昼過ぎに一旦仕事を切り上げ、帰宅する。
今日は近くのショッピングモールに漫才の『ナイツ』が来る。
年末から長女はナイツを見るのを楽しみにしていたので、連れて行ってあげる約束をしていたのだ。
15時開演の予定だったが、きっと人出が多いだろうと考え、少し早めに行って場所取りをする。
以下省略文にて。
・14時には会場に着いたのだが、少し早すぎた。長女と時間を持て余す。
・14時半頃、長女が『あっち向いてホイ、やろうや!』と言ってくる。開演を30分後に控え、周辺は黒山の人だかり。私には衆人環視の元であっち向いてホイをやる度胸は無かったので(こういう時、子供は絶対にフルテンションであっち向いてホイをやろうとするのだ)、やんわりと断る。
・あっち向いてホイを断る口実に、長女に200円を与え「好きなジュースを買ってこい」と言う。嬉々として走りだす長女。
・1~2分して長女は『ファンタグレープ』を買ってくる。一昨日、妻と二人で買い物に行った際、妻から「何か欲しいものがあったら、買っていいよ」と言われて私が選んだのが『ファンタオレンジ』であったので、少なからず一致したことに少々驚く。
・私達の居場所の前に、二着のジャンパーがあった。場所取りである。
・開演間際、そのジャンパーの場所に四人の家族が戻ってくる。私と同じくらいの年齢と思しきお母さんの身長が私と同じくらいで、驚愕する。しかもそのお母さんが私の本当に目の前に座る。途端にステージが見えなくなる。
・いよいよ開演。
ナイツはさすがのテクニックで、会場を盛り上げていた。
M1でやったネタをフリートーク風に再構成した感じのトークだった。
長女も楽しそうにしており、本当に良かった。
私は目の前にいる長身お母さんの為にチョコチョコ姿勢を変えねばならず、多少疲れたが。
終演後、三階のフードコートに上がり、長女とたこ焼きを食べる。
長女が、たった今まで見ていたナイツの感想を言わないのが少々気になる。
ふと長女が「ねえ、しりとりしようや!」と言ってくる。
私は「まあここではいいか」と思い、それに付き合う。
たこ焼きをつつきながら、『たこ焼き』『キュウリ』『リンゴ飴』『メントス』『スルメイカ』などとしりとりをする。スルメイカって!
たこ焼きをつつきながら、しりとりを続ける。
ふと「こういうのが思い出になるのかなあ」と思う。
考えてみると、私が幼少の時も、親との思い出といったらそんなに大したものは無い。『どこそこに旅行に行った』『どれそれを買ってもらった』というのは案外覚えていないものだ。覚えているのは『父親に白髪を抜かされた』とか、『土曜日の昼は決まってカレーライスだった』みたいな些細なことが多い。
数年後、『ナイツを見に行ったこと』は忘れても、『たこ焼きをつつきながらしりとりをしたこと』を覚えていてくれたらば。
たこ焼きを食べ終え、帰宅する。
その後私は仕事に戻る。
23時に仕事を終え帰宅する。
みんな寝ている。
居間のテーブルを見ると、一枚の紙。
何やら書いている。
『お父さんへ ナイツ生ライブサイコー!だったね♡ つれて行ってくれてありが10!?これからもヨロシクネ☆ ○○(娘の名前)』
という内容。長女からのメッセージカードらしい。
何故か少し感激する。
『ありがとう』を『ありが10』と書くセンスと、「友達か!」と言いたくなるような内容が気になったが。
