんにご迷惑をお掛けしていて、ゴメンチャイ!! 

 

最初に辛辣な政治体制批判の上に、世の中の在るべき姿を描き、実現の手立てを具体的に詳述した【(全人類に捧ぐ!)超・政治改革(論)】⇒https://tyouseizikaikaku.jimdofree.com/のHPを作成したよ。

 

同HPのⅩⅠ章[憲法の問題点を突く]3節には、・日本国 民衆主義憲法(草案)を記載してます。

 

 各々やれるところから、やろうじゃアッリマせんか?

 

政治は生活そのものではと思ッチョルンだが・・・

 

世の中には、様々な()が。

 

その中の一つとして、誰もが子供の頃から疑問を抱いている、宇宙の(果てな)

 

宇宙の果てに何が。

 

やはり宇宙だと。

 

宇宙の先に宇宙で、その先も宇宙・・・・・・・・・

 

宇宙は、無限にして永遠であり、人は、有限にして短命なり。

 

現在の人の寿命は、生理学的に125才が限界とか。

 

だが近い将来、医学等の進歩により200才以上に延命する時代が。

 

併し、個体としての人は、如何なる科学的効力を駆使しようと、必然的寿命に晒されるが、人類の連鎖には、本能的努力を擁して永遠に挑み続けるであろう・・・。

 

宇宙と人類の相関関係が、消滅することなく持続するとしたら。

 

壮大にして、素晴らしいと思はないか!

 

私達一人々々が、後世に繋がる栄誉を担っているのでは。

 

各々が、高揚に努めなければならないが、適応する環境・社会の改革も。その原動力が、政治では。

 

基盤を培うは、政治家に。如何なる政治家に、如何なる政治を任すのか。

 

政治に関心が有ろうと、有るまいと、政治を忌避する人は、人類の恥辱では?

 

『全人類に捧ぐ!超・政治改革論』⇒ https://tyouseizikaikaku.jimdofree.com/ がお役に立てば。

 

Pen Neimuの世界が拓いています。

 

日本人って涙に脆(モロ)いのかな~。

 

涙を無理やり誘う、親子・家族絡(ガラ)みのTVドラマが、やたら多いと思はない?

 

同絡(カラ)みが、最も短絡的に涙を誘い易いからなんだろうネ。

 

日本のTVドラマ界は、作為的な家族愛や家族の絆のオンパレードだ。

 

無難な視聴率が得られるからなんだろうけど。

 

同種ドラマの愛好者が、沢山存在するから制作・放送するのか、或は仕向けられ洗脳されての結果なのか・・・。

 

根底として、昔から日本人は、諸外国よりも社会的に家族・一族が連帯して家を重んずる家族主義民族だからかな~。

 

併し率直に、同ドラマに辟易(ヘキエキ)しているんだが、他に見る番組も無いし。

 

現実はドライなのにネー。

 

特に連帯感は薄れて来ているんじゃないだろうか。

 

親指と小指の関係が真の親子だって。

 

親は子の方を向いてるけど、子は前を向いてる。

 

指と親子の間柄には、関係ないけどね。

 

親も子に面倒を掛けたくないと遠慮し、別居生活を口にしたり実行したりするが、実・義理の子や孫に気兼ねする位なら、との気持からじゃないかなー。

 

心の底では、親として自分を大事にあの世に送ってくれるんだったら、一人じゃ寂しいし不都合だから家族と一緒に過ごしたいと、望み・願っているのでは・・・。

 

勿論、家族の居ない人や元々家族関係が崩壊しているケースは、除外してだが。

 

子供等は子供等で、親・祖父母等の柵(シガラミ)で仕方なく面倒を見なければとの負担を。

 

挙句は、手間暇掛かって仕事や生活上差支えるから、親を施設に送り込むことに。

 

何につけても本音は、親の財産・遺産が狙いだったりして。

 

勿論、一銭もないどころか、借金ばっかりというケースも。

 

