キャンディキャンディ二次小説

11年目のSONNET

スピンオフ

 

 

伝説の森・後編


前編はこちらです

 

★★★

 

薄暗くなってきたストラスフォードの森に、シチューの匂いが漂い始めた頃だった。

「ママー!今ジェイが手紙を届けてくれたよ。アンディからだ。読んでいい?」

「ロンドンから?いいわよ」

次男ジュリアンは持っていたプラモデルを床に置き、キッチンにいる母親に向かって手紙を読み始めた。

「――SOS!・・?・・ママ、SOSってどういう意味?」

「SOSっていうのはね――SOS!?!!」

キャンディは持っていたお玉を放り投げ、小さな手から手紙を奪取した。

 

SOS!アイリスが大変なんだ!

アンディ

 

「電報、、緊急事態ってこと!?内容を書いてくれなきゃ分からないじゃない!」

怒りまじりの懸念は、キャンディの心を一瞬でセントポール学院に跳ばした。

(とにかく行かなきゃ、今すぐ!)

エプロンを脱ごうと背中のリボンに手を掛けた時、

「ぼく、お腹がすいたんだけど」

その手を阻止するように、ジュリアンが結び目を抑えた。

「ジュリアン、あなた何歳!?」

「八才」

「八才と言ったら十分大人よね!?」

小さな肩に両手をのせ、説得するように声を掛ける。

「・・・八才は子どもだよ」

誘導尋問には乗らないジュリアン。

「もうすぐパパが帰ってくるわ!ひとりでお留守番出来る!?」

「できるけどイヤだ。ぼくお腹がすいた」

「分ったわっ」

キャンディはエプロンを放り投げ、鍋とジュリアンを抱えるようにジェイの後を追った。

 

グレアム邸とは道路を挟んだ向かいにある管理人宅。

けたたましく鳴る呼び鈴に、帰宅したばかりのジェイは慌てて玄関のドアを開けた。

鼻息が荒いキャンディを見た瞬間、ジェイは訪問理由を察した。

「ちょっと外出するから、この子を預かってちょうだい!これ、夕飯」

早く受け取れとばかりにロボットのような動作で鍋を差し出している。

「――いつも、どうも」

鍋はキャンディほど熱くなかった。

「・・テリィの兄きは?」

「書き置きを残しておいたから大丈夫よ。ジュリアン、いい子にしてるのよ」

キャンディはリンゴのような頬にキスをすると、玄関前で辻馬車を拾い駅へ向かった。

「・・・まったく、君のママは相変わらず鉄砲玉だね」

「ぼくお腹すいた」

慣れた様子でジュリアンがテーブルについた。

 

 

いつもは灯りがついている家の窓が真っ暗だった。

「キャンディ?ジュリアン・・?」

プラモデルのモーター音と蜂の巣箱のようないつもの騒音の代わりに、リビングで待っていたのは煮込み料理のかすかな匂いだけ。

部屋の灯りをつけた時、テーブルの上の書き置きが目に入った。

 

ロンドンへ行ってきます。キャンディ

 

「ロンドンへ?・・・実家で何かあったのか?あいつはいっつも一言も二言も足りない!」

テリィがイラっとした時、足元に落ちていた電報に気が付いた。

「SOS?これか?キャンディは学院へ向かったのか?いったい何事だよ!、、アンディ、頼むからあと一行書いてくれよ」

止めたばかりの車に再びエンジンをかけ、アクセルをふかす。

一瞬冷静になった時、「・・ジュリアンを連れて行ったのか?」父親らしい側面が顔を出した。

「いや、子供を連れていったら足手まといになる」

妻と同じ発想を抱いたテリィはそれを確認すべく管理人宅へ向かった。

 

「パパっ!」

ジュリアンはプラモデルの組み立てを中断し、父親に抱きついた。

「ジュリアン、ママはどうした?」

「ママは――いい子にしていなさいって」

「キャンディはどこかに行くって飛び出していったよ。はい、これ」

ジェイはきれいに洗った鍋をテリィに渡した。

「ご馳走様。兄きの分もあるよ。別の鍋に」

ジェイは夕飯に感謝するように手を合わせたが、テリィは瞬時に鍋を突き返した。

「鍋を連れて行っても足手まといになるだけだっ」

テリィの頭もだいぶ混乱しているようにジェイには聞こえた。

「今夜ジュリアンを頼んでいいか!?」

(・・もう頼まれてるけどね・・)

