ペン・ネーム(PenNeimu)のブログ

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 本ブログのテーマーは、「政治改革」です。民主・法治主義の世の中を良くも悪くもするは、政治ではないでしょうか。その様々な社会現象や問題点を分析・指摘し、解決策を率直に進言するべく、周辺の方々に出来るだけご迷惑が及ばないように、ペン・ネームと匿名にしました。

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本草案は、

① 目から鱗が落ちる→即理解容易の意。
② 新・日本国→新生・日本国の意。
③ 民衆→被支配階級の意。
④ 原点思考法(命名)→物事の真髄=本質=原点を明確に定め、それを起点として問題解決する手段の意。

 を基調に、現社会の既成概念に捉われず、現実に立脚した明瞭簡潔な憲法として、創作した積りだが・・・。

支持母体を持たない、政治理念の一致した政治集団なら、実行・実現の可能性が、非常に高いのでは・・・。

万一、本草案に難解・疑問・反論等を抱かれたら、何卒原点思考法を用いて作成した、本草案の原文である、https://tyouseizikaikaku.jimdofree.com/⇒【全人類に捧ぐ!超・政治改革論】をご覧頂ければ、必ず解答が得られるかと。

 

           新日本国・民衆憲法 [草案]

   前  文
日本国憲法は、わが国最高の法規である。

              第一章 主義
第1条 わが国は、真正民主(民衆)主義である。
第2条 わが国は、法治主義である。
第3条 わが国は、人類主義に基づく、平和主義である。
*2項 わが国は、永久に戦争を放棄し、戦力を保持しない。但し、正当防衛権及び正当防衛力 は、国際法にも違反しない。
*3項 わが国は、世界平和統一国家を目指す。
              第二章 基本的人権
第4条 わが国民は、別に定める日本国籍を有する者とする。
第5条 わが国民は、社会秩序の範囲で自由である。但し、定められた義務の履行を果たさなければならない。
第6条 わが国民は、法で定める権利を有するが、乱用してはならない。
第7条 わが国民は、個人として尊重される。但し、自己責任を有する。
*2項 人種、信条、性別、社会的身分、門地により差別されない。 

             第三章 基本的原則
第8条 わが国は、自由と平等を尊重し、中間主義(資本・社会主義)社会にする。
第9条 わが国は、少数精鋭社会にする。尚、尊厳死を法規に基づき認定する。
第10条 わが国は、無駄を排除する。
第11条 わが国は、コンピューター社会にする。
第12条 わが国は、電子マネー並びに電子情報を用途に合わせたカードシステム社会にする。
第13条 わが国は、国籍を有する私人及び法人を総番号制並びにオールパスワード等システム社会にする。
第14条 わが国民は、国が定めるDNAや血液型や指紋等の個体識別情報を、国に提出する義務がある。

              第四章 年齢
第15条 原則として、以下の項の如く年齢等別に呼称し、法令を適用する。
*2項 1才未満を乳児とする。
*3項 満1才以上3才未満を幼児とする。             
*4項 満3才以上16才未満を児童とする。尚、3才以上6歳未満を未少年とし、6才以上16才未満を少年とする。
*5項 義務教育終了証明書及び準成人講習受講済証明書を取得した、満16才以上20才未満を準成人(青年)とする。

*6項 5項の両証明書を取得し、成人講習受講済証明書を取得した、満20才以上を成人(成年)とする。

              第五章 義務教育
第16条 児童は、規定に従って、義務教育無料で受ける。  
*2項 義務教育は、児童を職業人・社会人に育成するために行う。

              第六章 生活基本金
第17条 準成人以上に一定の生活基本金が、規定範囲内で支給される。

              第七章 奨学金
第18条 準成人以上に一定の奨学金が、規定範囲内で貸与される。

              第八章 結婚・出産
第19条 双方が、成人で義務教育終了証明書・準成人及び成人講習受講済証明書・結婚(成親)講習受講済証明書を添付した婚姻届が、所定の役所で受理されれば、結婚できる。
*2項 出産に際し、結婚証明書を必要とする。
*3項 優良胎児の公式認定を受け出産した場合は、当該費用は無料とする。尚、優良胎児認定懐妊者の出産・育児(3才未満)必要期間後の復職は、保証される。
*4項 上項胎児の生涯医療及び介護は無料とする。

               第九章 医療・介護
第20条 医療・介護保険料の徴収はしない。            
*2項 医療・介護料は、規定範囲で無料とする。但し、暫定期間は、規制に准じ有料となる 

              第十章 起業資金
第21条 成人以上に規定範囲で貸与される。

              第十一章 年金及び定年
第22条 年金制度は廃止する。但し、既存支給者は規定に則し継続支給とする。
*2項 未支給者の掛け金分については、規定に従って清算する。法定利息を加算する。
*3項 全労働者に定年はないが、企業経営者を除き、5年ごとに規定の審査テストが求められる。