親が子を愛(イト)しく、子が親を心から慕うは、子が生まれたチョイの間よ。

 

実の子より、孫の方を。孫も実の親より、祖父母をと家族間三角関係が出来ちゃったりして。いや~な雰囲気・絆が生ずる場合も有りじゃない。

 

小学高学年頃から独立心が芽生え、家族間に隔たりが・・・。

 

まー摂理としても、以上のような家族関係が粗筋(アラスジ)では。

 

親も社会も子を立派な人間に育成・成長を促(ウナガ)すは、生産者としての義務であり責任でもあるのじゃないかと。

 

早い時期、親離れ子離れを果たし、社会に送り出すのが世の定めに成っているのとちゃう?

 

哲学的に言えば、元々人は、自然界の力で生まれ・育ち、自然界に戻って行くんだと思うのだが・・・。

 

根っ子の処では、人間同士繋がっているのだよネ。

 

だけど「世界は一つ、人類は皆兄弟だ!」とするから、兄弟喧嘩をするんだ。

 

家族・身内の絆を疎(オロソ)かにしてもいいと云う訳でもないのだが、忘れがちな社会・人類・自然との絆を大切にし、その恩恵に報(ムク)いることを尊重する精神の涵養(カンヨウ)をしなければならないとの思いなんだが。ちょっと恰好(カッコウ)付けちゃったかな。

 

だが現実的には、人間は一人一人が独立した生き物であるから、実現は、厄介ではないかな~。

 

論点が余りにも大き過ぎて、容易に受け入れ難いし、通常人は身近なこと・目の前のことしか考えられないし考えていない、と叱られちゃうだろうなあー。

 

併し否応(イヤオウ)なしに、核家族化は益々進み、親子・家族の絆は、細く細くなって行くんじゃない?

 

時代に順応した人間関係・教育を考慮しなければならないでしょうね。

 

実際にどうするかって。

 

https://tyouseizikaikaku.jimdofree.com/の「(全人類に捧ぐ!)超・政治改革(論) Ⅵ章「新しい教育制度に」とⅩⅦ章「様々な人間関係を分析」に、総合的・具体的記載を。

 

 

配偶者控除額を130万円にするとか、150万円にするとか。

 

現状より高くするとか、廃止するとか。

 

色々世間を騒がせているようだが。

 

貴方はどっち?

 

私は廃止

 

そもそも、103万円の壁の根拠自体が、不明瞭だと思わない。

 

夫が対象者になる場合は?

 

男女平等を目指しているのに。

 

何かと線引きする事は不平等の元だよね。

 

所得の累進課税も、偏見的壁だと思わないかい?。

 

税金は、消費税を進化させた取引税一本で支障ないよ。

 

税制を意図的に複雑にして、国民に理があるように見せかけ、目晦ましを欠けている事知ってた? 

 

税と低所得者対策は別にしないと。

 

「そんな公平な税制や充実した社会保障の財政を簡単に改革する事は、出来る訳ネーダロウ!」と思われる方が、大勢いらしゃるでしょう。

 

【超・政治改革論】⇒https://tyouseizikaikaku.jimdofree.com/Ⅷ章『単純明快な税の在り方』Ⅴ章『誰でも生活基本金が』を見たらスッキリするよ。

天職に就いている人・見付けた人・これからの人・嫌々ながらの人。

 

人も色々・・・♪人生も色々♪

 

この際、憧れの天職について考えてみない?

 

天職とは、天から授かった真正にして、生まれながらの性質に合った職業』(現代国語例解辞典要約)だって。

 

天から授かったって事は、自分の意思ではなく、自然に与えられたって事では。

 

だけど現実は、自分の意思と関係なく、現職に就かざるを得ない、或は就いて居ざるを得ず悶々と身を委ねているケースってのが、殆んどでしょうね。

 

唯、性質に合ってるか、合ってないかは、主観を無視できないんじゃー。

 

「性質は生まれつきで変わらない」と多くの人が信じているようだけど、環境・刺激・覚悟等により変えることが出来ることを悟るか、否かに。

 

悟りを開くと、職業意識も変わるよ!

