こんにちは!
two-miracleです🌈
はじめましての方は
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週末、
些細なことなんだけど
母と口喧嘩。
いや、口喧嘩とは言わないのかな?
私が一方的に
腹を立ててしまった
だけなんだけれど。
母に何気なく言われた言葉が
やけに癇に障わったのです。
私は性質が雑で(笑)
良く言えばスピーディに物事を進めたい、
だから、元気な時は
一度に色んな事を同時進行できる
タイプなんですが
病気になると
その人の短所が鋭敏になるって
以前もここに
書いたことがあるけれど
鋭敏になってるから
雑さが酷い。
そう、、
つまるところ
今は
丁寧な暮らしとは程遠いのです。
例えば掃除や炊事。
私は今、腰を深く曲げたり
しゃがんだりが出来にくくて
(やろうと思えばできるけど立ち上がるのに
一苦労したり、そのあと腰痛が悪化するのが
辛くて、どんどん動かさないようになってしまって💦)
だから、床に落ちたものすら
満足に拾えないのね。
10年前、
一番はじめに発症した時も
そうでしたが
家族に拾ってもらうか
マジックハンドを利用している
状態です。
床の拭き掃除だって
簡単には出来ないから
目をつむるしかない。
他、
筋力が衰えてるのもあり
痛みを堪えながら
いつもいつも
「そのことを成し遂げようとしている」
ことに
精一杯だから
うっかり手が滑って
しょっ中物だって落とす。
料理中に包丁で切り落とした
根の部分や
葉物を床にうっかり落とすし
手が滑って(痛みで手に力が入らなくて)
皿を1日2枚以上割ってしまう日だって
一度や二度じゃ済まされない。
食事を作る工程だって
洗い物をする工程だって
酷いもんです。
もう、ぐっちゃぐちゃになる。
作ることに必死、
やり遂げやることに必死だから。
この体になり
キッチン排水溝も
腰から遠いのが辛くて辛くて
排水溝の掃除が
満足にできず(痛みで手を抜くようになり)
何度も詰まらせたこともあります。
そんな私を何度も
見てきているからでしょうか、
先日、母が私に何気なくかけた言葉。
「元気になったら
丁寧な暮らしを心掛けて
みたらどう?」て。
何でも母は最近
父との老後生活
丁寧な暮らしを心掛けるようにしてるんだそう。
カチーンときたんですわ。
私だってさ
出来ることなら
そりゃ丁寧に暮らしたいの。
いつだったかな、
たまたまテレビに石田ゆり子さんが
テレビに出演していらした時に
その佇まい、仕草、口調、着こなし
インスタグラムはもうやめてしまったけど
拝見していた頃の暮らしぶり(インテリア)、、、
まさに全てが
「丁寧な暮らしと丁寧な佇まい」で
いつ見ても変わらない
あまりの美しさに息をのみましたが
今の私には
喉から手が出るほど欲しくても
それが出来ないの。
(体調不良と痛みで!ゆりこさんは
ハードルが高すぎたけど
)
その出来ない状況の中
「丁寧な暮らしを心掛けたら?」
は、例え未来であれ
未来がまだクリアになっていない
身体がしんどい
私にとっては(勝手にですが)
傷ついた言葉でした。
でも、時間が経ち
私はそんなに
丁寧に暮らせていない人間なの?
と自問自答したら
私にも丁寧に暮らせていることは
あると思えたの。
例えば食事。
今は自分の身体のために
翌日、美味しいお味噌汁を飲むために
前夜に出汁をとったり
添加物や小麦や砂糖などを殆ど控えて
質の良い調味料を使い
自分の身体のために丁寧に食事を
作っている。
・豚肉と長芋の梅肉煮
・ひじきの煮物
・大根のそぼろ煮
・鳥レバーと生姜の煮物
・しそふりかけごはん
・豆乳きな粉ヨーグルト
(小さいお皿に少量ずつ。)
こういうことだって
「丁寧に暮らしている=生きている」
ともいえるんじゃないかなって。
そして今、こうして
自分に嘘をつかないで
誤魔化さないで
自分を見つめて
格好悪くたって
自分の生き様を
アウトプットしていることだって
私にとっては
「丁寧に生きる」ことの
ひとつの手段です。
だから
自己卑下しなくていいんだって。
親に何かを言われようが
上司に何かを言われようが
誰かに何かを言われようが
自分で自分を認めてあげられれば
それで花マルなんだよ。
家の中がぐちゃぐちゃな人でも
温厚な性格で
人との関わりが丁寧な人もいますよね。
それだってそのヒトなりの
「丁寧な生き方」。
↑昔、そんなママ友がいたの(笑)
洗い物がキッチンに積まれるほど
溜まっていたけど、面倒見の良さや
親切心、笑顔がずば抜けて素敵だった。
もちろんゆりこさんみたいに
パーフェクトな人も世の中には
いるのかもしれない。けれど
その時々での
自分なりの丁寧さを貫けていれば
充分なのだと、今は
思えるようになりました。







