これは「11年目のSONNET・エピローグ」の中の一文をピックアップしたスピンオフです。 

ネタバレには絡まないお話です。 

 

 

おめでとう

―11年目のSONNET―

 

★★★

アメリカからの帰りの便、キャンディは船酔いが酷かった。 

赤い愛車をニューヨークの家に置いてきたテリィが、イギリス本土へ足を踏み入れた瞬間、馬車で向かった先は車の展示場だ。 

 

 

「これにしようと決めていたんだ」 

今日もテリィの決断は早かった。 

明らかに以前とは車種が違うことにキャンディは驚いた。 

箱型の車。座席は5人用。 

何か言いたそうなキャンディをテリィは察した。 

「毎年買い替えるものでもないしな。今までのような二人乗りじゃ、この先マズいだろ?」 

――いずれ家族が増えるかもしれないし。 

・・と聞こえたような気がしたキャンディは、思わずニヘラ~と笑った。 

「よろしい!とても計画的です。Aをあげます!」 

「お褒め頂き光栄です、シスター・ホワイト」

そんな二人の様子を遠巻きに見ていた店員が、手をすりすりしながら近づいてきた。

髪をピシッとオールバックにセットし、蝶ネクタイを絞めているその店員に

「これを下さい」

テリィは露店でホットドッグでも注文するかのような口調で伝えた。

「お客様、お目が高いっ」

この店で一番の高級車だ。店員は内心歓喜に沸いていた。

「注文を受けてからの製造になりますので、納車は―」 

「いま欲しいんだ。金ならある」 

すりすりしていた蝶ネクタイの両手はピタッと止まり、次第に手汗が滲み出る。 

そんな相手の様子を見て、テリィの片眉毛がピクリと上がった。 

「ダメなのか?」 

「い、いえ、そういう問題ではなく、書類上の手続きが色々・・登録ですとか」 

「今日必要なんだ。家がストラスフォードにある。乗って帰りたい。次にここに来るのはいつになるか分からない。嫌なら他の店をあたる」 

蝶ネクタイは登録を後回しにしてでも、車の鍵を渡す決断を下した。 

 

 

「もう、あなたって強引よ。少しはあちらの迷惑とか考えないわけ?」 

車の助手席に乗り込んだキャンディの頬は膨らんでいる。 

「君が今日中に帰りたいって言ったんだろ?俺はロンドンの屋敷にしばらく泊ったって良かったんだ」 

そう言われては、キャンディは反論できない。明日はテリィの誕生日。 

初めて迎えるその日を手作りのケーキでお祝いするには、テリィの実家でのんびりしている余裕はない。 

「・・慣れないせいかしら、車に酔っちゃったわ。もう少し丁寧に運転してよ」 

「・・まぁ、この鼻につく革の匂いは確かに酔うかもな」 

テリィは革のせいにしてみた。 

本当は革でもテリィの荒い運転のせいでもないことに、二人はまだ気付いていない。 

 

 

 

一ケ月振りに我が家に戻って来たキャンディは、荷物を下すがはやくカウチに寝そべった。 

「・・・少し休ませて。旅の疲れがどっと出ちゃったみたい」 

夕飯の支度もままならない。微熱があるようだ。 

「大丈夫か?」 

テリィはキャンディにフレッシュジュースを渡し、夕飯の支度はしなくていいよ、と寝室で休むよう促した。 

「そうさせてもらうわ」 

本当は夜の内に準備したかったケーキは、明日作ればいいか、という考えにあっさり切り替わった。 

 

いつの間にか朝になっていた。 

隣にテリィがいない。

(・・あ、そうか。昨夜は自分の部屋で寝たんだったわ)

風邪の可能性も考えてそうしたことを思い出しながらリビングに下りて行くと、テリィがカウチで眠りこけていた。 

スコッチとドライナッツとスモークチーズがローテーブルに出しっぱなしになっている。 

どうやらそれがテリィの昨日の夕飯だったことは直ぐに分かった。 

(だらしがない人ねっ) 

キャンディは少しのだるさを引きずりながらお皿を下げ、庭に出た。 

 

庭にはテリィの誕生日を祝うかのように、ラッパ水仙が咲き始めている。 

(黄色の花言葉は「もう一度愛して」だったわよね。白いラッパ水仙は何だったかしら?) 

あとで調べようと思いながら黄色と白の花を摘み、両手に抱えるように家に戻ると、テリィが寝ぼけ眼でテラスから出て来た。 

「おはよう、キャンディ」

「もう、今日は特別な日だっていうのに、お寝坊さんね」

「・・・今日が特別?何か君に約束でもさせられたかい?」

髪をかきあげながら言っているところを見ると、テリィは日にち感覚を見失っているようだ。 

(・・・長い旅の後じゃ仕方がないかぁ) 

かくゆう自分でさえ何度も見失いかけた。 

既にプレゼントの腕時計を二週間も前に渡してしまったのだから、今更感が半端ない。 

「失礼しちゃうわ、今日はあなたの誕生日でしょ。お誕生日おめでとう、テリィ!

