河北新報に、都市ガス再開に尽力してくれた

『復旧隊』解散式のニュースが掲載されてました。


全国各地のガス会社から派遣された人達。

乗り合いバスで各地に散り、さらに降車して、

クモの子散らしたような人海戦術で、

1件1件確認して回る地味~な作業。


我が家にも、東邦ガスの方が来て、

先週のうちに確認してってくれました。


ACのCMでは、1人じゃないとか、

ひとつになるときとか、日本の力を信じてるとか、

そんな言葉が洗脳のように飛び交って、

若干うっとうしく感じ始めていましたが、


実際そういう力が集まってくれて、

市内方々の復旧に当たってくれて、

最短でも1ヶ月以上とか言ってた予定を

2週間も早く完了させてくれて。


こんな余震だらけのところまで来てくれて、

ありがたいことだし、すごいことだなと。

あの最大余震も体験するハメになり。


そんな人達が任務を無事完了されて、

ようやく帰路に着くことができたようです。


こんなブログの片隅では、

伝わるものも伝わりませんが。

いち仙台市民として。


改めて。

ご苦労様でした。

ありがとうございました。


○河北新報 東北のニュース

ガス再開、尽力に感謝 「復旧隊」解散式 仙台

http://www.kahoku.co.jp/news/2011/04/20110418t13018.htm

今日の仙台は晴天に恵まれて、
かなり暖かくなっています。

我が家は出産から2週間で、
まだ花見などゆっくり外出できる状態ではないので、
病院の帰りがてら、
桜が眺められる笊川沿いを
富沢駅方面に抜けて
帰ってきました。

この界隈は満開です。
桜を見て、気持ちすっきり。

欲を言えば、三神ネ公園にでも行って、
レジャーシート広げて、
ゴロゴロのんびり横になりたいかな。

4/13時点。
陸前高田市。

陸前高田市は、街が丸ごと津波に飲み込まれた都市として、
震災直後から大々的に報道されていました。

この街が、他の都市と大きく異なるのは、その平地面積。

三陸沿岸部としては、かなり広い範囲で
平坦な土地があったために、
大きな街に発展することができたのだと思いますが、
今回の津波はその広い平地を
容赦無く飲み込んでしまいました。

高田松原は跡形もなく、
そこに隣接していた道の駅は外形のみを残して、
辺り一面何もかもが無くなってしまっています。

気仙大橋が落ち、1ヶ月経った今でも
国道45号は通行止めで、
気仙沼方面に行くには
迂回を余儀なくされています。

河川を遡上した津波の爪跡が
かなり奥地まで入り込んでいるのも
陸前高田市の特徴です。

一面開けた風景によって、
標高が低い平坦地が広範囲に
広がっていたことを
再認識させられました。

また津波の侵食と地震による地盤沈下によって、
海岸線が国道45号にかなり近づいていたり、
広範囲にわたり浸水したままの状態です。

まずは地形の実態把握が急務ですが、
捜索活動、進入路の復旧、瓦礫の除去など、
そもそもの難題も残ったままです。


【一面が開けてしまった風景】
仙台発!みちのく探訪記-陸前高田3

【4階まで達している津波の爪跡】
仙台発!みちのく探訪記-陸前高田1