              第十二章 法人
第23条 全法人(全事業主体)及び絶対的非営利を除く団体・組合等()は、合資会社となり、年期毎に所定の書類を提出する。

              第十三章 税
第24条 課税種目は、取引税のみとし、原則全取引に、一定率の取引税を原則取引時に、双方から徴収する。尚、双方に取引明細書が発行される。

              第十四章 相続

第25条 私人の相続は、婚姻相手のみとし、相続人不在の場合は、持ち株は当該法人に帰属返納し、その他は国庫に納付する。

              第十五章 贈与・寄付
第26条 贈与は規定範囲外は禁止する。                         

*2項 寄付は一切禁止する。

              第十六章 留保金
第27条 規定範囲外の法人の留保金等は、国庫に納付する。

              第十七章 ギャンブル
第28条 投機を含め全部禁止する。   
              第十八章 分権
第29条 国・広域・地域の三域に分権する。            
*2項 但し、権限の優先順位は、国・広域・地域の準となる。
              第十九章 議会
第30条 三域(権)の各行政機関毎規定範囲の行政全般の最上位に、議会を設ける。      
*2項 総議員数は、約20名とし、男女半々を原則とする。
*3項 各議員は、各行政分野担当の最高責任者となる。
*4項 議長1名を議会で互選とするが、総議員の三分の二以上の賛成を要する。
*5項 全議案の可決は、総議員の三分の二以上の賛成を要する。             

*6項 原則議会は、公開とする。                    
*7項 合議制による連帯責任とする。従って、議長は代表権を有しない。用向きに合わせて担当者を選任する。                
              第二十章 議員
第31条 議員は、25才以上で、議員国家資格を有し、規定の選挙に当選を要する。
*2項 議員の選挙活動は、一切禁止する。選挙委員会の公平な選挙を行う。
*3項 政党等の結成は禁止する。                    
*4項 議員報酬は、別途規定により、選任区域内の最大級企業の社長並みとする。

              第二十一章 選挙・リコール・国民(住民)投票
第32条 準成人以上は、必ず規定の投票をする。
*2項 立候補者を特定的に投票するよう示唆等をした者は、重罪(最高死刑)とする。
*3項 議員立候補者は、立候補資格を有すること。
*4項 国民も、規定に従って、議案発議が可能とし、議会・議員のリコールができる。同様に、国民(住民)投票の動議もできる。
              第二十二章 処罰
第33条 全処罰容(被)疑者及び証人の供述を証拠とし、裏付け結果に基づき、コンピューターにより判決する。尚、嘘は犯罪の因(モト)として、虚偽の供述者は、重罪(最高死刑)とする。
*2項 本章にかかわる法規は、広義に適用する。          
*3項 上項法規に関連する犯罪行為は、当該罰則と照合して処分する。  

              第二十三章 条約・国際法規 
第34条 わが国が締結した条約及び確立された国際法規は、遵守する。 
              第二十四章 憲法改正
第35条 五年ごとの国会議員選挙時に国民投票をし、有権者の半数以上の賛成を以って、該当条文改正の動議となし、議会の三分の二以上の賛成で制定する。


【付記】
みんなでインターネット上に、憲法・政治改革の波紋の輪を広げ、平和で素晴しい日本・世界を創ろうではありませんか? 

2025年、6ヵ月限定の大阪万博を大阪府市共催で開催予定とか。

 

諸外国共催による、世界が目を見張る最大級の「近未来の社会と生活」のテーマーパーク&ドリームプレイランドを設置し、併設としてホテル・会議場・展示場等を、防災面に配慮した統合的恒久施設をつくるとか。

 

各パビリオン等は、関係国或は関係企業が、独立採算制として負担・建設して貰う。従って、総合エリアの入場料は府市が、各施設の入場料は、個別に取得することに。

 

世界の老若男女が楽しめ、教育的な場所となり、又、商業的(業者間取引を含む)場所とする。

 

懸賞金付きアイデアを一般募集することがベストだが。

 

何が何でもカジノをやりたいなら、直接大阪市府民の賛否(直接住民投票)を問わないと。


先般の地方統一選挙と都構想の住民投票には、大阪維新の会は同IR開設を明確に掲げなかったんだよね。何でかナー!


維新の会も全国区として定着しつつあるのに、矛盾する政策推進により、市府民のみならず、全国民の不信感を煽り、反支持者を増やさない方がいいのでは。維新の威信を失う事に。


過日の朝日新聞と朝日放送(ABC)が実施した大阪府民調査によると、IR誘致賛成派が31%で、反対が60%だって。


社会福祉費をカバーするとの名目で、外国人投資家にカジノを建設・運営させ、外国人旅行者に金を使わし、公金として上納させるんだ。


相当の大金が裏金を含め動き回ることに成るんだろうけど。実際は何処に消えるか判らないよね。胡散臭い事業だ。


それに海沿いの場所だから自然災害対策も大変だよ。関西電力の市所有株(約850億円)を当て込んでいるのか知れないが。もっと健全で最少の防災費に抑える事業があると思わない。


懸賞金付きでアイデアを一般募集したら。


関西の経済発展と肥大化する社会保障費捻出の為に、IR 施設を建設することは、府・市議会と関西経済界の一致が得られれば可能だ、と同市長は条件付きで主張していたのだが?


