グリーフ」は“悲嘆”という意味で、近しい人を亡くした人がその悲嘆を乗り越えようとする心の努力。死別に伴う苦痛や環境変化などを受け入れようとすることをグリーフワークと言います。
そして、これを支援するのが『グリーフケア』です。(日本グリーフケア協会より)
昨年クリスマスに夫と私はキリスト教の洗礼を受けました。
教会の司祭さまから「グリーフケア公開講座」があることをお聞きし、受講するのは抽選でたいへんな倍率であるということでしたが申し込み、受講できることになりました。今、週に1回受講しています。
毎回著名な講師の方々で、とても有意義な時間です。
人は悲嘆を乗り越え必ず前向きに生きてゆくことができるのだそうです。
悲嘆のプロセスというものがあって、それは人それぞれなのだそうです。
私は、息子が旅立ってからもうすぐ7ヶ月が経とうとしていますが泣かなかった日は1日もありません。
でも1ヶ月2ヶ月と日が過ぎて行き、ちゃんと食事もし痩せもせず、夜もちゃんと眠り・・・人には笑顔で挨拶をし、夫ともたまに冗談を言い笑い・・友人からの電話にも明るく話し・・「元気そうでよかった」と言われます。
ただ・・そんな自分が嫌でならないのです・・
息子の状態が悪くなり医師からもうどうしようもないと言われた時、この子がいなくなったら生きていけないとさえ思った自分が、普通に食事をとり、眠り、笑い・・という自分が許せないような気になってくるのです。
「なんて母親なんだ。」と思ってしまうのです。
だから、グリーフワークを経て悲嘆からの回復というのは私自身は息子に対しての裏切りのような気がしてしまうのです。
人は私がいつまでも泣いていたり苦しんでいることを息子は望んでいないというでしょう。お母さんの幸せを願っているというでしょう。
私と同じような立場の人たちもそう思い、少しずつ立ち直っていくのかもしれません。
でも私にはまだそう思えなくて、もしかしたら息子は「一人で淋しい。どうして早く来てくれないの?」と思ってるかもしれないと考えてしまいます。
そんな中で食べて眠ってとふつうに暮している自分が変だと思ってしまうのです。
今はまだ受容し、立ち直れる段階ではないのかもしれない。
いろんな話を聞き、いろんな本を読み、自分なりに残された時間をどうして行くのか
もがきながら探し続けているのかもしれません。