★★★ 本編最終話


ステアの『幸せになり器』ほどのその箱は、テリィの大きな手にすっぽり収まっていた。
白いリボンが結ばれたターコイズ・ブルーの小箱。
見たのは初めてだったが、何が入っているのかは鈍感なキャンディでもさすがに分かった。
「指輪・・?」 
震えているようなキャンディの声に、テリィは静かに頷いた。
「誕生日プレゼントも兼ねて去年渡すつもりだったんだ。でも――・・再会した日にリングのサイズが違うと分かったから、ここを発つ前日に店に預けたんだ。イギリスで直しても良かったけど、どうしても買った店で直したかった」
「・・去年、指輪を?」
キャンディは驚くより他なかった。あの出航までのわずかな時間にそんなことまでしていたとは。
「買ったのは去年じゃない。もっとずっと前・・。ニューヨークに来て、自分の給料を少しずつ貯めて買った。当時の俺だから、そんなに高価な品じゃないんだ。・・ずっと・・、――どうしていいか分からなくて・・・持っていた」
キャンディはテリィの言葉を聞いてハッとした。
(――もしかして、テリィが捨てられなかった物って・・・)
「キャンディ、箱のリボンも解いてないのに、泣くのは早くないか?」
テリィがくすっと笑うのを見て、キャンディは既にツンとしている鼻の奥を悟られないよう、「・・泣いてなんかいないわっ」とキュッと目元に力を入れた。


箱の中に輝いていたのは、ひまわりの花のような形をした美しい緑色の宝石だった。
「――エメラルド・・五月の誕生石・・」
珍しい丸いブリリアンカットのエメラルド。それを取り囲むように幾つかのダイヤがきらめいている。
太陽の輝きにも似たその指輪は、テリィの言葉とは裏腹に高価な品であることは直ぐに分かった。
「・・エメラルドが、私の誕生石だと知って・・?」
「そうだよ・・、と言いたいところだけど、偶然なんだ。街角のショーウィンドゥ越しにこの指輪をみつけた時、君の瞳のような色に、目を奪われて・・しまって・・」
ニューヨークに来た頃の遠い日を思い出し、テリィは声に詰まった。
クリスマスの装飾で彩られた街、店先から漏れてくるクリスマスソング。
寄り添うように歩く恋人たち、大きな箱をいくつも抱えて家族の待つ家へ急ぐ大人たち。
知らない街、慣れない独り暮らし、疲れきった稽古の帰り。
降り出した粉雪を見上げながら、イギリスへ残してきたキャンディを想った。
孤独には慣れていたはずなのに、スコットランドの夏を経験してしまった後では、ニューヨークの寒さが身に染みた。

 

 誰一人知らない人ごみの中をかき分けて行くときほど 強く孤独を感じる時はない

 

ゲーテ

 


 

指輪に出会ったのはそんな夜だった。


「収入が無かった俺にはとても手が出せる代物じゃなかったが、店の前を通る度に目に留まり、五月の誕生石だと知った時に、・・君に贈りたいと思った。早く一人前の役者になって、稼げるようになりたいと強い思いがたぎってきて、絶対この街で成功してやるって稽古に一層身が入ったよ。・・・ロミオ役が決まった頃にやっと手にすることが出来たんだ。――送らなかった帰りの切符の代わりに・・贈るつもりだった」
はじめて知るテリィの想いに、キャンディの胸ははち切れそうだった。
どんな想いでこの長い年月、傍らに持っていたのだろう。緑色のこの宝石を――
その時、キャンディはふと気が付いた。
「もしかして・・、この指輪に合わせて・・あのドレスを?」
「・・バレた?」
「――だから・・?だから着ちゃ駄目だって、・・夕食会で着ちゃいけないって言ったの?一緒に身に付けて欲しかったから・・?」
「披露宴の前に渡せればよかったんだけどね。新年早々店のシャッターを壊すわけにはいかないから。・・あんなに恨まれるとは思わなかったよ。ロイヤルブルーのドレスも似合ってたのに」
やっと愛する人の指に収められる喜びを全身で感じながら、テリィは指輪を手に取った。
「・・十一年遅れの、プロポーズだな」
テリィが指輪をはめようとしたその時、キャンディは内側に刻まれている文字に目が留まった。
「・・これ、私の誕生日・・」
テリィはフッと笑うと、首を横に振った。
「違うよ、・・俺達の誕生日だ」
挙式した日――・・確かにあの日は五月七日だった。 
結婚式と結婚指輪だけでも最高のプレゼントだと今の今まで思っていたのに。
「・・宝石店に持ち込んだ時、挙式の日がアンソニーの決めた君の誕生日になるって気が付いた。・・アンソニーの為にその日は譲ろうかと思ったけど、アルバートさんの言葉を思い出して、迷いは消えた」
「アルバートさんが、何を言ったの・・?」
「・・俺とアンソニーは同時には存在しない。アンソニーは俺にバトンを託した、って」
「バトン?」
「決して一緒に走ることはない。バトンを手渡すコンマ数秒の時を共有し、バトンが渡る。そのタイミングがこの日なら、アンソニーの導きだと思った」