キャンディはテリィの唇に、おはようとおめでとうのキスを2回した。 

 

illustration by Romijuri 

Reproduction is prohibited.

転載・無断使用一切禁止

 

「ケーキ、いっしょに作らない?」 

せめてこれぐらいの誕生日気分を味わいたいな、とキャンディは甘えるように言った。 

「いいよ」 

二人で過ごす、初めてのテリィの誕生日。 

甘いものが苦手なテリィの為にレアチーズケーキしようと決めていた。 

彩は去年の夏に庭で採れたブルーべーリーに任せる。 

爽やかなヨーグルトの酸味とチーズの香り・・・

「・・・・うっ・・・」

――のはずだったのに、チーズの匂いを嗅いだ途端、キャンディは気分が悪くなった。 

へなへなとキッチンの床に座り込んだキャンディを見てテリィは不思議そうに言った。 

「まだ疲れが残ってるのか?俺だって酒は残ってないぜ?」 

「このチーズ、香りが強すぎるのよ。もっと普通のチーズは無いのかしら?」 

キャンディにそう言われテリィは匂いを嗅いでみたが、特段いつもと変わりはない。 

「君の嗅覚は、ついに犬のレベルまで達したって訳だ」 

そう茶化したが、「失礼ね」と頬を膨らませるキャンディの声が明らかに元気が無いと気付き「俺が作ってやるよ。レシピは?」とキャンディをカウチに座らせた。 

「・・・そこに置いてある材料を混ぜて、、、冷やすだけなの」 

「おやおや。特別な日のメニューは、いつもより手抜きなんだね」 

テリィはクックと笑いながら、手際よくキャンディの指示をこなしていった。 

テリィが台所で作業をしている間に、キャンディは寝そべりながらパラパラと園芸の本を眺めていた。 

(白いラッパ水仙の花言葉は、”神秘”かぁ) 

台所で作業しているこの日の主役に神秘さは感じられない。 

マドラーを手に持ち、白いリボンで髪を結び、エプロンまでしているのだから。 

 

「仕込みましたよ、お姫様。・・・・何を調べているんだい?」 

横になっているキャンディの元へテリィがやって来た。 

「”神秘”ですって、白いラッパ水仙の花言葉は」 

「へぇ・・・、神秘」 

死んだイカのようにだらしなく寝そべっているキャンディをまじまじと眺めながら 

「確かに神秘的だね」 

明らかにそうは思っていない口調でテリィは言った。

キャンディは反論できるはずもない。 

 

「・・・ごめんね、あなたのお誕生日なのに」 

ああ、どうして自分はいつもこう三枚目なんだろう。 

とほほ・・・と心の声が漏れる。 

「君といられるだけで、最高の誕生日だよ」 

ふいにでるテリィの甘い言葉。 

「最高の夜をプレゼントしてくれるんだよな?」 

刺激が強い言葉にも、そろそろ慣れた。 

「・・・どうかしら――」 

あまり自信がない。旅の疲れなど寝たら収まるはずなのに。だるい。 

今日はダメかもしれない――と言おうとした時 

「もしかして、今日はダメな日か?」テリィに先を越された。 

キャンディの顔は途端に真っ赤になった。 

「あ、あなたってどうしてそう、デリカシーが無いの!?」 

今、自分で言おうとしていた言葉なのに、テリィから出ると、何か違う。 

「じゃ、できる日か?」 

「でき、でき、できるって何よっ!!どっちの意味よっ」 

そう言っている自分の方が、恥ずかしくなってくる。 

案の定、テリィが突っ込んできた。 

「できる日か、できちゃう日かっていう意味だよ」 

一緒に暮らしていると、こんな暗号のような会話の意味も理解できてしまうのだ。 

「・・・あれ・・?そう言えば」 

その時テリィは何かに気が付いた。 

「アメリカに行っている間、ダメな日が一日も無かったな」 

「――・・えっ」 

キャンディは今初めて気が付いた。 

あまりに色々な事があったので、少し遅れているのね・・ぐらいしか最初は思わなかったが、 言われてみれば一度もアメリカでは来なかった。 

「――・・ぁ・・」 

無意識に下腹部に手をあてている自分に気付いた時、二人は同時に言葉を失った。 

「・・・・・」 

「・・・・・」 

お互いの瞼がひたすらパチパチしている。 

言葉とも言えない短い声が何度か往復する内に、二人の愛が信じられない形となって現れたのかもしれないと徐々に吞み込めてきた。 

テリィの深い青い瞳とキャンディの緑色の瞳が、お互いの言葉を待つように見つめ合っている。 

「・・・神秘だ――」 

カウチの前に膝をついていたテリィがやっと一言を絞り出した。 

テリィにそう言われ、キャンディは思わず口元を抑えた。 

込み合あげてくる涙が抑えられない。自分の身体の中に、テリィの子が宿っているなんて。 

「・・・私、ママになるの・・?」 

キャンディの言葉を聞いて、テリィもようやく実感してきた。 

「・・・俺が・・」 

こんな自分が――・・・・パパに・・? 

