息子が天国へ旅立って来月で1年になる。司祭さまに1年の記念式もお願いした。
クリスチャンとなって日の浅い私と夫は、どちらも所謂、葬式仏教と言われる葬式や法事の時のみお坊さんとのお付き合いという日本ではごく一般的な家庭に育ったので、キリスト教での(どう言ったらいいのか分からないが)法要というものも分からないので、逝去50日の記念式と同様に家族3人だけで記念式を行おうと思っていた。
何より、息子のことを憶えていてくれて自ら来ようと思ってくれる人以外にこちらからわざわざ連絡して、お義理で来てもらってもうれしくもないし・・・夫と私と長男と3人だけで次男のことを偲ぼうと話していた。
そう3人で話していた先日、息子の中学の友人(病院から息子を家に連れて帰った翌日、家に来てくれた中学の時の友人5人のうちの1人)(彼は息子の顔を見るなり、無言で涙をポロポロ流した。)から電話があった。
「あのう・・来月のことで・・・お聞きしたくて・・・」と。「1周忌のこと?」と聞くと「はい。そうです。」私が「憶えててくれたの?ありがとう。うれしいわ」と言うと「当たり前です。忘れるわけないですよ」と言ってくれた。
よかった。1年経てば、もうみんな自分の日常に追われて息子の逝去記念日なんて
忘れてしまっているんじゃないかと思ったりしていた。とは言え、誰ひとり連絡もなかったら、あまりにも息子がかわいそうで・・・と思っていたので余計に家族3人だけで記念式を行おうと思っていたのだった。
もうすぐ1年・・・もう前を向いて少しずつでも進まないといけないのかもしれないけれど・・・いまだ、「何でこんなことに・・」「何で、拓也がこんな目にあわないといけないの!」と思ってしまう。
夜、考えると眠れなくなったり、涙が止まらなくなったり・・・朝は目が覚めると横を見て拓也がいないことを思い知らされる。再発した時も再々発を告げられた時も朝の目覚めはうなされながらだった。目覚めて現実を知るのが怖かった。眠ったままずっとこのまま目が覚めなければいいのにと思った。
今は仕事にも行くようになったが、仕事が終わっての帰り道、夕食の買い物をしながら「何で?何で拓也はいないの!?」何で・・・何で・・・何で・・・・と苦しくて苦しくて涙が溢れてくる。「お母さんが悲しんでいる事を望んでいないよ」と言われるが、悲しいものは仕方がない。人生ってなんだろう・・・・まだまだやりたい事がいっぱいあった拓也の人生って・・・最後まで「生きたい・・」と言い続けた、あの子の人生って・・・
どうすることも出来なかった私の人生って・・・・