本当に少々の思い出作りで申し訳ないが、これが今のお父さんの精一杯だ。長女よ。どうか、今日の些細な一日の出来事をずっと覚えていておくれ。
夫です。
いい年をして、ケン玉に興じる。長女がリビングに置きっぱなしにしていたのだ。
やってみると意外に奥が深い。ケン玉に限らず、世にある『ゲーム』というのは何でもそうだと思うが、当然ながら最初は圧倒的に失敗の方が多い。ところが、意地になって棒と玉を振りまわしているうちに、たまたま玉を乗っけることに成功する時がある。この時のカタルシスたるや尋常ではない。調子に乗ってまた何回か棒と玉を振りまわしているうちに、ぼんやりとだが、玉を乗せるコツみたいなものを学び始める。やってみて気付いたが、ケン玉という遊戯は、『失敗』『成功』『上達感』といったもののバランスが非常に取れている。なるほど、これは長く人々に親しまれているはずだ、と一人頷く。
風呂上がりの妻が、傍で肌の毛穴を目立たなくする何がしかの細工をする横で、私は一心不乱にケン玉に興じる。
何回かやっているうちに、玉をはめるのが一番難しい、先の部分の棒に偶然玉が入る。
おお、これは人生初めての経験だ。
私は冷静を装いながら興奮していた。私がもしアメリカの高校生なら、「イエス!」と叫んでいただろう。
その様子を見て引っ込みがつかないのが妻である。
妻は生来の負けず嫌いなので、こういうのは我慢できないのだ。
妻は肌の毛穴を目立たなくするための何らかの作業を中断し、私からケン玉を取り上げて一心不乱に興じ始める。
数十分後、妻は先端部分の棒に玉を入れた。
聞き間違えでなければ、その時妻は「ワオ!」と言った。
アメリカの高校生か。
聞くと、私と同じく、先の棒の部分に玉が入ったのは人生初めてだという。
おお、何たる偶然!
兎にも角にも一句詠む。
『先っちょの 棒に玉が入ったから 今日は夫婦の ケン玉記念日』。
いい年をして、ケン玉に興じる。長女がリビングに置きっぱなしにしていたのだ。
やってみると意外に奥が深い。ケン玉に限らず、世にある『ゲーム』というのは何でもそうだと思うが、当然ながら最初は圧倒的に失敗の方が多い。ところが、意地になって棒と玉を振りまわしているうちに、たまたま玉を乗っけることに成功する時がある。この時のカタルシスたるや尋常ではない。調子に乗ってまた何回か棒と玉を振りまわしているうちに、ぼんやりとだが、玉を乗せるコツみたいなものを学び始める。やってみて気付いたが、ケン玉という遊戯は、『失敗』『成功』『上達感』といったもののバランスが非常に取れている。なるほど、これは長く人々に親しまれているはずだ、と一人頷く。
風呂上がりの妻が、傍で肌の毛穴を目立たなくする何がしかの細工をする横で、私は一心不乱にケン玉に興じる。
何回かやっているうちに、玉をはめるのが一番難しい、先の部分の棒に偶然玉が入る。
おお、これは人生初めての経験だ。
私は冷静を装いながら興奮していた。私がもしアメリカの高校生なら、「イエス!」と叫んでいただろう。
その様子を見て引っ込みがつかないのが妻である。
妻は生来の負けず嫌いなので、こういうのは我慢できないのだ。
妻は肌の毛穴を目立たなくするための何らかの作業を中断し、私からケン玉を取り上げて一心不乱に興じ始める。
数十分後、妻は先端部分の棒に玉を入れた。
聞き間違えでなければ、その時妻は「ワオ!」と言った。
アメリカの高校生か。
聞くと、私と同じく、先の棒の部分に玉が入ったのは人生初めてだという。
おお、何たる偶然!
