喘息や悲鳴の喉声じゃないヨ。
政界用語として特に使われる『是々・非々』なんだけど。
野党が、与党の政策案に対応する仕方として、よく発言するのでは。
心掛けとしては、いいと思うのだが・・・
正しい使い方がされているのだろうか。
現代国語例解辞典によれば、
是々非々とは『よいことをはっきりよいとし、悪いことは悪いと公平な立場で判断すること』と常識的解釈が記載されているよ。
さらに踏み込んでみると、
是とは『道理にかなったこと。正しいこと。一般がよいと認めたこと』とあり、
非とは『道理に合わないこと。正しくないこと。間違っているところ。悪い点』とある。
道理とは『そうあるべき当然のすじみち。正しい論理』のこととある。
公平とは『判断や行動が公正でかたよらないこと』とあり、
公正とは『公平で正しいこと』と堂々巡りになっちゃうネ。
ここでストップしよう。
このロジックを整理・要約してみるよ。
是々非々で対応するってことは【判断や行動がかたよらずに、一般的にそうあるべきが当然の正しい立場で臨む】となるんじゃーないだろうか。
此の見解が統一的定義として、是非はどんな基準で決まるのだろうー。
大方の人の容認=大方の人がそうあるべきが当然と納得する度合いに、一般的にはよるのでは。
大方の人の容認・納得は、政策ごとに国民の同意の選択を得ることは、不能率・不可能だから、政党政治による政治手法がとられているんじゃー。
国民は自分が選んだ政党に、政策の処置・対応を負託していることになっている。
現行政治制度での国民は、政党に政治を実質的に丸投げ状態にされているんだよね。
その実、各政党ともどんな世の中にするのか、全く定まっていないのが現状。
だから党利党欲の方向に曲げられる。
根本的・具体的なビジョン=憲法をもっていないのだから当然なことだけどネ。
だから、現行憲法の条文について同党員の中で容認派と反対派に分かれ、或は他党寄りの党員を擁するってことは、可笑しいんじゃない?
現状の不可思議な政党政治に対して、国民も声を大にして反対を唱えるべきかと。
ゼーゼー・ヒーヒーで往くなら、国民に政党の旗印としての憲法を堂々と掲げて、負託を受けなければければ・・・
【全人類に捧ぐ!超・政治改革論】⇒https://tyouseizikaikaku.jimdofree.com/ⅩⅠ章「憲法の問題点を突く」3節に新・日本国憲法草案が。