ずっと、そう信じていた。

 

 

結果を出さなければ…。

 

役に立たなければ…。

 

頑張っている姿を見せなければ…。

 

そうでなければ、自分はここにいてはいけない気がしていた。

 

 

 

その信念は、ちゃんと機能していた。

 

 

行動できた。

 

動き続けられた。

 

「もっとやらなければ」という焦りが、エンジンになっていた。

 

でも、気づかなかった。

 

 

 

そのエンジンが、隣にいる人との距離を少しずつ広げていたことに。

 

 

 

あるとき、大切な関係に亀裂が入っていることを知った。

 

 

 

しかもそれは、すでに修復が難しいところまで来ていた。

 

 

 

虚しさ、悔しさ、自責。

 

 

 

いくつもの感情が、同時に押し寄せてきた。

 

 

 

 

 現場で、何をしていたのか。

 

 

僕は指導者として現場に立つとき、ある癖があった。

 

 

「足りないところを見つけて、埋めていく」

 

 

チームに何かが欠けている。

 

 

だから…補わなければ。

 

 

その視点から、ずっと動いていた。

 

 

でも、ある問いに向き合ったとき気づいた。

 

 

「そのとき、自分の内側はどんな状態だったか?」

 

 

 

苛立ち。

 

焦り。

 

未来への渇望。

 

 

 

選手の「足りなさ」を見ていたようで、

 

実は…自分の怖さを、選手たちの上に投影していた。

 

 

 

 

指導者として力がないと思われたら…。

 

 

結果が出なかったら…。

 

 

自分の存在価値が脅かされてしまう…。

 

 

その怖さが、現場を動かしていた。

 

 

 

 

 その声には、名前がある。

 

 

私の中には、ずっとある声がいる。

 

 

「役に立たなければ、存在できない」

 

「認められなければ、ここにいてはいけない」

 

 

その声が、指導者としての自分の隣にいつも立っていた。

 

 


選手のためではなく、その声を黙らせるために動いていた。

 

 


そのことに、ようやく気づいた。

 

 

 

 

 

 

 自分を傷つければ、報われると思っていた。

 

 

気づいた後、僕は猛烈に自分を責めた。

 

 

選手に申し訳ない。

 

 

また同じことをしてしまった。

 

 

自分はなんてひどい指導者だ。

 

 

でも、その自責の奥にあるものをよく見ると…

 

 

 自分を先に攻撃して、麻痺させようとしていた。

 

 

 

 

 

本当の痛みが来る前に、感覚を閉じてしまおうとする。

 

 

長い間、そうやって自分を守ってきたんだと思う。

 


でも、それで守れていたものは何だったのか。

 

 


毎日が辛かった。

 


今ここに、自分がいない感覚があった。

 

守ろうとして、一番失っていた。

 

 

 

 

 

 

 娘が、言った。

 

 

「パパ、そこにいてくれているだけでいい」

 

 

 

その言葉を聞いたとき、何かがほどけた。

 

 

 

 

結果も、証明も、苦労も…何も要らない。

 

 

 

ただいてくれればいい。

 

 

 

 

それは、僕が選手に届けたいと思っていたまなざしと同じものだった。

 

 

 

 

そのまなざし、もう既に知っていたのに…。

 

 

 

 

もうそこにある、と気づいていたのに…。

 

 

 

 

また僕は同じことを繰り返していた…。