兎にも角にも一句詠む。
『先っちょの 棒に玉が入ったから 今日は夫婦の ケン玉記念日』。
アメリカに飛び出した日本人ガールズバンド。
前々から話題になっていたので何曲か聞いてみたら、なるほど格好いい。こりゃあ邦楽じゃねえな。
来年の初頭には逆輸入される形で国内でもアルバムが発売されるとのこと。これは少ない小遣いをはたいて買わねばなるまい。
THE SUZANです。この曲は恐らく初期の曲です。
前々から話題になっていたので何曲か聞いてみたら、なるほど格好いい。こりゃあ邦楽じゃねえな。
来年の初頭には逆輸入される形で国内でもアルバムが発売されるとのこと。これは少ない小遣いをはたいて買わねばなるまい。
THE SUZANです。この曲は恐らく初期の曲です。
かっこいい。ただそれだけ。
8ottoの『GENERATION888』です。
8ottoの『GENERATION888』です。
夫です。
朝、次女がNHKの教育テレビを観ている。
番組の一コーナーに、『この人は何をしているでしょうか?』というのがあった。
体操選手が、あん馬をしている映像が、やや分かりにくい形で流れる。
次女が妻に問う。「これ、何?」
妻が洗濯物を干しながらそれを見て、「ああ、あん馬か。」と言う。
次女は「そうか、アンバカか。」と言う。
ネイティブインディアンか。
朝、次女がNHKの教育テレビを観ている。
番組の一コーナーに、『この人は何をしているでしょうか?』というのがあった。
体操選手が、あん馬をしている映像が、やや分かりにくい形で流れる。
次女が妻に問う。「これ、何?」
妻が洗濯物を干しながらそれを見て、「ああ、あん馬か。」と言う。
次女は「そうか、アンバカか。」と言う。
ネイティブインディアンか。
この人たちは来年間違いなく売れると思います。
モーモールルギャバンで『ユキちゃんの遺伝子』です。
モーモールルギャバンで『ユキちゃんの遺伝子』です。
高橋徹也の『新しい世界』です。この人は、知られざる天才です。
最初の方を聞いて、ああ、これはCITYポップスやな、と考えたら間違いです。
後半は狂気じみてます。これを聞いて何も感じないなら、その人は音楽を聴く資格が無いのではないでしょうか。
では、張り切ってどうぞ~
最初の方を聞いて、ああ、これはCITYポップスやな、と考えたら間違いです。
後半は狂気じみてます。これを聞いて何も感じないなら、その人は音楽を聴く資格が無いのではないでしょうか。
では、張り切ってどうぞ~
44年前の曲ということにまず引いてしまいます。
この組み合わせは、現代日本なら誰でしょうか・・・和田アキ子と松崎しげる でしょうか・・・それともエグザイルのATSUSHIと安室ちゃんでしょうか・・・。
個人的には、大晦日に和田アキ子さんと松崎しげるがこの曲を歌うならば、他の特番を全てキャンセルしてまでも二人の歌に耳を傾けます。
マービンゲイとタミータレルで、『Ain`t No Mountain High Enough』です。
この組み合わせは、現代日本なら誰でしょうか・・・和田アキ子と松崎しげる でしょうか・・・それともエグザイルのATSUSHIと安室ちゃんでしょうか・・・。
個人的には、大晦日に和田アキ子さんと松崎しげるがこの曲を歌うならば、他の特番を全てキャンセルしてまでも二人の歌に耳を傾けます。
マービンゲイとタミータレルで、『Ain`t No Mountain High Enough』です。
夫です。
今日の朝は、重い鈍痛と共に目覚めた。
前日の深酒のせいだ。
頭痛に負けず、私は歯磨きをし、髪形を整える。
仕上げに髭を剃り、私は居間に戻る。
居間に戻った私に、長女が言う。
『今日はといザラすに行くよ』と。
そう、今日はお婆ちゃんがクリスマスプレゼントを買ってくれる日なのだ。
私は、正直酒を抜くためにスポーツジムに行きたかったので、
「おお、そうか、行っといで」
と言った。
長女がこの後言った一言二言が振るっている。
「ああ、そう。来ないんやね」
「この人は私たちと一緒にいたくないんよ」
指を指しながらだ。7歳の女の子がだ。
アメリカンワイフか。
今日の朝は、重い鈍痛と共に目覚めた。
前日の深酒のせいだ。
頭痛に負けず、私は歯磨きをし、髪形を整える。
仕上げに髭を剃り、私は居間に戻る。
居間に戻った私に、長女が言う。
『今日はといザラすに行くよ』と。
