原点回帰
雑誌や本が好きな人、編集することが3度のメシより好きだという人は、
世間がどう言おうが、自分なりに闘いながらやっていくことになるのでしょう。
新しいことをやる、前例のないことをやる。これがまさに雑誌づくりの『原点』だと思います。
ーーーインタビュー<雑誌づくりの現場から>日本の編集長より
http://www.fujisan.co.jp/interview/gq/page2.asp#start
負けるな!
ONE STEP ON A MINE IT'S ALL OVER
実在した戦場カメラマン一ノ瀬泰造のお話。
いまのデジタルという何万枚もシャッターを切れる時代ではなかったころ
貴重な35枚というカメラロールで魂を込めたシャッターチャンスを
捕らえていた写真には、とても敵わない気迫が宿るはずだ。
戦場カメラマン一ノ瀬泰造さんの写真展は泰造のお母さんが主催され
恵比寿で良く開催されている会場へ足を運んだ記憶がある。
そこで魅入った写真は、まさしく『活きている写真』に想えてならなかった。
写真空間にいると時間軸が『その時へ』と引き戻されるような感覚を覚えた。
全てを知る『きっかけ』となったのが
もう十年以上前に観た映画『地雷を踏んだらサヨウナラ』だった。
1972年、内戦の激化するカンボジア。
銃撃の飛び交う中、ニコンを携えてシャッターを押しつづける男。
男は25歳のフリー・ジャーナリスト・一ノ瀬泰造。
キャパや沢田教一に憧れて戦場カメラマンを志し、激動のインドシナ半島を駆け巡るうち、
やがて解放軍の“聖域”〈アンコール ワット〉を撮影することにとり憑かれてしまう。
“うまく撮れたら、東京まで持って帰ります。もし、地雷を踏んだらサヨウナラ”と
書き残した男は、死の直前、果たして何を目にしたのか……。
物語は色あせる事は無い。普遍です。
もしも。まだの方は。
ぜひ。この映画を観てみてください。
そして
命をかけて写真と共に生きた
戦場カメラマン、一ノ瀬泰造さんを。
映画を通じて、知ってほしいです。
きっと
心に残る時間になるはずです。

いまのデジタルという何万枚もシャッターを切れる時代ではなかったころ
貴重な35枚というカメラロールで魂を込めたシャッターチャンスを
捕らえていた写真には、とても敵わない気迫が宿るはずだ。
戦場カメラマン一ノ瀬泰造さんの写真展は泰造のお母さんが主催され
恵比寿で良く開催されている会場へ足を運んだ記憶がある。
そこで魅入った写真は、まさしく『活きている写真』に想えてならなかった。
写真空間にいると時間軸が『その時へ』と引き戻されるような感覚を覚えた。
全てを知る『きっかけ』となったのが
もう十年以上前に観た映画『地雷を踏んだらサヨウナラ』だった。
1972年、内戦の激化するカンボジア。
銃撃の飛び交う中、ニコンを携えてシャッターを押しつづける男。
男は25歳のフリー・ジャーナリスト・一ノ瀬泰造。
キャパや沢田教一に憧れて戦場カメラマンを志し、激動のインドシナ半島を駆け巡るうち、
やがて解放軍の“聖域”〈アンコール ワット〉を撮影することにとり憑かれてしまう。
“うまく撮れたら、東京まで持って帰ります。もし、地雷を踏んだらサヨウナラ”と
書き残した男は、死の直前、果たして何を目にしたのか……。
物語は色あせる事は無い。普遍です。
もしも。まだの方は。
ぜひ。この映画を観てみてください。
そして
命をかけて写真と共に生きた
戦場カメラマン、一ノ瀬泰造さんを。
映画を通じて、知ってほしいです。
きっと
心に残る時間になるはずです。








