2012年新年あけましておめでとうごいます。
今年もよろしくお願いします。 今年ものんびりとしています。

金持ち父さん、貧乏父さん! 其の六     

おいしい店がある、
東京の住みたい街 人気の街ランキング
             本郷界隈 
編 東京大学
 安田講堂 2012年元旦 
第4位 本郷・駒込周辺(文京区)

 きりっとしまった歴史と文学の街 明治・大正時代の面影を残し、
東京大学を中心に 本郷界隈 といわれ、多くの文化人に愛されてきた街です。

もし自分が文学青年あがりの中年だったら
      
      「本郷界隈に居を構え、晩秋の 銀杏並木 の落ち葉の絨毯になった本郷通りを歩き、東京大学構内は赤門から三四郎池まで散策し、同じこの道を歩いただろう文豪、あるいは、「名もない先人」 たちの高き意志に思いをはせて、読書にふける。」
 
こんな感じです。

 昨年放送の「ブラタモリの本郷台地」は、興味深く拝見しました。
本郷 は都内でも有数の 起伏の激しい地域 で、本郷台地を 川が浸食し、数々の渓谷や坂を育成しました。 
 (お茶の水駅前の神田川渓谷は人工だったんですね)

東大構内にある、三四郎池の 湧水 も 本郷の渓谷を創った水パワーの源のひとつでしょうか?
 
三四郎池
    


 加賀藩の上屋敷となった1626年から造園が開始され、
育徳園 の 心字池(池の形が 心の字 をイメージ)

 として 贅 を凝らした前田家の「庭園池」になりましたが、明治維新以降は、「官有地」 として、一般の人に親しまれる様になりました。

 夏目漱石の小説 『三四郎』 で この池が舞台になって以降に
通称 三四郎池 といわれるようになりました。
 


 キャンパス構内に赤門や三四郎池があり、講堂や学食の建物も東京都の指定文化財ですから。 出身の方は誇り高い母校ですね。

東京大学を出た人に、「母校はどちらですか?」と訪ねると
 多分、「本郷の方です。」と 控えめに、でも、誇り高く、答えます。

 本郷といえば、東京大学で、本郷の街も東京大学に多大に影響を受けて、周辺に下宿街が構成されたり、その発展系で旅館が多かったり、下宿は最盛期には四百軒近くあった様です。

学びの地として、多くの知識人、文化人が居を構え、隣町の駿河台の周辺に多くの私学が集結したのも影響のひとつです。

本郷界隈を愛した文人達

夏目漱石、川端康成、樋口一葉、芥川龍之介、宮沢賢治
石川啄木、坪内逍遥 正岡子規、谷崎潤一郎
 史跡めぐりだけで、一日楽しめます。

今年は、森鴎外の居跡に記念館が開館します。

   
本郷通りからの 東大赤門
  1827年 前田家の御守殿門として完成し、185歳を迎えます、江戸屋敷で朱塗りの門がそのまま保存されているのはここだけです。
 東京大学の俗称 赤門 としても使われています。

東大正門
 本郷通りの延々と続く、煉瓦壁の中央に構えた、重厚な門です。

本郷通り東大前
 
本郷キャンパスは広大な敷地なので、東京大学の正門は本郷ですが、構内の 「東大付属病院」を経由して、池之端門をでれば、もう目の前が不忍池で、東大は上野駅からも結構近いです。 
 



東大の構内へは、入試時期を除けば、徒歩なら一般人も入れます。
 各建物は、重厚なゴシック式で90年くらいの年月を経て、苔やよごれも歴史のひとつ、ひとつを物語る様に趣が感じれら、銀杏の並木道になっていて、素敵な散歩道です。
 
  
 
 整然とならんだ、重厚な建物、銀杏並木と歴史のある三四郎池、喧噪の繁華街と違い、閑かなキャンパス さすが日本の誇る最高学府、東京大学、「青年の志」を はぐくむのに 最高の環境ですね。


 

 戦後からは木造の古風なこぢんまりとした旅館がたくさんありました
が、 だんだん数が減り、今年も震災の影響なのか何軒か廃業したようです。
 
情緒のある忘年会をしたいということで、会社の忘年会を 鳳明館(ほうめいかん)という旅館でお願いしたことがあります。

鳳明館

 街は、時代とともに変化していくのは当たり前ですが、ゆかりのあった街の風景が変わるのには、寂しい感じがします。

  本郷・駒込 編 東京大学 
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            To Be Continued 

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