水車小屋と、わたしの中のふたつ

「今できることから、
もう一度人生に喜びを取り戻そうと思うの。」
そう口にしたとき、
わたしはキミの反応を少しだけ試してしまった。
もちろん「業務範囲内」で。
そんな言葉を二度も重ねて、
あとから思い出すと、かえってよそよそしい。
わたしは何を期待して、
どんな距離を確かめたかったんだろう。
キミはこう言った。
「前に言ってた、水車小屋のウォーキングコースは?」

思い返せば、今年の春。
電車に乗ってあの水車小屋に行きたいと
提案したのはわたし。
キミは「行きましょう」と即答してくれたのに、
わたしはすぐに長距離を歩けなくなってしまった。
“3日後”の約束のときも、
わたしの身体は思うようにならず、
結局、キミの手助けに
痛みをほどいてもらうだけで終わった。
行きたいと言っておきながら、
なぜかその場所へは足が向かなくて、
季節だけが静かに通り過ぎた。——それでも。
キミはまだ、あの時のことを覚えていてくれたんだね。
「しばらく電車に乗れていないから、
あそこには今行けない。」
「じゃあ……もっと別の遠いところ……」と続けた。
たぶん、返答に困ってふと口から出てきた言葉なだけ。
なのに、そのひと言が胸の奥で小さく響いた。
「遠くって? どこよ? 今の身体で行けるわけない。」
——子どもみたいに、むきになってしまった。
ふいに視線が重なる。
長いまつげをゆっくり瞬かせた。
「じゃあもう、この辺りの公園しかないじゃないですか。
前みたいに、ほら……アイスでも買って。」
年下のキミにいつもやわらかく
受け止められてしまう自分が、
なんとも言えず複雑で——
けれど、その言葉と優しい空気に
また心がふっとゆるんでしまう。
思い返せば、ただただ恥ずかしい。
あの時は、ちいさな“欲”が出て、
キミを困らせただけだったのに。
それでもキミはいつも、
困った表情の奥で距離をはかりながら、
わたしを見てくれているような気がするんだ。
距離を保とうとするわたしと、
少し近づこうとするわたし。
そのどちらも、
今のじぶんの一部として 受け止めながら、
今日をやさしく生きていきたい。

※私two-miracleの綴る詩は
わたしの心の内や創作の中に
同時に存在する、いくつもの
愛のカタチを描いています。
誰かを裏切ったり
否定する意図はなく
ただ、一人の人間の記憶として
心を込めて紡いだものです。
この詩に触れた方が
それぞれの心にある愛の記憶と
静かに響き合えますように。
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