一致とは、三者が賛成に合意するって事だよね。それよりも市民の賛成を得る方が重要じゃあない。

大阪都構想は、大阪市の住民投票で否決されちゃたんだし。 IRは、関西経済界も賛否バラバラの状態なんだよね。而も女性層に総スカンをくってる状態なのに・・・


シンガポールのカジノを中心に会議場・展示場・劇場・ホテル等のIRをモデルに、推進しようとしているみたいだけど。


大勢の集客施設として、海岸沿は棄権すぎるんじゃないかなー。


賭博の胴元には、賭け金の25%のてら銭が確実に入るとか。形振り構わず、胴元に成りたがる筈だネー。


今話題になっているのは、カジノ。

 

IR建設に約5000億円以上掛かるんだって。府市と財界だけでは賄えない金額だから、カジノの胴元に融資を縋るんだって。彼等に頭が上がらない関係になっちゃうのだ。闇の世界と更に強い癒着が。

 

大阪湾の空き地利用は、大阪市所有の関西電力株の売却金約860億円を原資として、他の健全な施策を考えたら。


前々から提案しているのだが、大阪万博を参考に、メーンは、諸外国共催による世界が目を見張る最大級の「近未来の社会と生活」のテーマーパーク&ドリームプレイランド等恒久施設をつくるとか。防災面に問題はあるが。


勿論、開拓費は電力株の売却金を原資にするが、各パビリオンは同国或は関係企業が独立採算制として負担・建設して貰う。従って各入場料は取得可としたらいいんじゃないかなー。


当関係職員?が、イタリアのミラノへの「万博」見学は、“夢よ・いま一度!”としているが・・・。


何が何でもカジノをやりたいなら、直接大阪市民の賛成は得ないと。因みに兵庫県知事は、明確に反意を公表してるよね。


今年春の地方統一選挙と都構想の住民投票には、維新の会は同IR開設を明確に掲げなかったんだよね。何でかナー!


博打と教育は相反するイデオロギーだから、矛盾する政策を払拭して、不信感による反支持者をつくらないよう願い度いと思うのだが・・・。


年寄りの老婆心として、維新の威信に懸けてでもカジノを開帳する、と言わないほうが・・・

 

総じて首長の資質を疑いたくなるよネー。


https://tyouseizikaikaku.jimdofree.com/【全人類に捧ぐ!超・政治改革論】のⅩ章2節『ギャンブルの禁止』を見て頂けたら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

昔西部劇映画で、人を撃ち殺した後に教会へ行き、牧師に懺悔し、牧師から「貴方の罪は神に赦されました。アーメン」と告げられ、去って行く場面が記憶にあるんだけど。

 

神に懺悔をしたら、なーんでもオーケーの時代が在ったみたいだネ。

 

今はそんな時代じゃあないことは、誰しも承知。

 

法治国家に於いては、何人も犯罪を犯せば、法律によって裁かれることになってはいるんだが・・・

 

裏向きでは、金や権力がアーメンに最も効果ありの筋書きになっているとか。

 

だからTVドラマのラストには、「このドラマはフィクションです」と弁解を。

 

そもそも、犯罪の取り締まりを徹底にするんだったら、アーメン(カネや権力等)が通用しないよう、キビシク・キビシクしないと、犯罪撲滅は掛け声だけに終っちゃうのでは。

 

勿論、その筋と結託している連中らが、猛反対する筋書きは、誰しもがヨメヨメだがネ。

 

だから、同犯罪を壊滅することは、非常に困難を極めるとは思うのだが。

 

挑戦する前に降参するってのも、大人気ないじゃーなかろうかい。

 

何時も不公平な司法界だと思うよ。フアンに怒られちゃうかなあー。


犯罪者に対して「罪を憎んで人を憎まず」って台詞をよく用ちうるよね。罪が悪くて、人は悪くないって聞こえるんだけど。まさか透明人間の仕業???

 

やっぱり人が、罪を犯したんだよねえー。

 

やたら「人権尊重→弱者救済」と言う風潮が浸透しているようだけど、必ずしも犯罪者=弱者ではないと思うよ。

 

いくら金の世の中かしれないが、金さえ積んだら保釈ってのは、金の無い者からすれば、不公平ではなかなー。

 

但し、儲かる容疑者に対しては、弁護士会が融通しているみたい。

 

そもそも保釈制度自体が、犯罪者に対して過保護過ぎるんじゃないかなあー。

 

弁護士と検事と裁判官は同じ穴の貉だから、適当に取り計らっているとか。

 

じゃあ如何に対処すべきか?