 

最も重要なことは、現職に対し好きか、嫌いかが、決め手になると思うのだが。

 

時には、自己暗示を要して、好きになることも。

 

全くその気になれない時は、転職せざる得ないだろうが。

 

常習的に自分を甘やかしているとすれば、どの道に進んでも落伍者となるだろうなー。

 

ウジ虫人間で生涯を。

 

「それも又良し」とするのも、それはそれでいいのかも・・・

 

一般的・基本的に言えば「好きこそものの、上手なり」の喩ではないが、好いて仕事をしている内に、自分の適職として順応が。

 

最初は好きでも、嫌いになることも。その逆も。

 

正にケース・バイ・ケース。

 

殆どの人が、都度色々なケースに遭遇するし、している。

 

究極的には、自分が職に合わせる=適職となるんじゃないかナー。

 

そして適職=天職だと思うよ。

 

現職を天職と思うかどうかなんだが。自分が大なり小なり納得づくの職=天職or準天職ってことになるのでは。

 

準天職は、時の流れの中で、限りなく天職としての強い自信が。

 

因みに、真正な職業って何だと思う?

 

【正】に対する反意語は、【不正】ってことだよね。

 

真面目に働くか、不真面目に働くかによって正にも不正にも。

 

裁判官も警察官も先生も坊主もワルが多いよね。

 

聖職=真正な職業だなんってトンデモナイ! 

 

大衆は職業や肩書に騙されているのでは。

 

彼等の不正話は絶えないよ~。

 

結局の処、自分の現職に惚れ、真面目に務めていることが真正なる適職になると思うよ。

 

だが反社会的職業は、社会的に容認されてないことは、常識だよね。

 

だから、オレ・オレ詐欺の仕事に惚れ、真面目に務めてるから、真正な職に就いているなんて、バカなことは・・・。

 

多くの庶民は、職に有り付くことすら難しい現状だが、ノウノウと天職?についている人が、存在しているよね。

 

生まれながらにして、雲上の職が決まっている人達って、一般庶民からすると僻んじゃうね。

 

スタートラインからハンディーがついてる天皇・財閥等は別世界の人なんだろうけど。別のブログ『公平なスタート』に。

 

尚、職業=職場の関係にあることは、無視できないと思うのだが

 

つまり折角の天職も職場の人間関係(下記URLの【超・政治改革論】ⅩⅦ章11節『組織内の人間関係』参照)に左右されるってことに。

 

嫌な奴とも上手く付き合っていくのも修行・仕事の内だと。

 

堪忍宝で・辛抱お金・短気は損気よ・堪忍・堪忍」って昔から言い伝えが。

 

それも含めて、天職となって成育するのでは。

 

               https://tyouseizikaikaku.jimdofree.com/

髪型とか、頭の骨格の良し悪しじゃないよ。

 

外見じゃなく中身のこと。

 

と言えば、東大生や同OBを想像するかなあ。

 

併し中には「僕か~東大よ!」と自尊心を漂わせる、人間的にイマイチって人が居るよネ。

 

恥ずかしながら、身内に何人かいるんだけど。

 

「東大」と聞くと、水戸黄門の印籠を見せ付けられたように、一目置く傾向が、社会的習性としてあるんじゃーない?

 

そう感じるのは、私だけかなー。

 

「お前ガ僻みっぽいからだ」と揶揄されちゃうよネ。

 

その他、医師、高級官僚、議員等々の社会的地位の高いとされているような人達の中にも、鼻につく人が大勢見かけるのだが。

 

一般的には、記憶力・判断力が優れていると思う人に対する、賛辞として「イイ頭してるじゃん!」とか「アッタマ・イイ!」って、よく耳にするよね。

 

その部分だけ頭(脳)の働きが、客観的に他の人に比べてイイだけのことに過ぎないと思うよ。

 

だけどそれ以外に、運動能力に優れた人・手先の器用な人・歌の上手い人・上手に絵が画ける人・美味しく料理を作る人・・・等々の如く特異能力が、他の人と比較して秀でている人って、沢山いるのでは。

 

強いて言えば、大方の人が一つや二つ特別な能力をもっているのではないかなあー。

 

科学的に、能力は脳の働きが発信源かと。

 

同能力は、その部分の脳つまり頭が、イイってことに。

 

とすれば大方の人は、その道の東大生か東大卒ってことになるんじゃない。

 

だからって、そっくり返って川に落ちるなよ!

