昨日の続き


「アルジャーノンに花束を」第一話で、


実験中の動物、ハツカネズミ(マウス)と言ってますが、どう見てもラット(ドブネズミ)が、


研究室から脱走する描写がありますが、これって実際にもあり得るのですが、


施設外への逃亡は、建物の構造上ほぼ不可能になっています。



考えてみてください。


例えば何か病原体を接種した動物が、管理区域外、具体的には自然界に出てしまったとすると。


もしその病原体が、常在するものだと特に問題は無いのですが、


突然変異等、特殊なものだと、病原体が蔓延した時の対処が問題となります。


もし逃げ出した動物の遺伝子を操作していた場合、


本来自然界には存在しない遺伝子の組み合わせを持った動物、


言い換えれば自然界に存在しない動物が野を駆け回り、


増殖したとすると生態系がどうなるかを。



この様な事を防ぐため、国際的な議定書が存在し、


日本も批准していますので、事実上このようなことは起こらないことになってはいますが、


実際にはルーズな研究者が時折トラブルを起こしているのも事実です。



原作が書かれたのが1959年ですので、ある程度は目をつぶって


作品を楽しまなくてはいけない様ですね。



「アルジャーノンに花束を」、録画していたのを見ました。


何回目の映像化でしょうか?


いまさらですが、現在の視点、倫理観でこの作品をとらえると


作品の奥行きが感じられます。



原作では「手術」でしたが、今回の作品では製薬会社が出てきているから「薬」?


インフォームドコンセントはどうするのかな? 


フェーズⅠ、Ⅱ飛ばしていきなり3相ってこと?


そもそもこの症例は適応例なの?



予想される突っ込みどころは満載ですが、原作が1959年ですので、


現在とは異なった論理で事を進めることができたのでしょうが、


現在では倫理面、科学的側面から本作のようなことは不可能になっています。


事実上。



これを差し置いても本作には書きつくせない魅力があり、


今更ながら読み返してみたい作品の一つとして挙げられます。

先日録画した「砂の器」、


肝心な部分が原作とは全く異なるのですが、


仕方ないのかな? このご時世。


10年ほど前にTVで放送されていた連続ドラマでも、


主人公親子が村を追われる理由が「津山30人殺し」になってたし。



やはりあの部分は現先通りでないと、諸々のつじつまや、


犯行動機に結びつきにくいと思うのですが、


やはり無理なのでしょうね。