 

既成概念や固定観念に捉われることなく、総合的・多角的・俯瞰的に考えないと・・・。

 

https://tyouseizikaikaku.jimdofree.com/⇒【全人類に捧ぐ!超・政治改革論】のⅩⅣ章『合理的に犯罪の処罰を』に、全ての犯罪を迅速・的確・公正に対処する方策が。

 

安心安全な社会の実現は、夢ではないじゃないかね。

 

支持母体なき政治理念一致集団なら必ず実現が!

 


                  

 

人には人の道があ~る♪

 

豚には豚の道があ~る♪

 

黒豚は普通の豚の5倍?程美味しいんだって、鹿児島の某養豚業者の受け売りよ。

 

当業者曰く、黒豚に対して「大きくなれよ!美味くなれよ!それがお前の生きる道!」と唱えて育てているそうだ。

 

「天職に徹している人は、心掛けがちゃうなー」と思う反面、豚に変に同情しちゃったりして。

 

だけど、恥ずかしながら豚食べてるよ。

 

豚だけじゃなく、人の食糧に成っている物すべてが、人に喰われる宿命=道を、歩まされているんじゃないかなー。

 

もっと正確に言えば、地球の全てが人の為に存在している、と仏教思想に関係なく思っているんだけど。

 

私達人類は、地球の頂点にある事を強く自覚し、全てに謙虚となり、慈愛を懐き、地球の維持・発展に全責任を持ち、地球全体に貢献しなきゃーってなことは耳にタコ。

 

それが人の道ってみんな判っちゃいるけど、それ処じゃないんだ

 

人間同士いがみ合い、騙し合い、争い合い、殺し合うって愚かな行為を無くさなければ、豚さんが涙を零すんじゃないかな~と思って。

 

要するに、人間関係・人間教育を如何にすべきかってことに・・・。

 

だけどお座なりに出来るこっちゃあないよネー。

 

当然政治改革によって、社会全体の仕組を変えなければ。

 

どう社会を変えるかは、https://tyouseizikaikaku.jimdofree.com/をクイックして【全人類に捧ぐ!超・政治改革論】全文に。

 

どう人間教育をするかは、同論のⅥ『新しい教育制度に』の章に。

 

どう人間関係にするかは、同論のⅩⅦ章「様々な人間関係を分析」に具体的に出ているヨー。

 

 

標題の言葉を、よく目や耳にするよね。

 

色々な意味があって、様々に使われているみたいだが。

 

基本的な意味合いとしては、『相互に得する良好関係』のことらしいネ。

 

新約聖書の『求めよ・さらば与えられん』は、イエス様の言葉だってことは、誰もが知っている事なんだろうけど。真の意は「神に祈り求めなさい、そうすれば神は正しい信仰を与えて下さるだろう」であって、神に対する信仰の為の教示なんだよね。それが転じて今や一般的には「何事も与えられるのを待つのではなく、自分から積極的に求める事によって、成就即ち与えられる」との意味として捉えられているようだね。

 

同言を『与えよ・さらば与えられん』と捩った言い方もされるが、それを単的に表現すれば『持ちつ・持たれつ』ってことになるのだろう。人間関係を主体としたヒューマニティーな用語だと思はない?

 

戦後アメリカナイズされた流行語の『ギブ&テイク』(以下G&T)は、「あげるから⇒取る・貰う」「あげたら⇒取る・貰う」の意味合いとして定着したのでは。

 

日本でも元々G&Tと似通った言語として、以前から「・・・して上げるから⇒・・・して」「・・・してくれたら⇒・・・して上げる」と、日常会話でよく使われているよね。

 

何れも使われ方としては、ロジックから対峙的な意識が込められた交換条件的用語であるることは歪めないと。正当なる対価として使用する場合は容認の範疇だが、不当なる対価(贈収賄等犯罪事件に関与)としてなら、否認の範疇となる事は、言うまでもないことだが。

 

善悪の判断の基因は、人間教育に由来することは当然で、三つ子の魂百までもではないが、幼少(3才頃)より「したら⇒あげる」「あげるから⇒して」と育成しない環境をつくる配慮が必要では。

 

近年では、人間関係を対等・平等と見做すヒフティー・ヒフティーの思想が高揚しているせいか、G&Tから「ウイン・ウイン」(以下W・W)に進化し、汎用されているようだが。

 

日本には昔から「人に施しをすることによって、自分に還元される」との教訓から「情けは人の為ならず」との有意義な諺があるのだが、約半数の人達は「情けをかけることは、その人の為にならない」と解釈しているそうだ。

 

結局、日本の諺も己の為の功徳であり、W・Wも所詮は相互が得する事が前提の、計算ずくやり取りじゃない?

