喜怒哀楽3日間 | 〜力を抜いて生きていく〜

〜力を抜いて生きていく〜

51歳主婦の詩集✎
*2014年脊椎関節炎&軽症線維筋痛症発症2017年寛解
*2023年春再発→痛み広がり1度目より重い症状に。いつか今より元気になりこの宿命の答えを見つける日がくると信じ每日精一杯生きてます。様々な愛の形を詩にしています。拙い詩集ですがご覧ください✎



こんにちは

two-miracleですブーケ2


はじめましての方は

こちらからご覧ください


駅から自宅に向かう帰り道。

一直線上のモノレール通りを歩くのですが
電柱の脇にオレンジのコスモスが咲いていて。




このコスモスのお花が
風に揺れているのを見て

今日の心模様
一発でわかります。


心が安定している時アップ
コスモスが風に揺れるだけで
ふはぁ〜。 綺麗だなあ 癒されるなあニコニコ
 
心が乱れている時ダウン
素通り(見向きもしない) 無関心 無感情 
てか
花眺める余裕すらなしネガティブ


コスモスひとつでも
心の状態によって
世界が全く違うものになるのです汗うさぎ
 

*

前置きはさておき
今から本題^^;

両親が火曜日から二泊三日で
長野の姉の所に遊びに行きました。

今夜帰宅してきます。

わたしが体が元気だった時は
両親が長野へ遊びにいこうが
何処へ行こうが
なんとも思いませんでしたが
(むしろノビノビ♡)

今回
私の心はザワついていました。

快く「楽しんできてね」という
精神状態じゃなかったです。


姉に対しても
姉もまた、両親同様
病気知らずの健康そのもので

それが珍しく先月の10月に
ジムで頑張りすぎて
腰を痛め、歩くこともままらなくなり
整形に行ったら「椎間板障害」と診断され
結構しんどそうな時期があったのです。

「ミラクルの日々の
辛さがほんとによくわかった」

先月の姉の療養期間は
姉とラインや電話の
やりとりがいつもより増えていたのですが
(痛みで姉も自宅に引きこもっていたので)

姉の症状は自己免疫系ではないし
どうせすぐ治るんだろう
だから姉が治っても
自分がスッとは
良くならない疾患であることと比べて
落ち込まないようにしようと
予めあきらめていた(覚悟はしていた)ものの

予想以上に回復が早く
2週間と経たずして復活びっくり

2週間後には、もう
東京の姪っ子甥っ子の所へ
遊びに行き阿波踊りを見に行き

最近はガーデニングに夢中だそうで
庭にレンガを敷き詰める作業に
夢中になっているらしく、
1回仕上げたのを
気に入らなくて全部やり直して
二往復目をするまでの
こだわり派と体力回復。

覚悟をしていたつもりでしたが

すぐには良くならない疾患の自分、
そもそもこれ、治る?どうやって?
という心理状態や不安が
拭いきれない私にとっては

今回の両親の長野行きは
これまでの経緯含めて

被害者意識が
そりゃもう
暴れ出すような
状態でした。

※ですが、
しつこいけど、医者が治らないと言おうが
治ること(=元気になること)はあきらめてはいません^^;



父が出かけ間際に

「留守にするけど悪いね。miracleが元気になれば
子供たちももう大人、留守番も
できるわけだから、4人でまた旅行も行ける。
ミラクル次第なんだから頑張って。
簡単なことなんだから

という言葉を
父がのこして出かけた後は

今の現実が悔しくて悲しくて
気でも狂ったか?
のように泣きました。


因みに父は
私の病名や症状については
何も知りません。

母のところで
ストップがかかっています。

父は幸せな話しか
耳に入れたくない人なの汗うさぎ
 

つまり繊細で弱い人なので
(私の繊細は父似です)
私の弱っている現状を知ったら
崩れてしまうだろうと自己防衛が
働いているんでしょう
心が弱い父には
受け止めきれないので
あえて耳に入れないようにしているのです。
→ミラクルの病状のことは
俺には一切話すな
母に忠告したそうな。

