数々の歴史的事実のなかで、王妃は浪費家で男狂いで、王のことなど鼻にもかけてなくて。。
と、かなり悪辣に書かれているものも少なくない。
でも、遠藤周作のアントワネットは違います

たしかに浪費家ではある。
民衆のことなど分かっていない子供である。
でも、ここに書かれる彼女は高潔であり、貞淑であり、心から夫である国王を尊敬し、子供を愛する母親である。
有名な愛人であるフェルセン氏も登場し、心から王妃と愛を交わすけれども、不適切な関係はまるでなし。
徹頭徹尾、プラトニックに殉ずるのだ

もちろん、プラトニックならいいって訳じゃないけれど

事実は小説よりも恐ろしい。
それでも事実がこの小説に書かれたような綺麗なものであって欲しいと祈る気持ちです。
さて本編は、少女であるアントワネットがオーストリアから嫁いで来るところから始まります。
そこには同年代の平民の少女、マルグリットも同様に登場し、アントワネットと光と影的な対象を見せて様々な陰謀に活躍して行くのです。
悪役である彼女の方が生き生きと感じられるのはある意味仕方のないことなのでしょうか

そこには、有名なカリオストロ伯爵、首飾り事件に関係する公爵夫人、ロアン枢機卿、様々な人物が色を添え、王妃の地位が転落して行く様が鮮やかに描かれます。
もちろん小説なので、カリオストロ伯爵は事実王妃とは関係がないし、マルグリットなる少女も小説の中で創作された人物。
でも、アントワネットを描くとき、こうした平民の恵まれない少女を描くのは定石のようにもなっているところが面白い。
王宮の華麗な生活と、平民との生活がそれだけかけ離れたものであったからこそなのでしょう。
平民の少女は、生きるために必死です。
自らの肉体を売ったり、陰謀に加担して獄人を解放する手助けをしたり。。
まぁ、現代でもそれはあまりかわりがないことなのかもしれません。
少女がお小遣い欲しさに売春したりする時代ですから

お金の力とは恐ろしい

それにしても、首飾り事件の複雑さには本当にびっくりする

しかもこっちは事実ですからね

当時の王妃が、どれほど民衆の反感を買っていたかがよく分かる。。
さて、単行本は上下巻で構成されています。
後半はほとんどが、王室一家の逃亡劇、そしてその失敗、彼らが断頭台まで行く道のりが書かれています。
これが本当なら。。
彼らほんとに運が悪い

どこに行っても予定されていた助けの手が遅れたりなんだったりで、ちっともうまくいかない。
このへんはさすが巨匠、ドキドキハラハラさせてくれます

歴史だから結果は分かっているのですけど

歴史にたらればはないとしても、本当に彼らルイ16世家族はもったいない。
歴史はうごくとしても、もっと違う結果もあったろうに。。
先日行われた、ウイリアム王子の結婚式のように、華やかな式典が今でもフランスであったかもしれないのに。
まあ、それも良し悪しでしょうけどね。
日本やイギリスのように、王室が存続するところと、フランスやロシアその他の王室が存続し得なかったところとにはどんな違いがあるんだろう。
貧さはときの為政者の責任も大きいけれど、それを倒そうとするもの、そうでないもの。。
そんな複雑さも考えてしまった一作でした。
遠藤周作の文体がとてもよかったので、また何か探して読んでみたいと思います