 

ツイッターのフォローとフォロワーの関係も、相手の主張を受け入れての相対的やり取り以外は、同一概念に根ざしているのではと、思っちゃたりして。

 

利己主義のトランプ大統領は、正に人類を代表する存在だが、彼がノーベル賞を授与することは、地球がひっくり返えっても、有り得ない。

 

勿論、ノーベル賞の受賞者=善人=優秀な人と言うわけではないのだが。

 

損得抜きのヒューマンリレイションは、単なる綺麗ごとに過ぎないことを承知の上で、淡い期待を。

 

人間と社会と教育は、切り離すことの出来ない問題であり、政治改革なくして達成し得ないと。

 

【全人類に捧ぐ!超・政治改革論】⇒https://tyouseizikaikaku.jimdofree.com/のⅥ章『新しい教育制度に』がお役に立てば・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一般的に、マスコミの情報を拠り所に生活を営んいる人達は、報道の真髄が【ペンは剣よりも強し】であると確信しているのじゃないかナー。

 

国定忠治の名せりふ『加賀国の住人、小松五郎義兼が鍛えた業物。俺にゃあ、生涯てめえという強い味方があったのだ』を思い出したりして。

 

当然報道には、正確な裏付けに基づく事実を報知する責任を免れないことは、報道関係者は全員承知の筈なんだが・・・。

 

実際には、大方の記事が虚実か如何か、読者や聴衆は知る由もないし、況や筆者の所為か如何かも判っらないのだよネー。

 

つまり、曖昧な情報が世間一般に定着し、支配しているってわけ。

 

その要因として、読者サイドでまとめてみると、

  ① 記者など第一線従事者の人格・能力・資質等が影響。(自負心・自尊心・傲慢・横暴・増長・蔑視  等傾向に塗れている人が多い) 

  ② ニュース・ソースの良否に関係。

   ③ 読者・視聴者等の判断に錯覚・誘導・想像を招く表現は不可。

  ④ アナウンサーは私見を交えず報道。

  ⑤  解説者は論理的解説が必要。
  ⑥ 受け手の判断・理解力等を考慮。

  ⑦ 外部(内部の上席者等を含む)の圧力・誘惑・賄賂等を厳罰を以って廃除。

  ⑧ 情報者の錯誤・過大・作為等に対する判断力。
以上の基準に狂いを生じていた場合、誤作動が起こるんだろうけど、自由主義社会の報道にとって

  ⑨ 報道関係組織内の中・上層部に携わる人間の品格。

を最も重視すべきではないだろうか。

 

究極的結論として、報道の正体は、⑨に至るのでは。

 

さて、貴方は? 

 

水道に汚水が混じっていれば飲めないし、飲べば調子が狂っちゃうよ!

 

自由主義社会に於いては、情報が正確であることを大前提に、社会全体に発信され・飛び回っていることが、至極当然なことだよね。

 

尚、世の中の原動力の第1~3の力は、政・財・官と、一般的には捉えられているようだが、現実的には、トライアングルとして一体と把握されている傾向にあるのじゃないかな~。

 

そして、第4の力がマスコミで、第5の力が大衆・庶民・民衆と受け止められているようだが。

 

順序が可笑しい、と思わない?

 

世の中全体のバランスとして捉えると、第1の力が大衆・庶民・民衆で、第2の力はマスコミ、第3の力は政治家、第4の力は役人、第5の力は財界の順に在るべきでは。

 

この力関係が構築されたとき、真の民主主義(民衆主義=被支配階級主義)国家の樹立が、期待出来ることになるのではないかなー。

 

同社会体制の具体的構造改革の要としてのマスコミに希求したいことは、【全人類に捧ぐ!超・政治改革論】⇒https://tyouseizikaikaku.jimdofree.com/ⅩⅩ章『偉大なる第4(2)の力を』・・・。              

 

 

 

 

 

 

今年も「人間国宝」が、大勢決ったネ!

 

現代国語例解辞典によれば、人間国宝とは「国の宝と認める人間」という称号に相応しい人に、国が授与することに。

 

日本人として、最高の勲章と言うことになるのかネー。


国にとってかけがいない人だから国宝だって、某有識者がTVでコメントしてたんだが、身近にも国にとってかけがいのない人って、実在すると思うけど、無視しているのかな~。


国レベルともなると、如何なる基準で選ぶのか。又、如何なる特典を授けるのか・・・?

 

文化財の場合は、「年代を経た、再現不可能で、価値ある物」との曖昧な基準で、認定しているようだけど。

 

人に対しても、近似した認定をしているのかも知れないね~。

 

だから年配者で、技芸にかかわる人が多いのかなー。

 

人間国宝以外にも、例年様々な勲章を公的に授与し、表彰を受けている人が、ウジャウジャいるのじゃない。

 

現代国語例解辞典によれば、表彰とは「善行や功労などを褒め讃え、人々に広く知らせること」とあるよ。

 

趣旨に異存はないんだけど、現実は殆んど対象者の職業(仕事)にかかわっているんだよね。

 

人間国宝を含め、当たり前のことを当たり前にしただけのこと。とすれば、他にも勲章=表彰に値する人は、大勢いるとチャウ。

 

表彰基準が曖昧だから、金銭的・商業的・政治的に表彰がやり取りされ、同称号が色々と利用され・悪用されているとも聞くよ。

 

表彰者の決定過程では、政治家と官僚による影響力が、大なりとか。

 

表彰制度は廃止すべきじゃない?

