2006年2月初旬、無菌室に入った息子はいよいよ移植当日を迎えた。           

骨髄バンクのドナーさんからの移植で、ドナーさんが関東在住の方だったので当日

研修医の先生が東京の病院まで受け取りに行って下さった。


朝から息子の命を救って下さるドナーさんのことを思い東に向かって手を合わせた。

危険がないとは言えない骨髄の提供を承諾して下さったのだから、どうか無事に移植が出来ますようにと祈りながら、その時を待った。                                           


研修医の先生が病院に戻って来られたのは夜になってからだった。ドナーさんと息子は血液型が違うので処理が必要とのことで移植が始まったのは8時半を過ぎていた。血液型が同じ場合は処理なしで移植するため量が多く点滴で時間をかけて移植となるが、息子の場合は太めの注射器2本だった。点滴のルートの途中から主治医が少しずつ注入していった。息子の命がかかっているのだけれど、注射器2本の注入は、ほんの5分程度だったように記憶している。臓器移植のように身体にメスを入れることもなく、息子の様子にも変化も無く、不思議な気さえした。


しかし、この後40日間、息子は何も食べられず、高熱が続いた。