そんな未来を漠然と描きながらも、ひたすら肌のぬくもりを求め合っていただけだ。 

ただただ欲望に任せた行為が、まるで崇高な儀式だったかのように突然思えてくる。 

 

「・・・ありがとう、キャンディ」 

テリィは言わずにはいられなかった。 

「――おめでとう」 

 

朝贈った同じ言葉とキスが、今度はテリィから返された。 

 

駐車場に置かれた大きな車が活躍する日は、すぐそこまで来ていた。 

 

 

 

 

おめでとう 

 

(完) 

 

 

 

。。。。。。。。。。。。。。。 

おまけ☆ 

 

その一カ月後だ。 

「なんだ、この段ボールの山はっ!!」 

「アルバートさんの命令でジョルジュから送られてきたのよ」 

玄関を占領するように数十個のタンボールが積み上げられている。 

「もう、ほんとバートってば、加減ってものを知らないんだから」 

キャンディの言った一言に、テリィは激しく反応した。 

(バート・・?!) 

「なんだよ、その呼び名は」 

テリィの目が嫉妬に狂い始めたのをキャンディは感じた。 

「あ、あの・・その、えーと・・あ、あだな。みんなそう読んでるの、アーチーもアニーもアルバートさんを」 

(テリィってば、もうすぐパパになるって言うのに、どうしてこう子供っぽいのかしら) 

「アルバートさんからの贈り物は、今後一切受け取らないって俺と約束しただろ? きちんと本人に伝えたんじゃなかったのか!?」 

テリィの嫉妬心は、妖精風ネグリジェの一件以来、エベレスト級の高さまでに達している。 

「言ったわよ。分かったって言ってたわ」 

「じゃあ、これはなんだっ」 

「だから・・・これは私じゃなく、赤ちゃん用よ」 

「ベビーの・・?」 

そう言われると、テリィの握った拳も下がってくる。 

それだけではない。 

「・・まったく、アルバートさんはおじいちゃんになるのがそんなに嬉しいのか・・まだ性別もわかっていないってのに、こんなに・・・(く~)」 

なにやら込み上げてくる想いをテリィが噛みしめていると

「そうなのよ。だから両方なのよ」 

キャンディは大きなため息を吐きながら言った。

「―・・え?」 

「両方あるの、女の子と男の子用。赤と青と黄色」 

キャンディは今信号機の話をしたのかもしれない。 

テリィは耳を疑った。 

「ほら、アルバートさん、五月祭の時もロミオとジュリエットの衣装、両方送ってくれたでしょ?それがつまり、アルバートさんの感性よ」 

それがアルバートさんの感性なのか。 

テリィは、分かったようなよく分からないような想いで、天井近くまで積み上げられた段ボールを拝んだ。 

その横でキャンディは嬉しそうにおむつの箱を開けている。 

「まあ、シルクなんて、全然わかってないのね。赤ちゃんにはコットンが一番なのにっ」 

母親らしいキャンディの言葉を聞きながら、テリィは、指摘するのはそこなのか 、と男女の感性の違いを感じつつ、シルクのおむつを手に取った。 

「ラベンダー色・・・なかなかいい趣味だな」 

きっとジョルジュの趣味に違いない。 

まだまだ父親らしさは感じられないテリィだった。 

 

 

スピンオフ 

アメリカからの荷物 

 

 

(完) 

 

 

次のスピンオフ(時系列)はこちらです下矢印

 

。。。。。。。。。。。。。。。。。

ワンポイントアドバイス

おまけのスピンオフは 

4章⑮ 「アフリカからの荷物」のコラボ作品です。 

 

ロミジュリさんのイラストのタイトルは「happy birthday」です。

既存のイラストをお借りしたので、この回に合せて描き下ろされた作品ではありません。

逆に、このイラストを意識して文章を書いています。

作中のテリィとキャンディの会話は、ロミジュリさんの妄想を勝手にパクりました。←おい

ごめんなさい🙇‍♀️🙇‍♀️🙇‍♀️🙇‍♀️🙇‍♀️

 

 

「ラベンダー色」について

ジョルジュは、テリィの好きな「すみれ」色をチョイスしているようです。

 

テリィが買った車は1925年製造 ロールスロイス・ファントム1をイメージしています。

 

 

 

PVアクセスランキング にほんブログ村