 

威張る奴は、意識の有無は別としても、中身(本当の能力)が無い証ではないかと。

 

或は意図的に優秀な能力を誇示すること自体、余り褒められた人柄とは言えないのじゃなかろうか。

 

突き詰めれば性質も能力も、所詮は頭脳に係わることに。

 

人の中身・人格・品性等も、頭の良し悪しが関与 していると思うよ。

 

勿論、DNAが深く関与している事は否定出来ないだろうけど。

 

究極的には、先天的或は後天的な性格と能力に大別されるのでは。

 

私見では、前者も可能の範囲に於いて変化すると。

 

だからどんな人間でも限りがあるにせよ、性格と能力を、環境・刺激・努力・教育・体験・時間等の条件に影響されて改造が出来るのでは。

 

「体質だから」とか「性質だから」ってのは、単なる言い逃れに過ぎないと思うよ。

 

可能性を信じ、人間革命に挑戦し・させることが。

 

より優良な脳を育成し、潜在的な分も含めて、その脳力を個々に或は全体的に、引き出し・引き出させるかが重要課題に。

 

だから、結婚・出産を伴う優生保護や教育の問題は、避けて通れないとチャウ。

 

じゃあ、それらを解決する為に、制限出産付き結婚制度や教師指導を含めた教育制度全般等を政治改革する事が必要に。

 

人間改革は政治改革だ!!

 

『(全人類に捧ぐ!)超・政治改革(論)』⇒https://tyouseizikaikaku.jimdofree.com/のⅢ章3節に結婚制度、Ⅵ章1~5節に教育制度の具体的改正内容を載せてるよ。

 

憲法第14条に「すべて国民は、法の下に平等である」と、人権の保障がされているよネ。

 

各々の脳力を伸ばす、教育の機会均等制度を充実させることにより、それぞれの人が、その道の東大生?に育成することが出来るのでは・・・

 

何れにせよ、各種有能な人間を輩出することは、本人のみならず、多岐にわたって有意義なことではないか!

旗にも色々。

 

政党の旗ってどんな旗。

 

政党毎に一本なら判り易いのにねー

 

ブランドが高い程、数が多いネ。

 

柄も色々、色も色々。

 

他党と同じような旗も混じっているし。

 

どの旗が本物か、見分けがつかんよ。

 

旗を掲げているのか、振り廻しているだけなのか、ハタ又旗にぶら下っているのか。

 

折れたらと願うのだが、竹竿の先にでも付けているのかね。シナリがいいね。

 

旗には相当の御利益が。

 

「百旗百様」と嘯(ウソブ)き、「沢山在って何故悪い」と開き直っているのかも。

 

全くもって旗迷惑。

 

どれか一本に決めてよ。決めるべきだよ。

 

各政党とも、自党お墨付きの憲法を唯一の党旗としなきゃあ。

 

現行憲法を堅守する党以外は、改正条文を明確にすべきだし、新憲法に改変なら全条文を明示すべきでは。

 

爾来、寝ては夢起きては現(ウツツ)幻で、憲法を真(マッコト)選挙の争点にしたことは無いんじゃあないか。

 

全政党が支持母体の顔色を窺い、選挙を思い計って、避けて来たと思うんだが。

 

本来、各政党が掲げる憲法旗の下で、様々な法律に対する議論闘争が行われるべきじゃないかな。

 

枝葉末節より本家本元を事前に明示しなきゃー。

 