目が血走っているテリィに抗うつもりはない。

「いい子だ、ジュリアン」

テリィは小さな頭をポンポンと叩いた。

「兄き、明日仕事は?RSCには連絡しなくていいの?」

「明日は安息日だっ」

休みであることを告げると同時に、くるっと踵を返した瞬間全てを忘れたように走り出す。

「・・・やれやれ、どこに行くかも告げずに。あのマシンガン夫婦に安息日が訪れますように。アーメン」

ジェイが十字を切るそばで、ジュリアンが勝手知ったる衣装戸棚からパジャマを取り出した。

「ぼく寝たい」

「寝ようかジュリアン」 

 

 

 

窓にコツンと何かが当たった気がした。

「・・・鳥?・・小石?」

二回目の音で確信したのか、アンディは急いで窓を開けた。

「かぁっ・・!!」

「しっーーーアンディ・・」

木の上にいる動物が母親だと秒で判断できてしまう自分は誇らしいのか残念なのか。

「どいてちょうだい。飛び降りるから」

バルコニーにスタッと舞い降りた華奢な体は、とても三十後半の身のこなしには見えない。

「それで?何があったのよ!」

キャンディはさっそくSOSの理由を問いただした。

 

一言でいえば、アイリスはこの一週間部屋に閉じこもっているのだとか。

「授業は?」

「・・・出席してないって、同じクラスの子から聞いた」

「つまり、二人でいるところを見つかって自室謹慎ってこと?そんなの反省室や学生牢に比べたら大したことないじゃない」

母親の発言に、アンディの眉がゆがんだ。

「・・・・母さんの基準ってさ」

涼しい視線の息子に、キャンディは慌てて言い直す。

「あ~ほら、宝くじは百ポンドより十ポンド当たった方が嬉しいっていうじゃない?つまり、あの子はそういう状態なのね?」

「どんな状態??」

母親の比喩は相変わらず分かり難いな、とアンディは思った。

「それにしても、馬術部は何であんな厩に行ったのかしら!昼間から肝試し!?悪趣味ねっ」

とんちんかんな八つ当たりをするのも母親の特徴。

「・・新入生の恒例行事なんだってさ。温故知新――古きをたずねて新しきを知る、みたいな・・?」

「何それっ、変な行事!」

アンディも思った。

「アイリスは自室謹慎じゃないよ。僕とアイリスが二人でいるのを見られて、姉弟だって説明しても信じてもらえなかったんだ。下手な言い訳だ、ってみんなに大笑いされて」

「信じて貰えない?事実なのに?」

「ぼくたち似てないからね。名前も違うしさ。カムアウトしたところで言い訳にしか聞こえなかったみたいで、今や僕たちの”仲”は、、伝説の再来だなんだと全校生徒に知れ渡ったって感じ」

「・・・そんな」

「でも、たぶん問題の根っこは違うよ。アイリスは、父さんと母さんのことがショックだったんだ」

「私たちの?」

「学院から駆け落ちしたって。・・僕は信じないけどね」

そう言いながらも、アンディは母親の顔を正視することが出来なかった。

「・・もしかして学院の伝説の話?」

「そう。伝説になってる厩での・・あいびき」

アンディの顔は真赤になっている。

「――アイリスの部屋へ行くわ」

次の瞬間、キャンディは何かを催促するようにアンディに手を向けた。

SOSの手紙を送った時に、こうなる予感がしていたアンディは用意していた直伝のシーツロープを差し出した。

「母さん、夜は飛ばない約束を父さんとしてたよね?」

無駄だと分かっていても一応言ってみる。

「黙っていればバレないわよ」

言うが早く、白いロープは夜の森の中に消えた。

 

「あれ?・・でも何故父さんが一緒じゃないんだろう?」

嵐を見送った後に、ふと疑問が降りてきた。

「――いや、絶対来る」

そう思った瞬間、窓ガラスがバリンと割れた。

「・・・来た」

アンディが部屋に転がっている小石を拾った時、

「悪い、手加減したつもりだったんだが・・」

聞き慣れた声がベランダから聞えた。

「父さん!一足違いだったよ。今、母さんが」

「・・チっ、飛んだのか。で、SOSって何だ?」

速攻バレている母親の素行。黙っていてもバレるのが夫婦というものだろうか。

アンディはつい先ほどした説明をもう一度繰り返した。

「つまり籠城か?・・・部屋でいじけるぐらいなら、町へ繰り出して発散すればいいのに」

「・・・父さん・・」

明らかに不信感を向ける息子の目に、テリィは慌てて父親の威厳を示した。

「 ” 実際に学ぶことができるのは、現場においてのみである ”――ナイチンゲール」

「・・・現場が違うと思うけど」

キャンディの影響でナイチンゲールもイケるようになったテリィだったが、名誉挽回には遠い空気。

「母さんが心配だ。早く行ってあげて」

微妙な空気をアシストするような息子の言葉に、テリィはバルコニーから飛び降りた。

「あ!父さん」

「なんだ?」

「十月祭の招待状届いた?来てくれる?」

「――仕事のオファーが入った」

「安息日にまで仕事をするの?」

「まったくだよな。前向きに検討するよ」

テリィは片手を上げながら女子寮の方へ走って行った。

 