そう、今日はお婆ちゃんがクリスマスプレゼントを買ってくれる日なのだ。
私は、正直酒を抜くためにスポーツジムに行きたかったので、
「おお、そうか、行っといで」
と言った。
長女がこの後言った一言二言が振るっている。
「ああ、そう。来ないんやね」
「この人は私たちと一緒にいたくないんよ」
指を指しながらだ。7歳の女の子がだ。
アメリカンワイフか。
夫です。
今日もまた、飲んでいる。
と、尊敬する沢木耕太郎氏のフレーズを参照してみる。
「ハロー!」このブログを読んでいる、読者たちへ。一応言っておくが、俺は今酔っている。
酔いながら、今日一日を振り返ろう。
今日僕は、朝6時半に目を覚ました。
次女の準備が手間取り、結局自宅を出たのは9時頃だった。
その後、11時から15時までは三女(11か月)の世話をした。
妻が所用を終え、15時に帰宅した後、仕事に戻った。そして、21時頃仕事を終え、帰宅した。
最近は18時ごろに帰宅することが多かったので、まあ遅い帰宅だ。
帰宅すると、三女が泣きやまない。
『愚図る』というやつだ。
妻が辟易している様子だったので、私は食事の手を止め、三女を引き取る。
ちなみに三女を引き取る前に私が食べていた鍋料理は美味であった。
三女の様子を見て、私はピンと来る。私は録画しておいたNHKのエデュケーションTVのプログラムを三女に見せる。
昼。三女にこれを見せたらすぐに寝たのだ。
いわゆる、『直感』というやつだ。
しばらくして、三女はスヤスヤと寝息を立て始めた。
直感の勝利だ。
12月の初めに、親の実家がある島根に長女と旅行をした。
実家に着いた後、長女は退屈そうにしていた。
私はピンと来て、居間のふすまを開けたところにある、小部屋に長女を案内した。
ここに来れば、長女は時めくに違いない。そんな直感があったのだ。
そこには小さな箪笥があって、引き出しを開けると古い電卓があった。
長女はそれを見つけるなり、電卓を叩き出した。
私は幼い頃、毎年この親の実家に帰っていたのだが、大体3日目にもなると退屈して、この電卓を叩いていたものだ。
子供はなにしろ、電卓には目が無いのだ。と、いう直感。が、効を奏した。
親であるが故周りのことは色々気になる。
モラルや周囲の教育というのは大切だろうが、自分が生きてきて、こうすれば子供たちはこうなるだろう、という直感も親として大事だと思った次第。
今日もまた、飲んでいる。
と、尊敬する沢木耕太郎氏のフレーズを参照してみる。
「ハロー!」このブログを読んでいる、読者たちへ。一応言っておくが、俺は今酔っている。
酔いながら、今日一日を振り返ろう。
今日僕は、朝6時半に目を覚ました。
次女の準備が手間取り、結局自宅を出たのは9時頃だった。
その後、11時から15時までは三女(11か月)の世話をした。
妻が所用を終え、15時に帰宅した後、仕事に戻った。そして、21時頃仕事を終え、帰宅した。
最近は18時ごろに帰宅することが多かったので、まあ遅い帰宅だ。
帰宅すると、三女が泣きやまない。
『愚図る』というやつだ。
妻が辟易している様子だったので、私は食事の手を止め、三女を引き取る。
ちなみに三女を引き取る前に私が食べていた鍋料理は美味であった。
三女の様子を見て、私はピンと来る。私は録画しておいたNHKのエデュケーションTVのプログラムを三女に見せる。
昼。三女にこれを見せたらすぐに寝たのだ。
いわゆる、『直感』というやつだ。
しばらくして、三女はスヤスヤと寝息を立て始めた。
直感の勝利だ。
12月の初めに、親の実家がある島根に長女と旅行をした。
実家に着いた後、長女は退屈そうにしていた。
私はピンと来て、居間のふすまを開けたところにある、小部屋に長女を案内した。
ここに来れば、長女は時めくに違いない。そんな直感があったのだ。
そこには小さな箪笥があって、引き出しを開けると古い電卓があった。
長女はそれを見つけるなり、電卓を叩き出した。
私は幼い頃、毎年この親の実家に帰っていたのだが、大体3日目にもなると退屈して、この電卓を叩いていたものだ。
子供はなにしろ、電卓には目が無いのだ。と、いう直感。が、効を奏した。
親であるが故周りのことは色々気になる。
モラルや周囲の教育というのは大切だろうが、自分が生きてきて、こうすれば子供たちはこうなるだろう、という直感も親として大事だと思った次第。