 

但し、自分の職業・仕事・生活に関係なく、多くのマスコミが取り上げるような善行・功労をなした人に、「(新)国民栄誉賞」を贈ることは、社会的に大変有意義だと思うけど。

 

尚、客観的判定で、順位が決められる競技に限り、順位相当の表彰をすることは、競争意識の高揚を齎し、同発展に貢献することになるから、大いに促進すべきかと。

 

競争心を煽(アオ)る結果、人としての成長が、悪い方に向かわないように、【人間=社会人】としての教育の重視と、競技を客観的に判定する機器の開発はもとよりのこと、国の認定した同機器の使用の義務付けを法制化しなければならないだろうね。

 

表彰と競技に係わる詳細については、https://tyouseizikaikaku.jimdofree.com/⇒【全人類に捧ぐ!超・政治改革論】のⅡ章13節『人間社会と競争主義』とⅥ章5節4条『表彰制度』及び5条『オリンピック』に記載しているよ。

 

 

              

 

集団的自衛権が、憲法上違憲か合憲か、重大な争点になったが、曖昧模糊に。

 

言語を正しく解釈し、真の意味(原点)を重視した“原点思考法”による問題解決をしてみるよ。

 

集団的と自衛権を連用して名詞としているのは、不合理とチャウ?

 

現代国語例解辞典によれば(以下『』内)、集団は『人、また、物が集まってできた一つのまとまり』で、自衛は『自力で自分を守り、暴力や侵略を防ぐこと』とあるのだが。

 

集としての意味と自としての意味を合わせて一つの言葉にしているから、思考回路に異常をもたらすのでは・・・。

 

集団的自衛権を集団的防衛権とし、個別的自衛権を個別的防衛権にしたら如何かな。

 

何に対して防衛するのかって?

 

他国からの侵略に対してだよね。

 

侵略とは『他国に侵入して財物や領土を奪い取ること』とあるよ。

 

侵略する側=戦争侵略される側=防衛と識別すべきでは。

 

言うまでもなく日本は、現憲法第9条で、戦争及びそれに伴う戦力の放棄は、国際的にも誓約済みだよネ。

 

自己は『自分自身』自国は『自分の国』だから、自己防衛よりも自国防衛のほうが、的確な表現かと。

 

そして自国防衛権は、国際的にも各国が有する当然の権利として、認めているのは世界の常識。

 

但し、正当防衛に限ることは、アッタリマエジャー・アッリマセンカ。

 

では過剰防衛の過剰とは『一定の数量以上に余分のあること。多すぎるさま』とあるが、本件に関しては、正当でない防衛=不当防衛と、反意語を用いた方が判り易いよ。

 

併し、不当とは『正当、妥当、適当でないこと』と堂々巡りになっちゃうのだよネ。

 

じゃあ正当は『道理に適っていること』で、道理は『そうあるべき当然の筋道』と、筋道は『物事の道理』とまたまた元に戻るってことに。

 

そうあるべきが当然か、否か。それが問題だー!

 

防衛の大儀で、先制攻撃するとか、承諾なしに他国の領土に踏み込んで反撃することは、そうあるべきでないことであるから、不当防衛に。

 

さて日本国憲法第98条2項に【日本国が締結した条約及び確立した国際法規は、これを誠実に遵守することを必要とする】と定められているよネ。

 

とすれば、有効なる平和安全保障条約を締結している同盟国の正当防衛に加担する(集団的正当防衛権の行使)ことは、憲法・条約・同盟の遵守であり、正に道理かと。

 

日本が自国憲法に違反する条約を締結することはないし、万一違法条約を締結したなら、直ちに内閣のrリコールを可能にする制度を設け、同時に条約は破棄されることに。

 

そして敵国周辺を同盟国で固めたら、集団的正当防衛網が確保され、強力な戦争抑止となるんじゃ・・・。

 

勿論、同盟条約未締結状態の地域(国)にあっては、当国の承諾を得なければ、当該地を防衛地として使用してはならないことは、当然だと。

 

尚、自国及び同盟国の国民を守る為に、公海及び他国の了解範囲内において、個別的正当防衛権又は集団的正当防衛権を行使することは、容認されるべき当然の行為であるのじゃないかなー。

 

相手国から一撃(侵略=戦争)された瞬間(同時)に反撃するは、正当なる防衛になるのでは。

 

同盟国(特に米国)が、警察権の発動を名目で、他国に出向いてまでする攻撃に、日本は慎重に行動すべきじゃーないかな。

 

米国の金権主義がなさしむ海外派兵に合せて発動する集団的防衛は、正当性がないと。敢えて、米国を諫める勇断が。

 

何よりも、助けを請うのであれば、当該国は、同条約を締結しておくべきかと。

 

併し乍、テロ撲滅の反撃は、当該範囲内に於いて、同条約締結国全体で対処すべき事柄ではないかと。

 

以上の観点から、平和安全保障条約締結国が攻撃を受けた場合、集団的正当防衛権を行使することは合憲であり、安保法制関連法案を必要としない、との結論に達するのだがなー。

 

従って、全議員が上記統一見解を有すれば(統一価値観に立てば)、議論の余地がないことに・・・。

 

原点を踏み外した議論は、問題を複雑にし、解決を阻害するだけでは、ナイカニャ!!