*


最後
姉と両親と出かけたのは
前も書いたかもしれませんが
2023年1月11日の江ノ島神社。

あの頃、コロナも終息しかけて
子どもたちも成長したし、
また親子4人で旅に出ようか、、と
江ノ島神社での観光中
4人での旅行計画も立てていました。

当時は、両親晩年の
親孝行にもなるなあと思って
私も行きたい気持ちがありましたが

そこから数ヶ月後に
私が体調不良になりダウンし
叶える事が出来なくなりました。


狂ったように泣いたのは
「親孝行出来ない自分は情けない」

そんな良心的なキレイな
罪悪感なんかじゃなくて

「なんで、私だけが!?!」
バリッバリの被害者意識のほうです💦


リビングに飾ってある
子どもたちが小さかった頃の
両親と姉家族と私たち家族の
3世帯であちこち旅行に行った写真を
ひとつひとつ眺めては泣きました。

※姉の子と私の子
(いとこ関係ですが)は
同世代で
そりゃもう小さい時は仲良しで
旅行した数は数え切れません。

それから
私たち姉妹がお嫁に行く前の
4人家族だった頃の
写真立てや壁かけのフレーム。

気が狂ったように泣いたので
何の言葉を発したのか
はっきり思いだせないですが

あなたはまた元気になるの、
なれるの、て
ぐしゃぐしゃに泣きながら

自分の魂に訴え続けていたような気がします。



泣き尽くしたら少しスッキリして 


初日は


午前に鍼灸と

午後に月1で受けている

電話カウンセリングを

入れていました。


私、こうなること

=心が乱れること

予測していたんですね。


まだ自分一人で立て直せる状態でないこと

(外の力を借りないとダメな時期であること)


それもわかっていたから

その自分にも否定せず

※精神的に自立できなくて

ダメだな!とかの自己否定


今は心も身体も弱りきっているのだから

これでいいのだ!

と自分に優しくしました。



カウンセラーさんからはいつしか
花の写真、景色の写真から
最近は、イラストが送られるようになり

そのイラストに物語(詩)を作る。

先生に言われたわけではなく
私が勝手にやっているだけですが

自分で選んでいるわけではないので
毎週、どんなイラストが
飛び出してくるかわからない中

ぱっと見た瞬間や
イラストをじいっと観察した中で
何の制限もなく
言葉をつけたしていく作業が
なんとなく楽しいことを
伝えました。

今、身体は健常者のように
自由がきかないけれど
心はいかようにも
自由でいられる
それを証明できるから
なのかもしれません。
※拙いメンヘラポエムに目を通してくださる方
ありがとうございます😂🙏💓


因みにこの間
夫も鹿児島へ出張で留守で💦

3人の息子たちがいるので
完全なひとりではないため  
息子たちが諸々助けてくれて
ありがたいです。

独立二世帯住宅

夜は1階の実家スペースで
普段私は寝ているので
それなりに広いお家で
一人でシーンとした状態で眠るのは
怖いのだろうか?と思っていましたが
予測通り寂しさはなく全然大丈夫で、
むしろノビノビしている自分に気付きました😅

もともと一人旅等が好きだったから
こうゆうのは平気なんだなと。
※2階のわが家スペースに
息子たちが居るのがわかってるから、
というのもあり。

完全に1人だったらどうなんだろう真顔

やっぱり体が弱ってる時は
淋しいのだと思います。

ただ、よくよくわかったのは
私の心がかき乱されるのは
この一階に1人になることではなく

自分だけが
遊びに出かけられない
事に対しての
悔しさと悲しさ、

なんだなあと
あらためて
気づきました。


昨日は、そんな憂さ晴らしに
付き合ってくれる

明るい叔母と
いつもの夢庵へ月1のおしゃべりタイム。

昨日もまだお弁当持参。
とろろだけ注文しました。

とろろは消化酵素が含まれているらしいですね。
美味しく頂けましたおねがい



〜お弁当中身〜
.のり弁
.シャケ(まだ焼きが✕で湯がいてます)
.ブロッコリー豆乳マヨソース
.昨夜の煮浸し(あり合わせの野菜と厚揚げ等)
.豆乳ヨーグルトまで持参しました。
&とろろ
  

前回1時間半でギブアップでしたが
今回は15分追加、
1時間45分滞在できました。

お尻痛くなったけど、
痛かったことより
時間が延びたこと、楽しかったことに
目を向けていきますおねがい

叔母に
「来月はまた増えて
2時間だね飛び出すハート
て言われて

そう言われると
出来る気がしてくるからフシギ。


最終日の今日はフリー。

今日は自分のご機嫌を自分でとるべく
こうしてブログを書き
午後は少し出かけてこようと思います。


しかし、
大きな声では言えない
なん、、、とも言えない
両親不在の、なんとなくの
ノビノビ感はなんなんだろう^^;
 

二世帯住宅の人にしか
わからないであろう
それはそれは
とても
複雑な心境なのです。^^;^^;


今日も
ご訪問ありがとうございますピンク薔薇