 

勉強するでもなく机に向かいぼんやりしていたアイリスは、「いたぁ~」という声が外から聞こえ、我に返った。

「ママ!?」

バッとカーテンを開けると、母親がバルコニーで尻もちをついていた。

「な、、何をしてるのママ!」

「何って、当たり前でしょ!?」

「静かに、ママ!見回りがあるのよ」

そうだった、とキャンディは慌てて口に手をあて息を殺した。

娘の背後には、二十年以上前に自分が使った懐かしい家具が見えている。

(・・・変わってない)

「ママ、、どうしてここに?」

心配性の娘は、緑色の瞳を母親に向けた。

キャンディは大きく息を吐いてから意を決したように言った。

「・・・学院時代のパパとママの噂を聞いたのね?」

返事をしないアイリスを見て、全てを話そうと悟った時、

「・・キャンディ」いるはずの無い人物が、カーテン越しから現れた。

「テ、テリィ!何をしているのよ、こんな所でっ」

「それは俺のセリフだ」

「ここは女子寮よ!あなたが居ていい場所じゃないわっ」

「そういう問題じゃないだろ。ったく、手続きすれば、正々堂々と面会できるものを」

「窓から入って来たあなたが言う?」

「朝まで待てるかっ」

延々続きそうな気がしたアイリスは「二人とも、、もう少し・・」と開いた両手を上下させ、両親にクールダウンを促した。

三人は部屋の真ん中に向かいあうように座ると、しばらくの間沈黙が続いた。

「・・・何を聞いたんだ?」

「――夜の厩で・・夜な夜な」

「ありえない」

「・・でも、ロミオとジュリエットだって、十四才と十六才で結ばれて・・」

テリィとキャンディは一瞬顔を見合わせた。

「夜の厩でママとそうなっていたら、君は十二才じゃない。二十歳をとっくに超えている」

「テっテ、テ、、、、、テ、、、」

キャンディは口から泡が出そうだった。

「ママと結婚した十三年前に君たちを授かった。それまでは・・会うことも叶わなかった」

真実を語る時はやけに口数が少なくなる父親。

嘘をつく時はやたら目が踊りまくる母親。

そんな母親がじっと父親を見つめている。

「・・・パパ、ママ・・」

アイリスには語られたことが真実だと分かった。

「――じゃあ、駆け落ちは?学生名簿にママの名前が無いのは何故なの?」

「退学したんだよ、やりたい事があったから。パパは役者の道へ、ママは看護の道へ。道が見つかった者には、学院の教育は無駄に感じた」

テリィの説明はちょっと違うな、と思いながらもキャンディはテリィに説明を預けた。

退学のきっかけになったイライザの意地悪など、娘に話す必要はない。

「 ” 実際に学ぶことができるのは、現場においてのみである ” ナイチンゲールの言葉よ」

まさかの同じ言葉のチョイスに、テリィは思わず苦笑した。

「・・本音を言えば卒業までいたかったが、あの時そうすることがママに示せる精一杯の愛だった」

「それが学生だったパパの愛し方・・?」

「ああ」

「厩で愛を育てたんじゃないのよね?」

「厩で育てたのはスウィート・キャンディの苗だけだ。な、キャンディ?」

テリィはキャンディを見つめ、同意を求めるように目を細めた。

「・・・そ、そんな感じよ」

キャンディはコホンと咳ばらいをした。

「――アンディと姉弟だって言っても誰も信じてくれなかったの。私、信用されてないのかな・・」

アイリスを悩ますもう一つの問題を夫婦は思い出した。

今度は同性として、母親の出番だった。

「信じて欲しいと思う人にきちんと伝えることが大事だと思うわよ。あなたって壁を作りがちな性格だから、誰かさんに似て」

「信じて欲しい人・・・」

「ちゃんと説明して分かってくれる人が親友よ。分かってくれない人がいたら、その人は」

「その人は?」

「――猿以下よ」

(ブっ・・・・)

笑っちゃいけない選手権でもやっているのか、というムードになって来た。

 

コンコンッ

話し声がバレたのか、「消灯時間は過ぎていますよ」見回りのシスターがドアを叩いた。

(いくぞ、キャンディ)

(・・じゃあね、また十月祭で!)

