最近、日本人の大好きな血液型占い、四柱推命、手相のような性格判断の中に、新たなジャンルとして「文系OR理系」というような性格判断が出てきたわけだ。
自分としては、占いなんか全く信じないが「文系理系における性格判断」というのは、強ち間違いではないように思う。 いや、性格判断というか正確にいえば(シャレではなく)
「思考手段の違い」だろうか? その例を下に挙げる
文系
感性で考える
表現が豊か
コミュニケーションが豊富
理系
論理で考える
何事も数値に置き換える
知的好奇心が旺盛
自分で考えてみると、非常に理系的(上で言う)思考に当てはまるのだ。
自分だけの例でこの性格判断が正しいというのは危険だが、この性格判断には合理的な説明がつくと思うのだ。 それは「大学受験に向けた文理別々の高等教育」である。
何が言いたいかというと、たとえば
理系
数学→ OOは××の1.5倍に当たる
物理→ △△と□□は同じ次元をもつ
化学→ これは温度が一定なのでOOの法則が使える
文系
現代文→筆者は何が言いたいのか
古文 →訳すとどういったニュアンスになるか
漢文 → 故事成語の由来
といったように、「受験」という人生の大イベントを通して一種の特有の思考形式を育てるようになるのではないか? いわゆる「栽培された思考形式」ではないかと思う。
つまり理系は理系なりに、文系は文系なりに合理的な思考形式を後天的に取得する。
これが後々まで人の人格形成に影響を与えているのではないか。と思う。