今日、夫は所用があって


教会に行けないので


途中の駅まで車で送ってもらい


そこから電車で教会へ・・・


その駅は拓也が行っていた


高校と大学の最寄り駅。


ふと見ると拓也の行っていた


大学は学園祭。


日曜にもかかわらず、


学生が大勢行き交う。


いる筈のない拓也の姿を


学生たちの中に捜してしまう。


改札を通り、駅のホームに


降りると、また拓也の姿が


あれば・・・と捜してしまう。


大学に通い始めてから


通院の日で午後からの日が


あって、午前中、授業に出た


拓也とこのホームで待ち合わせたっけ・・


昨日のことのように思い出す。


拓也が見たであろう、この線路の


彼方や医院の看板・・・


ひとりで見ていると、涙が・・・


あわてて、目にゴミが入ったように


装って目を擦る・・・


出かける先々で拓也と過ごした


日々を思い出すばかり。


もっと、もっと一緒に


過ごしたかったなぁ・・・

朝夕のお祈りで最近祈っているのは


神様、どうか私が召されて拓也に


再会する日までの日々が


天国の拓也にとっては


一瞬の時間でありますように・・


という事。


再会した時、拓也にとっては


ついさっきまで私といっしょに


いたような一瞬の間なら


寂しい思いをしなくて済むかな・・・


と思って。


天国とこの世では


時間の経ち方が違ってればいいな・・・


私はこれから何年寂しい思いをするか


わからないけれど


せめて拓也の寂しい時間が


あっという間でありますように・・・

昨夜は拓也の大学の友人2人と


拓也の思い出を笑いながら話せた。


2人共とても良い青年で、今時


めずらしいタイプだ。


こんなおばさんとも堅苦しくならない


程度に礼儀正しく話してくれる。


沈黙になって気まずい雰囲気に


なることもない。(沈黙になる


時間もないほど、話が途切れない)


拓也は闘病のため1年遅れたので


彼らは1つ年下なのだけれど


とてもしっかりしている。


拓也はかなり幼くて、大学に入ってから


片思いの恋はあったけれど


残念ながら彼女と言える人は


できなかった。母親としては


恋愛してデートして・・・


当たり前の青春を過ごさせて


やりたかったなぁ・・・


そんな中で彼ら2人のような


友人が出来たことは本当に


うれしい。ことに、その1人は


再発がわかる少し前に


お母さんに紹介してくれたという。


彼のお母さんと拓也は、その時


たった1度会っただけだったが


拓也をとても気に入ってくれたのだ


そうだ。実は通夜の時、知らない


私と同年代の女性が座っていたので


「お顔を存じ上げなくて、失礼ですが・・」


と言うと、大学の友人のSくんのお母さん


とのこと。お母さんは泣きながら


「息子が職場に連れて来て紹介して


くれたんです。私は息子が拓也くんと


友達になれたことだけでも、この大学に


行かせて良かったと思っています」と


言って下さった。


彼ら2人は卒業後、1人は老人保健施設


もう1人は障害者支援施設で働いている。


(拓也を含め3人とも社会福祉学科だった)


就職して1年が過ぎ、「後輩ができた」とか


「こんな失敗をした」とか・・・・


2人とも頑張っている。



こうして楽しい時間を過ごしたのに


今日の私は心が沈んでいる。


私は嫌な心の汚い人間だ。


周りに対して自分の希望を


期待しすぎ、そうでないと、


不満に思ってしまう。


大学の友人2人は1週間ほど前


「もうすぐ拓也くんの日です。


拓也くんに近況報告をかねて


お父さんとお母さんに会いたい


のですが」とメールをくれた。


地元の友人は命日の前日


「明日、伺ってもいいですか?」


と電話があった。


けど・・・私の身内は・・・


今年は何も・・・・


何かして欲しいのではない。


ただ、憶えていて欲しい・・・


一言「もう2年になるんだね・・・」


だけでも。


憶えているという事を示して


欲しかった。


同居の父も、「命日だから


教会に行く」と伝えていたけど


昨日、命日に拓也の話は


出なかった。


みんな、自分のことで精一杯。


もう過ぎ去った過去でしかない・・


のかな・・


何か、寂しくて空しくて・・


そんな些細なことを少し


不満に思ってしまう自分に


自己嫌悪。



よ わたしをあなたの平和の道具としてお使い下さい

憎しみのあるところに愛を

いさかいのあるところにゆるしを

分裂のあるところに一致を

疑惑のあるところに信仰を

誤っているところに真理を

絶望のあるところに希望を

闇に光りを

悲しみのあるところによろこびをもたらすものとしてください

慰められるよりは慰めることを

理解されるよりは理解することを

愛されるよりは愛することを

わたしが求めますように

わたしたちは与えるから受け

ゆるすからゆるされ

自分を捨てて死に

永遠の命をいただくのですから



マザーテレサも愛した、この祈り・・・


大好きなアッシジの聖フランチェスコの祈り・・


あぁ自己嫌悪・・・・


ダメな自分・・・学びが足りないなぁ・・・・