先ず、各政党は自前の憲法改革の旗を!。

 

【(全人類に捧ぐ!)超・政治改革(論)】⇒https://tyouseizikaikaku.jimdofree.com/のⅩⅠ章『憲法の問題点を突く』の3節に、合理的で簡潔な「新・日本国 民衆主義憲法」の旗を掲揚しちょるんだが・・・

 

 

第二次世界大戦後の昭和30年代頃「デモ・シカ先生」が流行語になった時代が。

 

先生デモなろうか。先生シカなれないか。ってなことで先生になった先公を、揶揄した語とか。

 

教育が退廃的になった所為を、先生方と見下した呼称として、使われたようだ。 

 

当時は、民間企業の方が高給だったが、就職難で仕方なく、特に小・中学校の先生になった人が、大勢居たことは確かだったよ。

 

戦前は、師範学校を卒業しないと、同校らの先生に成れなっかたんだが、戦後は、当該資格者不足もあって、代用教員が多く採用された時代が、暫く続いたんだよね。

 

民主化による労働組合(日教組)の下(モト)に、能力も無いのに権利ばかり主張する先生が増えちゃった。

 

実は「デモ・シカ先生」の陰に隠れて「デモ・シカ役人(公務員)」の方が多数居たんだが。

 

戦後の復興期には、戦死を免れ公務に復職した人が、比較的に多かったようだ。

 

他業に比し薄給でありながら、当初の役人は不満を口にせず、粉骨砕身日本の為に働いてくれたなー。

 

併し、デモ・シカ先生に教育された人達が公務員として増えだしてから、全国的に、役所の中に利己虫が繁殖しちゃったんだよなー。

 

そして、年々歳々、社会全体に自己中心型人間が多くなったのじゃーない?

 

だからと言って、ナショナリズムを良しとしていないので、誤解しないでネ。

 

日本が経済成長をするにつれ、様々な理屈を付けて、俸給を民間並み(中小企業を基準)に上げる傍ら、「遅れず・休まず・働かず」のモットーだけは大切にする役人天国に。

 

そして、世間が疎む程、最も安定した大企業並みの高給鳥に進化しちゃった!

 

国家公務員の給与を100としてのラスパイレス指数が、地方公務員が余りにも高すぎると社会問題に発展したことにより、地方公務員給与はやや下降気味になり、行政サービスはかなり改善されてきているようだが、自分らの保護システムのガードは、固くエスカレートしてるけどね。

 

さて、公的作業員等を除く総公務員(議員も含む)の俸給・報酬が、高いか・安いか?

 

一般的には中小企業に比し、バカ高だが、年功制度の恩恵で大企業並みか、職務内容と比較すると公務員の方が優遇されているのだろうネ。

 

ただ、「俺の考えとチャウなー!」

 

モット高くしてやっていいじゃない。而も日本一の会社(規定要)並に。

 

公務員は社会の要よ。

 

但し、高度な資格・定期的試験及び査定の成績を公開の上採用される。職務範囲も程度の高い公務に限られる。超エリートしか役人に成れない。現場の職員(吏員)は、別途の採用規定による。

 

人事権は担当議員が全責任を負う。

 

優秀・有能な公務員の集合体に。

 

その為には、現職員の扱いや議員・議会の在り方等々を以下のURLの如く改める必要が。

 

https://tyouseizikaikaku.jimdofree.com/⇒【(全人類に捧ぐ!)超・政治改革(論)】 ⅩⅢ章の『変貌する公務員制度』を見て下さい。

 

“犯罪とは罪を犯すこと”だって子供でも知っているよね。

 併し‘罪’って何なんだろう?