 

党利党略や売名行為等の私利私欲の為に、的外れの議論で日銭稼ぎの会議(国会)の延長を図っているのでは、とつい下衆の勘繰りを。

 

結局は、充分に審議をしたとの口実で、与党が多数を笠に本法案が成立する筋書きは、見え見えなのにねー。

 

要するに、

1、 戦争を放棄し、戦力を保持しない。

2、 戦争を仕掛けられたら正当防衛をする。その為の事前の準備として、防衛力は保持する。

3、 平和安全保障条約締結国が有事の際は、全締結国が集団的正当防衛権の行使をする。

4、 上項条約締結国の輪を拡大し、世界平和統一国家創立に邁進する。

5、 現国連は解体し、新国際連合の樹立を図る。

6、 世界に、軍隊は地球軍を唯一とする。

となるんだが・・・。

 

ってなことで、国内よりも国際的視点を重視した政治的活動・解決が、望まれるのでは。

 

https://tyouseizikaikaku.jimdofree.com/をクイックして[全人類に捧ぐ!超・政治改革論]のⅩⅠ章2節3項「戦争放棄」・ⅩⅩⅠ章「統一国家になると」には、更に具体的な解説が・・・。

 

 

 

 

 

 








 

 

 

親が子供に対し「嘘をつくな!」・「嘘をついたら如何よ!」と躾るは、世の習いかも知れないが。

 

子供の前で平然と嘘で誤魔化す親の姿を見るにつけ、嘘を突くなって言葉は他人に対して使う言語であって、自分に対しては寛大な便利語なんだと思うように成長してゆくんだ。

 

「嘘をつける位の人間にならんと」・「もっと上手に嘘をつけ」と子供と大人の世界とでは「嘘の概念」が真逆なんだ。

 

政治家も官僚も商売人も、嘘を上手く操る奴ほど出征しているよネ。

 

「悪い奴ほど嘘まみれ」と言っても過言ではない。

 

謹厳実直を信念に生きている人は、成功者の餌食にされ、馬鹿正直者と蔑まれ、社会の片隅に追い遣られるのが現実なんだ。

 

何処か間違っちゃーいませんか。修正の余地はないのだろうか。私は有ると信じている。

 

『嘘を犯罪として厳格に処罰する』ことが肝要かと。

 

日本は、幸いにして一応名目上は法治国家だとすれば、法律によって如何ようにも変えられるが道理。

 

「嘘は泥棒の始まり」でなく「嘘は犯罪の因(モト)」を大原則として、人間の全ての行為に対処することが、現社会を真面な方向に導く緊急の課題じゃなかろうか。

 

あらゆる事件に対して、当該事件に関係する全供述者から「はい」・「いいえ」・「知(解)りません」「覚えていません」程度の単純明快な供述書を採る。

 

虚偽供述は重罪(死刑もあり)となることを事前に告知及び確認する際には、ビデオ等を証拠とした上で、義務として供述書の提出を求め、同証拠に基づく裏どりで事実を固めるのだが、ドラマの中のハナシじゃないよ。

 

裏どりが出来ない事案については、時効なしの保留とし釈放するのだが、前提として全事件無時効に。

 

虚偽が明確になった段階で、供述者や被疑者は、罪状により刑罰を科せられることに。

 

総合的に事件を受け付け、全事件及び判決は,私情を挟む余地のない迅速で正確なコンピューターで、処理・処分するってーこと。

 

事件の内容・回数・情状等による点数制の明朗処分になる。

 

その為には、人的裁量の余地を最大限排除することに。

 

バラバラの三審制から一審制度に改革するのだが。

 

つまり、犯罪・処罰の一体化をする。

 

そして、犯罪は犯罪として一体的に対応し、処分は処分として一体的に対処することに。

 

犯罪は須く犯罪であって、犯罪を一体化として捉える事の方が合理的であると思う。

 

そして処分機構の一体化と適正化を図るんだが。判って頂けるかナー。

 

其処には法曹界の裁量や情状酌量や闇取引等は一切存在しない。

 

それに伴う総合的・多角的施策が必要なのは、当然だよね。

 

具体的詳細は、【全人類に捧ぐ!超・政治改革論】 ⇒https://tyouseizikaikaku.jimdofree.com/のⅩⅣ章『合理的に犯罪の処罰を』に。 