アイリスは、伝説の森の中にコソ泥のように消えていく両親の後ろ姿を静かに見送った。

 

――来てくれてありがとう。パパ、ママ・・・

 

「どうしたのです。こんな夜中に」

窓を全開にしてバルコニーにいる生徒を不審に思い、シスターはいぶかし気に言った。

「こ、今夜は月がきれいですね、シスター・・・・」

「・・・泣くほどですか?」

光っているアイリスの瞳に気付いたシスターは思わず空を見上げた。

幸いにもその夜は中秋の名月で、まるでアイリスを励ますように輝いていた。

 

 

 

 

 

月を味方につけたアイリスが翌朝向かったのは、フェリシアの部屋だった。

「お、おはよう・・」

「アイリス!体調はどう?今日の日曜礼拝には出られそう?」

「あの、あのね、アンディ・ウィリアムは私の――」

「弟さんでしょ?」

「信じてくれるの!?」

「もちろんよ」

「で、でも、私たちは顔も似て無いし名前も違うし、、それでも?」

「・・・信じるわ。だってあなた達そっくりだもの」

「そっくり!?私とアンディが?」

にわかに信じがたかった。そんな事を言われたのは初めてだ。

「図書館でね、あなた達を見掛ける度に不思議に思っていたの。愛読書はシェークスピアと生徒名簿。そんな生徒が他にいて?」

「そ、、そうね。い、いない・・かも」

(・・不甲斐なし。穴があったら入りたい・・)

「それにね、イニシャルかしら」

「イニシャル?」

「同じでしょ、A.W.G。あれはきっと、双子を生んだ両親の愛情なのかなって。スペルがIrisではなくAirisだから」

アイリスはハッとした。考えたことも無かったからだ。

「アンディさんのノートにもA.W.Gと書いてあるのを見たことがあるのよ。Gがファミリーネームよね?」

アイリスはあんぐりと口を開けてしまった。

同じ環境で育ったからこそ出てしまう癖――

「あなたの欠席が続いた時、図書館でアンディさんにあったの。その時に姉弟だって聞いて、腑に落ちたのよ」

「あは・・・ははは・・・」

凛としていたアイリスの顔が崩れた。

「エリザベスもあなたを庇っていたわよ」

「――リズが?」

「男女の双子で間違いないって、みんなに伝えていたわ」

「リズが何故??あの場所にもいなかったのに・・」

「さあ?・・でもきっと、エリザベスは何でもご存知なのよ」

フェリシアはその理由で納得しているようだった。

「最後にあなたに会えなかったことを、とても残念がっていたわ」

そう言われて、エリザベスの三週間が昨日で終わっていたことに気が付いた。

「・・お礼を・・言いたかったな」

返せない借りを作ってしまったことにアイリスが肩を落とした時、

「彼女にはまた会えるわ!だって未来の女王様ですもの!」

フェリシアはぎこちないウインクをとばした。

眼鏡の奥のアーモンド色の瞳と初めて目が合った気がする。

「あ、あの、、休んでいた間の一週間分のノートを写させて、、あっ!ダ、ダメね。黒板が見えないのよね」

「いいえ、バッチリ!あとでお届けするわ」

「――えっ、男子寮を眺めて視力が回復したの!?」

(ワトゥシ族!?)

「まさか!以前、『私の席を使って』っておっしゃっていたから、遠慮なく使わせてもらいました」

許してね、とフェリシアは両手を合わせた。

 

「――ねぇ、礼拝が終わったら、お部屋に遊びに来ない?」

 

重なった声と同時に友情は始まった。

キャンディとパティが、かつて友情を育んだこの場所から。

 

 

 

「おはよう、パパ、ママ。ぼくいい子にしてたよ」

よく食べてよく寝たジュリアンは、早朝迎えに来た両親に元気に挨拶をした。

夜を徹してロンドンとストラスフォードを往復したテリィとキャンディは疲労困憊で、洗われた鍋の中に入っている車のプラモデルを見ても反応する気力がなかった。

「ママ、SOSの意味を教えて!」

「・・・SOSはね、Save Our Sleep(睡眠を守ろう)よ・・・」

ママは赤い目をこすりながら答えた。

「・・・異存はない」

パパも大きなあくびをしながら言った。

 

 

 

(完)

 

 

おまけ

 

10月祭

 

会場 :セレモニーホール

ゲスト:俳優 テリュース・グレアム

テーマ:現場で学べ~噂に惑わされるな

 

※前向きに検討した結果、テリィが受けた仕事

 

 

。。。。。。。。。。。。。。

ワンポイントアドバイス

 

後に女王になるエリザベスの誕生日は1926年4月

1926年8月生まれの双子たちとは同級生です。

 

エリザベスが「アイリスとアンディは男女の双子」だと知っていた件について

1月26日のシャ○ームマム様へのコメ返で回答しています。

伏線は貼ったつもりですが、スッキリしていない人は覗いてください。

 

マニアックな方への解説

作中の中秋の名月は1938年9月24日(土)です。

 

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