1925 5.7 


指輪に刻まれた数字が、キャンディには一層深く愛しいものに見えてくる。
「・・過去の日付ではなく未来の日付を刻印したかった。ニューヨークの店に依頼したのは、そんな理由からだ。・・今となっては、結局過去の日付になっちまったけど」
相変わらず繊細な感性のテリィ。そんな心遣いに、キャンディの涙はもう堪えられない。
横に彫られたAll my loveの文字が、まるで水の上に浮かんでいるようだ。
いつの間にかキャンディの前で片膝をつき、そっと指輪をはめてくれたテリィ。

その目尻に光るものは、テリィのものなのか自分のものなのか、もうよく分からない。
「ありがとう・・・まるで花が咲いたみたい・・。とってもきれい・・」 
そう言いながら、大きなエメラルド・グリーンの瞳から大粒の涙があふれ出す。
「・・そんなに泣くなよ。最近泣かせてばかりだな」
テリィはキャンディの涙を指で拭うと、海のような深い瞳でキャンディを見つめ、陽だまりのような笑顔を向けた。
「もう泣かせないから。・・君にはずっと笑顔でいて欲しい・・。ずっと、俺のそばで・・」


・・言われた瞬間ドキッとした。・・なんだろう、この言葉、どこかで聞いた気がする。
―・・再会した日、この家で・・?
「・・・もしかして・・・テリィ・・」

テリィは微笑するだけで何も言わなかった。
そして静かに言葉を継いだ。
「この宝石の意味、知っているか? 宝石言葉って言うらしい」
「・・エメラルドの宝石言葉?・・知らないわ。なぁに?」

・・――幸せだよ・・・―

心からあふれ出た声だったのかもしれない。
そう耳元で告げると、テリィはキャンディに口づけをした。
式を挙げた時の様に、いつまでも、いつまでも・・・。

 

 

 

。。。。。。。。。。

 

 

 

 

テリィ・・ テリィー・・・   テリィー!

銀世界の
Sweet Homeのテラスから、いつもの甲高い声が呼んでいる。
「キャンディーー!」
俺は駆け出していく。

 

11年目のソネットを胸に抱きながら――

 



                                         

不香の花のような まっしろなテラスに 
小鳥より先に おりて行くきみ
ごむまりのように 跳ねる足跡を
ぼくはどこまでも追いかける

赤いマフラーを真っ白にして
負けるはずないと きみは笑う
こんぺいとうのような結晶が
青いマフラーにちらばっていく

きみはぼくを追いかける 
遠い あの雪の日と同じように
ぼくは立ち止まり きみを捕まえる
丘に残してしまった切ない愛の詩を 迎えるように

独りぼっちの足跡はとけていく
キャンディ 太陽のような君の笑顔で

 

 

 

11年目のSONNET 

8-24

 

 

 

 

illustration by Romijuri

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次へ左矢印左矢印次はエピローグです

 


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ワンポイントアドバイス

 

ロミジュリさんのイラストのタイトルは、『君と永遠に』です。

 

 

シェイクスピアのソネットについて

(ウィッキーより抜粋)

シェイクスピア風ソネットまたはシェイクスピア風十四行詩Shakespearean sonnet)と呼ばれるが、シェイクスピアが最初にこの形式を作ったからではなく、シェイクスピアが有名な使い手だったからである。

この詩形は3つの四行連と1つの二行連から成り立っている三番目の四行連は一般に、予想できない急激なテーマの、あるいは、イマジスティックな「ターン(volta)」を提示する。

一般的な押韻構成は「a-b-a-b, c-d-c-d, e-f-e-f, g-g」である。

 

ルイーズ・ラべのソネットについて

ルイーズのソネットは4ー4ー3ー3=14行で構成されています。

テリィはシェ―クスピア俳優なので、シェークスピア風の4-4-4-2=14行でソネットを作りました。

 

テリィが贈った指輪のイメージ

 


 

 

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