 

尚、同ⅩⅠ章の『憲法の問題点を突く』の第3節「新日本国憲法」の第22章「処罰」の33条に『嘘は犯罪の因(モト)として、虚偽の供述者は、重罪(最高死刑)とする。』の条文を設けている。 

 

既成概念・固定観念に捉われているうちは、ご納得し難いかも知れませんが、客観的・合理的・俯瞰的にご理解の程を。

 

犯罪撲滅の為の政策だが、極端に犯罪が激減すれば、公費の節約は莫大だが、社会が清浄化する事は否定し難いと思う。

 

実現性についての判断・批評は、同HPの全文を精読した後にして欲しいんだが・・・

競争は人類の進化のエネルギーだ!

 

戦力的競争は愚かではあるが、平和的競争は全世界・全人類にとって必要不可欠だと。

 

だが後者の競争に対する評価は、口先(いい加減)ではなく公明正大にしなければ。

 

当初のオリンピックは、客観的判定に基づき順位を競(キソ)っていたが、時代とともに種目が多様化され、それに呼応して評価・ルール・判定が複雑化してきたんだよネ。

 

増加競技には、審判・審査員等の主観的・心証的・利害的等により、判定・採点され順位が決定しているケースが傍目からも歴然と行われていることが多々あるが、見逃すわけにはいかないよネー

 

結果、国威の為を名目に、金(カネ)や政略により、選手達の優劣に細工がなされるんだ。

 

現代科学技術を駆使すれば、公正な判定・採点の結果が得られると確信しちょるんだが。

 

序々に判定技術の改善をしているとのことだが。是非とも東京五輪に間に合わせるべく、一刻も早く成果を出さなければ。

 

イノベーションにより当該技術・機器が、我が国の一大輸出産業に飛躍することは紛れもない事かと。

 

オリンピックが崇高にして神聖なる競技であって欲しいと、多くの人は願っていると思うのだが。

 

従って、五輪(以下パラリンピックも含む)に人的裁量を排除した判定が不可能な競技種目は、適正に実行可能な時期到来するまで、中止をする勇断を。

 

 

競技が正当に評価される事は、自他の心技体を高めるだけでなく、経済・教育等分野を含め、広く世の中に貢献することになることに。

 

競技施設よりも判定方法に、日本が世界に胸を張りたいと思わない?。その為の支出や開発を。

 

処が、来る東京五輪のメーンスタジアム(新国立競技場)のデザインを予算を決めずに発注したんだって。社会的常識では到底考えられないこと。

 

建築費用が1000億円上積みされ2520億円に。更に別途施設の費用や追加工事費名目の裏金が幾らになるやら、闇の中。当該施設等建設後の維持費も莫大に。最終的には3~4兆円が支出され、その大半が長野五輪の轍を踏んで大半は使途不明金として消えて終うんだー。お人良しの我が国民は、何事もじっと我慢の子で在り続けるんだ。あ~あ情けなや。

 

同五輪で一稼ぎを狙う連中らによって、一般庶民は目くら騙しにされ、お祭り騒ぎで幕は落とされることを、皆さんはご承知・ご納得していらっしゃるのだろうか。

 

所詮五輪関係者は自分の金でないから無責任に。

 

そして、石原→猪瀬→舛添と東京都知事が替わり、責任の所在も不明のまま、ごり押しにオリンピックを進めてきたが、事ここに至っては、最小限の予算で最大の効果を齎す五輪にしなければ。

 

オリンピック実行委員会に、合議制による連帯責任として、任せるべきでは。勿論、法的責任は免れないが。

 

絶対、公明正大に行わなければならないし、過去の分の精査も潔白に公表すべきだよね。

 

五輪の競争競技自体を罪悪視する人もいるよ。一理はあるんじゃないかなー

 

自分が勝利したい或は関与者を勝利させたい余り、相手の失敗や不運を期待したり、仕掛けたりする醜(ミニク)さを醸(カモ)すことに。又、敗北感に挫折し、心身に異常を齎(モタラ)し、人生まで損ねる人のことも考慮すべきかも。

 

更に、五輪よりも生活保障を希求している人が、数多く居ることを。

 

五輪の選手及び役員等関係者全員に、公費意識を持ってもらわなければ。

 

国費を使ってのオリンピックは単に東京だけでなく、国を揚げての祭典では。

 

ゴリオシピックと陰口を叩かれないようにしなくてはならない!!

 

五輪を抜本的に改革するためには、政治及び国際的刷新が必要だ。

 

正しい競争意識の高揚は、義務教育段階で育成することが望まれると。

 

併し乍ら未だに、誰もビジョンを具体的に公表していなのでは・・・。

 

https://tyouseizikaikaku.jimdofree.com/⇒【全人類に捧ぐ!)超・政治改革論】のⅥ章「新しい教育制度に」の5節5条[オリンピック]に詳細を記述している。