 

現代国語例解辞典によれば、「法律・道徳・習慣など社会生活の規範に成る法則に背反する事」と書いてあるんだけど。

 

我が国は法治国家だから【社会秩序の維持をする為に、法律違反者を犯罪者と特定】とするのは、当たり前だよねー。

 

現存の法規で実際に活用されている各関係別法令の本数は、約600本以上とか。

 

法律が一本成立するごとに、その運用等に莫大な経費が掛かっている事は、言わずもがなだよね。

 

ひいては其処に、ゴキブリやネズミがたかり、不正=犯罪が蔓延。

 

罰則規定が有る法律、無い法律と様々だが、概して公職に係る罰則は、一般的に無いみたい。有っても寛大になってるし、一般国民より条文上は厳格に表記されているけど、実際の罰則適用に当っては、かなり手心が加えられているんじゃないかなー。

 

それはさておき、法律により犯罪も色々・判決も色々に色分けされている事は、ご存じの通りなんだが。

 

其処に担当部署を異にした縦割り組織を生み、縄張り意識を醸し出し、処罰差別を招いてるのでは。

 

法の目を潜って犯罪の色を複雑・多様化する理由は、政財界や法曹界等の利権が絡んでると思うんだが。

 

結果、犯罪の無限的拡大と無駄な公費の肥大化に歯止めがかからないのだよネ。

 

じゃあどうしたら犯罪の激滅と公費の削減が?

 

中国の漢の高祖が制定したとする「法三章」の精神を尊重し、法令を簡略化する事が、肝心要(カンジンカナメ)じゃないじゃろかい。

 

法三章では殺人・傷害・盗みだけを処罰するだけでとしているが、虚偽を最悪とすべきではと、思っちょるんよ。

 

「嘘は泥棒の始まり」でなく「嘘は犯罪の因(モト)」を大原則として、人間の全ての行為に対処することが。

 

全事件に関係する供述者から、「はい」・「いいえ」・「知(解)りません」程度の単純明快な供述書を採る。

 

虚偽供述は重罪(死刑もあり)となることを告知・確認・承諾・録音・ビデオ等を証拠とした上で、義務として供述書の提出を求め、同証拠に基づく裏どりで事実を固めるのだが、ドラマの中のハナシじゃないよ。

 

裏どりが出来ない事案については、時効なしの保留とするのだが、前提として全事件無時効に。

 

虚偽が明確になった段階で、供述者や被疑者は、罪状により刑罰を科せられることに。

 

総合的に事件を受け付け、全事件及び判決は,私情を挟む余地のない迅速で正確なコンピューターで、処理・処分するってーこと。

 

その為には、人的裁量の余地を最大限排除することに。

 

バラバラの三審から一審制度に改革するのだが。

 

つまり、犯罪・処罰の一体化をする。

 

そして、犯罪は犯罪として一体的に対応し、処分は処分として一体的に対処することに。

 

犯罪は須く犯罪であって、犯罪の一色化として捉える事の方が合理的であると思うのだ。

 

要するに処分機構の一本化と適正化を図るんだが、判って頂けるかナー。
 

それに伴う総合的・多角的施策が必要なのは、当然だよね。

 

具体的・詳細は、https://tyouseizikaikaku.jimdofree.com/の【(全人類に捧ぐ!)超・政治改革(論)】 ⅩⅣ章『合理的に犯罪の処罰を』に。 

 

同Ⅷ章3節には、電子マネー化を、そして同章4節には、現行の全税目は基本的に取引税一本に集約にする事としているので、窃盗・贈収賄・脱税等金銭に係る犯罪はほとんど皆無となり、大幅に犯罪件数は減少しちゃうことを折り込み済みとしているのだが。 

 

尚、最初の部分に記した【】内の犯罪の特定事項については『法律違反の特定範囲は拡大して適用する』と新憲法⇒同ⅩⅠ章第3節【新・日本国憲法草案】 の条文に謳っているのだけれど。 

 

荒唐無稽稽な政策で、ご納得し難いかも知れませんが、既成概念に捉われず、合理的・俯瞰的にご理解の程を。

 

犯罪撲滅の為の政策だが、極端に犯罪が激減すれば、公費の節約が大なることは、否定し難いのでは。

 

実現性についての判断・批評は、全文を精読した後にして欲しいんだが。